2009年3月5日 解雇規制と失業保障、雇用創出のための緊急提言労働運動総合研究所(労働総研) 労働総研は、この度、企業と国・地方自治体がなすべき施策についての緊急提言をまとめた。 1.企業、国、地方自治体は、雇用維持、失業者の生活保障、雇用創出の3点セット実施に全力を (1)企業は、「非正規切り」等の大量解雇・雇止めを直ちにやめ、サービス残業の根絶、年次有給休暇の完全消化、非正規雇用の正規化に努めること。必要なコストは「内部留保」の一部の取り崩しで調達可能であり、それを実施すること。 2.内部留保取り崩しによる雇用維持は可能 (2)「内部留保は自由に使える金ではない。取り崩せない」との説があるが、大企業が保有する現金・預貯金等の換金可能な資産は莫大だ。トヨタ自動車の換金性資産は、現金預金595億円、売買目的の有価証券1兆630億円、「投資その他の資産」中の投資有価証券2兆3187億円、自己株式1兆2126億円で、計4兆2126億円。さらに特別な目的を設けず、経営者の裁量で使用できる別途積立金が6兆3409億円ある。これらの合計10兆5000億円に対し、5万人の労働者を年収300万円で雇用して1500億円、1.4%の取り崩しで足りる。なお、「内部留保は設備投資され機械になっている」との主張もあるが、設備投資には巨額の減価償却費が使われており、内部留保の一部取り崩しをしても問題ない。 3.「ワークシェアリング」の前に「ワークルール徹底」を (2)労働総研の試算では、今の働き方でまかなわれている日本社会全体の業務量を前提に、(1)サービス残業根絶をすれば118.8万人の新たな雇用が必要となり、(2)完全週休二日制と年次有給休暇の完全取得をすれば153.5万人の新たな雇用が必要になる。それにより、労働者の賃金は13.2兆円増加し、消費需要が9.9兆円増え、国内生産は15.0兆円誘発される。企業の賃金支払い総額も13.2兆円増えることになるが、それは内部留保(2007年時点で403兆円)のわずか3.3%をあてるだけで可能だ。 (3)ヨーロッパの経験では、不況時こそ労働時間短縮のチャンスである。さらに、週38時間労働制を実現すれば、180.7万人の新たな雇用が創出され、労働者の収入は3.3兆円増加する。それは家計消費需要を2.1兆円創出し、その生産誘発効果により国内生産が3.4兆円増加する。これはGDP(国内総生産)にすると約1.8兆円になる。前項の「働くルール厳守による経済効果」と合わせると、労働者の賃金収入増加額は16.6兆円、それによる家計消費支出の増加額は12.0兆円、誘発される国内生産額は18.5兆円、GDP(国内総生産)ベースでは10.5兆円となる。税金も国税、地方税あわせて1.9兆円の増収が期待できる。 以上
提言の発表にあたって――雇用破壊の原因と事態打開の基本方向2009年3月5日 労働総研は、雇用破壊をやめさせ、雇用を維持・創出するための具体策を、当面の生活や住まいの確保なども含めて、「緊急提言」として、今回提起することにした。それとの関連で、ここでは今日の異常な雇用破壊をもたらした基本的な原因・構図と、事態の抜本的打開のための基本方向を示したい。 <異常な雇用破壊>をもたらしたもの 異常事態打開の<基本方向> 解雇規制と失業保障、雇用創出のための緊急提言2009年3月5日 はじめに 08年秋以来、大企業によって一気に押し進められてきた大量解雇は、2009年に入り、いっそう動きを加速させている。厚生労働省は、昨年10月から本年3月までに解雇される非正規労働者は15万8千人に上ると発表しているが、いまやその規模は40万人に上ると予測されている(日本生産技能労務協会・日本製造アウトソーシング協会調べ)。また、解雇が非正規労働者を中心としたものから多くの正規労働者をも巻き込むものへと広がりを見せるなかで、08年12月から09年末までの間に職を失う労働者が、正規・非正規を合わせ、270万人に上るとする予測も発表されている(大和総研「2009年の日本経済見通し」2009年1月14日)。実際、「派遣切り」に対する世論の批判にもかかわらず、大企業は今日なお次々と非正規労働者の追加削減を強行し、さらには正規労働者をふくむ従業員の大幅削減計画を発表し、実施に移してきている。3月の決算期をまえに、失業の多発はいっそうその規模を拡大しようとしており、国民生活を脅かす雇用危機の打開はいよいよ緊急を要する課題となっている。 緊急提言の基本的見地 第二にわれわれは、今日の深刻な失業に対応するためには、失業者たちの生活と権利を根底から支えるような、失業対策の抜本的総合的な拡充が必要だと考える。 第三に、失業は個々の失業者や国民の責任ではないと考える。