労働総研ニュース

解雇規制と失業保障、雇用創出のための緊急提言


労働運動総合研究所(労働総研)
代表理事 大木 一訓
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 労働総研は、この度、企業と国・地方自治体がなすべき施策についての緊急提言をまとめた。
 雇用情勢の急激な悪化と景気後退を受け、日本の政労使には待ったなしの行動が望まれている。折しも3月3日には、日本経団連と連合が「雇用安定・創出に向けた共同提言」を政府に提出、舛添厚労相は、今月中に雇用悪化に対応した政労使共同宣言をまとめるとの意向を示した。
 「共同提言」は、雇用調整助成金の拡充、公共職業訓練の充実とハローワーク強化、雇用保険非受給者向けの就労支援給付など、政府に対する要望事項を提起している。しかし、「共同提言」には決定的に重要な点が欠けている。それは「大企業の社会的責任」の問題を取り上げていないこと、失業するや生活困窮状態に陥ってしまう非正規・不安定雇用問題を取り上げていないこと、正規労働者の長時間労働問題を取り上げていないことだ。
 労働総研は、低賃金・不安定雇用の非正規労働者を増大させ、他方で正社員に長時間労働を強いてきた、これまでの雇用・労働の在り方を根本的に切り替