国民の生活を守る立場にある国・自治体は、失業したすべての労働者に対し、再雇用されるまでの生活を保障するとともに、新たな雇用の場を創出していく責任がある。さらに、企業も従業員のために雇用を維持し、新たな雇用を創出していく社会的責任がある。これらを、あらためてはっきりさせておく必要がある。今日の雇用創出は、国民(とくに若い世代)の教育訓練の拡充や時代にふさわしい新たな産業の創出とむすびついたものにする必要がある。当面、われわれがとくに重視すべきと考えていることは、医療、福祉、教育、環境関連の諸分野である。だが、なによりも雇用創出の基本となるものは、人間らしく働き、生活できる社会的ルールの確立であることを忘れてはならない。 日本の失業対策は、従来の失業保障削減政策やその場しのぎの彌縫策から脱して、本格的なセーフティネットの構築にむけてその一歩を踏み出すべき時である。そのためには、大企業の強欲な蓄積様式を改めさせ、新自由主義的な経済政策を国民本位の経済政策に転換させる必要がある。この点では、もっぱら労働者・国民を犠牲にしたコスト削減によって「国際競争力」を高めてきた従来の財界戦略が、今日の経済危機を招いた大きな要因であること、今日の大企業のリストラ政策はその同じ誤りを増幅させるものでしかないことを国民の共通認識とする必要がある。そして、労働者・国民の生活水準向上と国民の間の貧富の格差縮小、人間らしく働くルールの確立こそが、不況を克服し雇用を創出し失業問題を改善する基本であることを、国民の間で具体的に明らかにしていく必要がある。本提言が補論として提起した「ワークシェアリング」と「内部留保」にかんする解明は、そのための努力の一端である。 I 解雇規制と雇用の維持にむけて1.解雇規制と雇用維持の緊急措置として(1)企業が講ずべき措置 (2)国や自治体が講ずべき措置 2.安定雇用の実現にむけた立法化要求
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2001.年3月 | 2002.3 | 2003.3 | 2004.3 | 2005.3 | 2006.3 | 2007.3 | 2008.3 | 2008/2001 | |
連結利益 剰余金 |
61,626 (85%) |
65,279 (82%) |
72,198 (85%) |
83,262 (87%) |
93,921 (91%) |
104,597 (88%) |
117,647 (90%) |
124,085 (89%) |
2.0倍 |
資本 準備金 |
4,151 | 4,151 | 4,184 | 4,951 | 4,957 | 4,952 | 4,975 | 4,975 | 1.2倍 |
退職給付 引当金 |
6,874 | 7,697 | 6,397 | 7,255 | 4,178 | 4,449 | 2,825 | 4,111 | 0.6倍 |
長期負債性 引当金 |
− | 2,292 | 2,445 | 0 | 557 | 5,413 | 5,826 | 6,161 | − |
連結 内部留保 |
72,651 (100%) |
79,419 (100%) |
85,224 (100%) |
95,468 (100%) |
103,613 (100%) |
119,411 (100%) |
131,273 (100%) |
139,332 (100%) |
1.9倍 |
単独 内部留保 |
− | 58,430 | 61,364 | 65,836 | 69,737 | 75,172 | 82,531 | 83,529 | 1.4倍 |
(単独) 利益剰余金 |
46666 | 49081 | 52876 | 57313 | 60945 | 66149 | 73351 | 73854 | 1.6倍 |
(単独) 任意積立金 |
44,472 | 44,481 | 44,479 | 46,481 | 50,501 | 53,509 | 57,409 | 57,518 | 1.3倍 |
連結 従業員数 |
215,648 | 246,702 | 264,096 | 264,410 | 265,753 | 285,977 | 299,394 | 316,121 | 1.5倍 |
単独 従業員数 |
66,005 | 66,820 | 65,551 | 65,346 | 64,237 | 65,798 | 67,650 | 69,478 | 1.1倍 |
(注)
(1)単独内部留保の伸び(1.4倍)は2002年3月期と2008年3月期とを比較したものである。連結内部留保の伸び(1.9倍)は、2001年3月期と2008年3月期とを比較したものである。
(2)任意積立金は、株主総会の決議により任意に積み立てられた利益留保額である。
この積立金には特別な目的を設けずに留保した別途積立金を含んでいる。
(出所)有価証券報告書(トヨタ自動車)より作成した。
つぎに労働者が生み出した付加価値と労働分配率について見ていこう。
付加価値とは、具体的には生産された商品の価値から生産手段部分(物的費用)を控除した額である。付加価値概念に関しては論者によって定義や計算方法が異なっている(成田、大西、大橋、田中『企業分析と会計』学文社、250ページ)。付加価値の計算方法には減算法と加算法がある。減算法では、生産額(又は売上高)から外部購入費用(材料費や減価償却費など)を控除した金額で付加価値(純額)を計算する。また加算法では、損益計算書や製造原価明細書の科目である労務費や給料などの人件費+賃借料+支払利息+租税公課+税引後利益+減価償却費によって付加価値を計算する。一般に加算法が用いられているが、理論的には減算法がより適切である。減算法と加算法とでは、付加価値額は異なってくる。このように付加価値額や労働分配率の計算方法の相違によって金額や比率が異なってくることを前提にして見ていこう。このため同じ計算方法を用いることによって期間比較をし、その傾向を見ていきたい。
表4の自動車メーカーの労働分配率を見ると、2001年3月期の55.34%から次第に下落し、2007年3月期には40.89%にまで下がっている。付加価値額は、2001年3月期に比べ2007年3月期には1.5倍も増加し手いるが、その増加要因は、経常利益が2001年から2007年にかけて2.6倍も大幅に増大したことが大きい。また、設備投資による減価償却費も1.3倍の増加となっている。これらの付加価値額の増大に対して、人件費は2001年3月期の2兆1,016億円から2007年3月期の2兆2,619億円へと1.1倍の伸びでしかない。この人件費の圧縮は、単独従業員数の削減にも表れており、2001年3月期の23万5,768人から2007年3月期の21万9,916人へと1万5,852人(0.9倍)も削減していることによる。逆に連結従業員数が同期間において16万8,172人(1.2倍)も増加しているが、これは子会社の従業員数が大幅に増加したと考えられる。このように自動車メーカーの大企業では、労働者の人員削減や非正規労働者数を増大させることによって総人件費を抑制したことが、巨額の経常利益の増大につながり、この利益を内部留保としている。このために付加価値が1.5倍に増大したが、人件費は1.1倍にとどまることとなった。
自動車メーカーの内部留保と労働分配率を見てきたが、相互の関連がどのようであるかについて見ることにしよう。自動車メーカー(17社)の連結内部留保を見ると2001年3月期の15兆円余りから2008年3月期の30兆円余りへと約15兆円も増大し、倍増している。また自動車メーカーの代表格であるトヨタ自動車も連結内部留保が同時期に1.9倍、単独内部留保も1.4倍にも達している。
他方、自動車メーカーの労働分配率(単独ベース)を見ると、2001年3月期の55.34%から2004年3月期の47.32%へと8ポイントも下落している。2005年には50.16%へ上昇したのち、2007年3月期の40.89%へと大幅に下落している。自動車メーカーの労働分配率は、2001年から2007年にかけて14.5ポイントも下落しているのにたいして、単独内部留保は同期間に1.4倍も増加している。きわめて対照的である。自動車メーカーが、労働分配率を低く抑え、内部留保を増大させていることは明らかであろう。この点から見ても、内部留保を雇用に活用するのは当然のことといえる。
しかし、財界・大企業は、さまざまな口実をもうけて、内部留保を雇用の改善に活用としていない。その代表的な口実の一つは、「内部留保は自由に使える預貯金としてはない」というものである。たしかに、内部留保はさまざまな資産に投下されている。しかし、そのなかには、現金・預貯金をはじめとした換金可能な資産、換金性資産が含まれている。内部留保は好況期に上げた利益を株主配当にあてた残りを企業の現金・預金として保有したり、自己株式の購入にあてたり、売買目的の有価証券や投資有価証券の購入にまわしていると考えられる。
トヨタ自動車の貸借対照表の資産を見ても、それは明らかである。トヨタ自動車の換金性資産は、現金預金595億円、売買目的の有価証券1兆630億円、「投資その他の資産」のうちの投資有価証券2兆3187億円、自己株式1兆2126億円と、合計4兆2126億円にものぼる。(表1参照)
トヨタ自動車の場合、このほかにも、特別な目的を設けずに留保した別途積立金が6兆3409億円にも達しているのが特徴である。これは、経営者の裁量でどのようにも使用することが可能な内部留保である。あわせて10兆5000億円以上にもなるのである。
5万人の非正規労働者の雇用を確保しようとすれば、年収300万円としても1500億円をまわせばいいのである。文字通り、内部留保のホンの一部を回せばいいのである。
労働者の雇用を守るために内部留保によって運用された現金預金の保有をはじめ売買目的の有価証券や投資有価証券そして自己株式などを売却することによって換金し、これを雇用にまわす方法を考えるのが経営者である。経営者は企業を実質的に支配しているからである。今日ではこういう経営方針で株主総会に臨む気があるかどうかが重要となっている。
以上
1 アメリカ発の金融危機が日本経済を直撃し、景気悪化が急速に進んでいる。そのなかで、今年に入って突然、ワークシェアリングが取りざたされるようになった。1月6日開かれた財界3団体(日本経団連、日本商工会議所、経済同友会)の合同記者会見で、日本経団連の御手洗冨士夫会長は、雇用の安定のために、「ワークシェアリングみたいな考え方もひとつの選択肢で、そういう選択をする企業があってもおかしくない」と、ワークシェアリングの推進を提唱した。
これをうけて、麻生自公政権は1月31日、雇用維持に向けて政府、労働界、経済界の代表による「政労使会議」を設置する方向で検討に入り、ワークシェアリングによる雇用維持対策を具体化する動きを加速させている。
2 ワークシェアリングとは何か
2−1 ワークシェアリングは、「仕事の分かち合い」と訳されるが、その定義は定まっていない。EU欧州委員会は、「就業を希望するすべての者にたいする雇用機会を増加させるために、経済における総雇用量を再分配すること」(「ワークシェアリングに関する欧州委員会提案」1978年)と定義し、OECDは「就業者と失業者の間でより公正に仕事を分かち合うこと」(「労働力供給、成長制約及びワークシェアリング」1982年)、ILOは「一時的であると考えられる人員過剰問題に直面した場合に、人員削減を回避するために……労働時間を短縮することによって現存する人員に仕事を分担させること」(「先進諸国における雇用調整と労働者の保護」1982年)と、それぞれ定義している。
2−2 ワークシェアリングの議論は、ヨーロッパを中心におこなわれてきた。そもそもの議論の出発点は、雇用情勢が悪化するなかで、失業をどう防止するかという問題意識にもとづくものである。目的は、基本的には、(1)失業者の新規雇用(雇用創出)、(2)人員削減の予防措置としての雇用確保(雇用維持、失業防止)の2つがあるとされている。
2―3 日本におけるワークシェアリングの議論は、これまで3回あった。1回目はオイルショック後の70年代後半、2回目は円高不況に見舞われた80年代後半、そして2000年代初頭の「平成不況」である。いずれも失業率が急上昇するなど雇用情勢が厳しくなり、リストラなどの首切り「合理化」が強行された時期である。
財界の意向が強く表れているのは、2000年代初頭に日経連がうちだしたワークシェアリング論である。その視点は、(1)当面の失業抑制と長期の雇用創出、(2)生産性の向上と国際競争力強化、(3)多様な働き方の推進、(4)労働市場の流動化などにおかれ、その後の賃金抑制、「多様な働き方」にもとづく労働法制のいっそうの規制緩和を促進するものであった。
厚生労働省は、日本経団連の提起もあり、ワークシェアリングについて、「雇用機会、労働時間、賃金の3つの組み合わせを変化させることを通じて、一定の雇用量を、より多くの労働者の間で分かち合うこと」と定義した。ヨーロッパ、OECD、ILOの定義にはない賃金とリンクさせていることが特徴である。この日本型ワークシェアリングは、労働時間短縮と賃下げによる「雇用維持」というものである。
2−4 雇用情勢の悪化のもとで提起されるワークシェアリングは、さまざまに類型化されているが、厚生労働省は、「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」(2001年4月)のなかで、次の4つに類型化している。
(1) 雇用維持型(緊急避難型):一時的な景況の悪化を乗り越えるため、緊急避難措置として、従業員1人あたりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する。
(2) 雇用維持型(中高年対策型):中高年層の雇用を確保するために、中高年層の従業員を対象に、当該従業員1人あたりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する。
(3) 雇用創出型:失業者に新たな就業機会を提供することを目的として、国または企業単位で労働時間を短縮し、より多くの労働者に雇用機会を与える。
(4) 多様就業対応型:正社員について、短時間勤務を導入するなど勤務の仕方を多様化し、女性や高齢者をはじめとして、より多くの労働者に雇用機会を与える。
3 現在おこなわれている「ワークシェアリング」をどう考えるか
3−1 アメリカ発の金融危機のもとで急速に悪化する雇用情勢のもとで、いま、焦点となっているワークシェアリングは、(1) 雇用維持型(緊急避難型)と(3) 雇用創出型ということができる。(2) 雇用維持型(中高年対策型)は動機も実態も、上記2つの雇用維持・創出型ワークシェアリングとは異なる。また、(4) 多様就業対応型は、横行する派遣労働者をはじめとした「非正規切り」をやめさせ、非正規労働者の雇用の安定を図ることが課題になっているもとで、そもそも議論の対象にはなりえない。
3−2 いま、日本では、「ワークシェアリング」と称して、「派遣切り」「非正規切り」の先頭にたっているトヨタや三菱、マツダ、富士通などが、生産調整による操業短縮を実施し、休業日の設定、労働時間の短縮、夜間操業の停止などをおこなっている。その最大の特徴は、(1)「非正規切り」については当初の計画どおりに進める、(2)休業日の賃金カットなど賃金を引下げるようになっていることである。
緊急避難型のワークシェアリングとは、厚生労働省の定義によっても、「一時的な景況の悪化を乗り越えるため、緊急避難措置として、従業員1人あたりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する」ことであり、「非正規切り」を前提にしたワークシェアリングなどはありえない。
しかも、正規労働者の賃下げが強行されるなかで、「住宅ローンが支払えない」など、正規労働者の生計費すら維持できない状況がうまれ、なかには、生計維持のためのアルバイトを認める企業さえ出ている。仕事を休業させて、アルバイトを“奨励”するなど、ワークシェアリングとはまったく無縁である。これはたんなる操業短縮による賃金カットとしかいいようのないものである。
4 緊急避難型ワークシェアリングについて
4−1 雇用維持型(緊急避難型)のワークシェアリングの典型としてよく例に出されるのは、ドイツのフォルクスワーゲン社のとりくみである。1993年に、会社側が提案してきた3万人削減のリストラ提案にたいして、労働組合がねばりづよくたたかった結果、まとめられた労働協約に、その内容が示されている。(1)労働時間を緊急避難的に2年間、28.8時間(週4日/1日7.2時間)とする。時間比例にすると賃金は2割減の計算になるが、年間賞与、諸手当などを算入し、総収入減は1割程度に抑える、(2)4万人の若年単身者を無給で3〜6カ月間、教育訓練や資格取得のために休業させる。法定の教育手当や会社からの若干の手当は支給され、生活は保障される、(3)若年正社員の労働時間を20時間から28.8時間に段階的に増やす。一方、高齢者の労働時間を55歳の28.8時間から段階的に20時間まで減らす。
この協約によって人員削減は回避された。労働者の賃金も減ることになったが、フォルクスワーゲン社の賃金は産業別協約の水準をかなり上回っていたという事情があることは見逃してはならない。
また、フォルクスワーゲン社のとりくみについては、日本と異なる労働事情のもとにおこなわれていることに留意する必要がある。第一、共同決定制度の存在である。仕事の配分等は労使で構成する職場委員会により決定される。事業所レベルの従業員代表制度(社会的事項、人事的事項、経済的事項に関する関与権を労働者に付与)、企業レベルで労働者代表が参加する企業決定制度(企業の経営に携わる取締役会の選出罷免権能を持つ監査役会に労働者代表の参加が認められている)がある。したがって、企業の経営状況の情報が労働者に公表されることになる。第二、ドイツの企業には、日本のような膨大な内部留保の存在は考えられない。
4−2 緊急避難型ワークシェアリングをどう考えるか
一般論として、個別企業で、整理解雇の4要件が適用されるような経営危機に陥った場合、緊急避難型ワークシェアリングはありうる。しかし、現在の日本の労働事情の下で、全般的な緊急避難型ワークシェアリングを導入することは、妥当ではない。
理由の第一、緊急型ワークシェアリングというなら、膨大な内部留保を取り崩す、あるいは高額の配当金を減額して、労働者の雇用を守ることが先決になる。日本の大企業はそうした努力をいっさいしていない。
第二、日本はヨーロッパと比較して、“ルールなき資本主義”といわれるように、労働時間や解雇にかかわる規制がきわめて不十分になっている。サービス残業や無法・違法の「非正規切り」が横行している。また、ヨーロッパでは当たり前になっている有給休暇の完全取得など労働者の権利が守られていない。緊急避難型ワークシェアリングは、これら“ルールなき資本主義”のすべてを解決したうえで、はじめて出されてくる選択肢である。
5 雇用創出型ワークシェアリングについて
5―1 雇用創出型ワークシェアリングの典型的事例としては、フランスの週35時間法があげられる。
フランスでは、1990年代に入って、雇用情勢が悪化するなかで、法定労働時間の短縮が焦点になった。1993年には、「雇用に関する5カ年法」が成立した。そのなかで、「ワークシェアリングに関する規定」が設けられた。そのポイントは、(1)雇用期間の定めのない労働者の雇用にたいする社会保険料の免除(新規雇用者1人にたいして2年間)、(2)週所定労働時間の短縮(時短分の賃金は減額、一定水準以上の雇用が増加した場合には、社会保険料の使用者負担を減額)など。
1996年には、ワークシェアリングのための法律「ロビアン法」が成立した。その内容は、(1)労使協定によって週所定労働時間を10%短縮し、それに相当する人数を新規に雇用した使用者にたいして、社会保険料の使用者負担分を最初の1年40%、その後6年間30%減額、(2)労働時間の短縮を15%おこなった使用者にたいして社会保険料の使用者負担を初めの一年間50%、その後6年間40%とする、(3)使用者は時短による追加雇用を1年以内に実施することとし、新たに雇用した労働者を最低2年間維持しなければならない。(4)時短分の賃金の取り扱いは労使協定にゆだねる、(5)10%以上の時短によって人員削減計画を回避した使用者には一定の社会保険料を減額する。
これらのとりくみのうえに立って、1998年には、「ロビアン法」を強化する第1次オブリ法が成立し、さらに、第1次オブリ法でさだめられなかった詳細な規定を盛り込んだ第2次オブリ法が1999年10月に成立し、2000年1月に施行された。
第2次オブリ法の内容は、(1)35時間労働制の導入、(2)実労働時間の定義(食事時間、休憩時間などを実労働時間に算入する)、(3)年間労働時間(週平均35時間とする期間は12カ月間。法定の週当たり最長時間である48時間〈特例措置を入れても60時間〉または1日の最長時間10時間をこえることはできない、(4)時短による賃金減額を招かないための財政支援(〈i〉労働者に法定最低賃金の1.8倍以上を支給している場合、社会保険料の使用者負担分を従業員1人当たり一律4000フラン減額、〈ii〉支給されている賃金が法定賃金の1.7倍以下の場合は、その倍率の低下に応じて、2万1500フランを上限として減額の金額を増加する。
この35時間法によって、雇用は100万人創出された。その一方で、週35時間法には、経済のグローバル化が進展し、国際競争が激化するもとで、経営者団体の意向が反映され、労働者と労働組合にとって、“苦渋の選択”となっている点も見過ごすことはできない。年間労働時間制が導入され、労働時間の弾力化が進展し、労働生産性は上昇したが、それにふさわしい賃金の上昇がないなどの問題も起きている。労働組合幹部からは、35時間法の「一番恩恵を受けたのは経営者」という声も出されている。
5―2 日本とヨーロッパの労働時間の違い
日本は、ヨーロッパでいう雇用創出型ワークシェアリング以前の問題が山積している。サービス残業、年休の完全取得など働くルールが厳守されていないこと、事実上、労働時間の上限規制がないために、長時間労働がまん延していること、所定内労働時間もヨーロッパ諸国とくらべて長いことなどなどである。日本の年間労働時間は1850時間であり、ドイツ1525時間、フランス1537時間と比較しても異常に長くなっている。
この労働時間の違いを前提にせずに、ヨーロッパのワークシェアリングの経験を日本に持ち込もうとしても無理がある。
6 ワークシェアリングについてのわれわれの基本的立場
6−1 現在の日本の雇用悪化を改善するためには、ヨーロッパですすめられているワークシェアリングを議論する前に解決すべき課題がある。
まず前提として、ヨーロッパの労働者の労働時間短縮闘争の歴史に学ぶ必要がある。ヨーロッパでは、労働時間短縮のたたかいが、ワークシェアリングの土台にすえられているのであり、ワークシェアリングは、このたたかいの歴史のなかで議論されるようになったものである。
ドイツは、時短先進国として知られているが、当初からそうだったのではない。戦後まもなくのドイツの週労働時間は、日本と同じ48時間労働制だった。
ドイツでは、産業別の労働組合と使用者団体との労働協約によって、労働時間短縮が図られてきた。ドイツ労働組合同盟(DGB)は1954年、「土曜日のパパは僕のもの」というスローガンを掲げ、賃下げなしで週5日40時間労働制実現の労働時間短縮要求を第3回大会で決めた。その先陣を切ったのは金属産業労組である。1956年に結ばれたブレーメン協定を契機にして、週40時間制への段階的移行が進められ、1965年から週40時間制が金属産業に適用されることになった。
金属産業労組の要求根拠は、(1)技術革新による労働負担の増大、(2)労働者に文化活動、労働組合運動のよりよい条件の付与、(3)「合理化」による余剰労働力を労働時間短縮で吸収して余剰の度合いを抑制――である。労働時間短縮要求のなかには、雇用創出が当初から含まれているのである。
1970年代後半に入って、ドイツ労働組合運動は週35時間制への挑戦を開始し、1983年秋に、このたたかいは本格化する。金属産業労組は、週35時間制要求の「3つの積極的根拠」を掲げて、たたかいに立ち上がった。「3つの積極的根拠」とは、以下の内容である。
(1)雇用を確保し創出する 労働時間短縮は失業を撲滅する。労働時間短縮はより適正な仕事の分配(ジョブ・シェアリング)をもたらす。われわれのモットーは「失業をなくして、もっともっと自由時間を!」
(2)労働を人間らしくする ストレスよさらば。労働力のすり減らしは許さない。労働負担の増大は労働時間短縮で保障されねばならない。
(3)生活と社会をうまく形成・機能させる 労働者は自分自身とその家族のための、福祉社会にふさわしい、文化的、社会的生活を営むための時間が必要である。労働時間短縮は家事と子どもの教育での夫婦間の分担をも容易にする。
週35時間制の実現は、資本の側の激烈な抵抗を受けて困難なたたかいを余儀なくされ、2度にわたる労働協約締結闘争のなかでも、要求を実現させることはできなかった。
この資本の抵抗の壁を打ち破ったのが、35時間制実現を求める金属産業労組の警告ストが全国を覆うなかで1990年に締結された「ゲッピング妥協」であった。
その内容は、(1)週労働時間を1993年4月から36時間に、95年10月から35時間に短縮する、(2)労働者個人の選択で、正規の週労働時間を40時間まで延長できる(延長できるのは各企業で総労働者数の18%まで)、(3)各人の正規の労働時間は月曜日から金曜日までに(また、数週間にわたって)均等または不均等に割り振ることができる――というものである。
こうした労働時間短縮闘争の前進を土台として、ワークシェアリングが議論されるようになってきたのである。
6−2 われわれの当面するスローガンは、「ワークシェアリングによる雇用の維持・創出を」ではなく、「働くルールの確立と賃下げなしの労働時間短縮の実現による雇用の創出を」である。こうした見地から、現在の雇用情勢の悪化、失業の増大をくいとめるためには、(1)サービス残業根絶や年休の完全取得など働くルールを厳守させること、(2)本格的な労働時間短縮闘争をすすめることが重要になっている。
7 働くルールの厳守と労働時間短縮による雇用創出効果
7−1 労働総研はすでに働くルールの厳守による雇用効果についての試算を公表している。
この試算では、(1)サービス残業を根絶することによって118・8万人の雇用が生まれる、(3)完全週休二日制と年次有給休暇の完全取得を保障することによって153・5万人の新たな雇用が必要になる――ことを明らかにし、それによってどのような経済効果が生まれるかを算出した。その結論は、労働者の賃金は13・2兆円増加し、それによって消費需要が9・9兆円増え、国内生産が15・0兆円誘発される。そのために、企業の賃金支払い総額も13・2兆円増えることになるが、企業がため込んだ内部留保は、2007年時点で、403兆円に達しており、そのわずか3・3%をあてるだけで「ルールある雇用」を実現することができる、というものである。
7−2 労働時間短縮による雇用創出効果
今回、新たに労働時間短縮による雇用創出効果を試算した。試算は2段階で、第1段階は、週38時間労働制の実現であり、第2段階は、フランスやドイツ並みの週35時間制の実現である。
週38時間労働制の実現によって、180・7万人の新たな雇用が創出され、それによって労働者の収入は3・3兆円増加する。(週35時間制の実現の雇用創出及び経済波及効果は、これを2・5倍すればいい)
なお、この試算にあたっては、現在の所定外労働時間の削減は考慮していない。所定内労働時間の短縮によって、所定内、所定外を含めた全体の労働時間がその分だけ減少し、それに見合った雇用が創出されるものとして試算した。
7−3 働くルールの厳守と労働時間短縮の経済効果
労働時間短縮による3・3兆円の収入増は、家計消費需要を2・1兆円創出し、その生産誘発効果によって国内生産が3・4兆円増加する。GDP(国内総生産)に直すと約1・8兆円になる。これを、7−1の働くルールの厳守による雇用および経済効果と合わせると、労働者の賃金収入増加額は16・6兆円、それによる家計消費支出の増加額は12・0兆円、それが誘発する国内生産額は18・5兆円、GDP(国内総生産)ベースでは10・5兆円となる。その結果、税金も国税、地方税あわせて1・9兆円の増収が期待できる。
2007年度のGDPは516兆円だから、働くルールの厳守と週38時間への労働時間の短縮は、GDPを2・04%押し上げることになる。わが国の名目GDO上昇率は、1997〜2007年度平均0・05%、“失われた10年”を脱し景気上昇局面に入ったとされる2003年度以降の5年間でも年率1・05%にすぎないから、相当大きなものである。しかも、02〜07年度のGDPを押し上げたのは大企業製品を中心とする輸出であったが、今回試算の対象である中〜低所得者層の賃上げは、高所得者層の収入増よりはるかに効率的に内需を拡大し、商業、サービス業、食料品、繊維製品等の中小企業分野の生産を大きく誘発する。
7−4 内部留保の4・11%を取り崩せば実現可能
働くルールの厳守と労働時間短縮による雇用創出は、453万人にも及ぶ。企業の賃金支払い総額はあわせて16・6兆円増加するが、それは、2007年末の内部留保総額403・2兆円の4・11%、この10年間に積み増しされた内部留保額180・7兆円の9・18%にすぎない。
1985年以降2007年までの内部留保を名目GDP、賃金および雇用と比較すると、バブル期(1986年12月〜1991年2月)から“失われた10年”(1991年2月〜2002年1月)の前半までは、内部留保の伸びがGDPを上回っていたものの、賃金および正規雇用者も緩やかに上昇し、非正規雇用者の増加率はGDPとほぼ同一線上にあった。ところが、1997年をピークにGDPがマイナスに転じると、賃金、正規雇用者の減少に対する非正規雇用者の増加が顕著になり、「労働者派遣法」が改悪された1999年以降は、その傾向がますます強まると共に内部留保が急増した。つまり、1999年以降の内部留保の急増は、労働者の雇用と賃金を犠牲にしたものであり、それが日本の内需を衰えさせ、今回の不況を他の先進国以上に深いものにしている。
内部留保額を企業の売上高と比較すると、バブル経済ピークの1990年度に13・6%、その後、14〜15%程度で推移していたが、2000年度以降急速に上昇して、2007年度には25・5%に達している。GDP(国内総生産)と比較しても、バブルのピークで44・2%、1999年度に49・3%であったものが、2007年度には、78・2%まで上昇している。
過去と比較して、2007年度の水準は明らかに高すぎるのであり、2000年度以降の積み増し分を賃金等に振り向けたとしても、なんら問題はないはずである。
いま、内需拡大に利用可能な最大の財源は、企業の内部留保である。そもそも内部留保は、企業が経営難に陥り、“いざ鎌倉”というときに備えた「イザカマ」資金であり、将来の拡大再生産に備えた準備金である。ここ数年、アメリカの過剰消費に支えられて日本の企業が「イザカマ」状態に陥ることはなかった。一方、慢性的な内需不振により、新たな設備投資が行われず、結果として内部留保が、「不要不急の金」として急増したのである。もし、これを賃金の引き上げや労働時間短縮、正規雇用の拡大等を通じて労働者に還元していれば、先進国最大の景気後退にはならなかったはずである。
いま、企業経理の悪化によって、内部留保が急激に減少しつつあるのではないかと思われる。労働者の犠牲の上に積みあがった内部留保が無に帰する前に、本来行うべきであった労働者への還元を急ぐべきである。景気の先行き不安を理由に、派遣切りや賃下げなどによって労働者にさらなる犠牲を強いるなど、あってはならないことである。
以上
〈参考文献〉
厚生労働省「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」(2001年4月)
小倉一哉「欧州におけるワークシェアリングの現状」(2001年12月、JIL『労働政策レポートVol.1』
宮前忠夫「週労働35時間への挑戦」(学習の友社)
熊沢誠「リストラとワークシェアリング」(岩波新書)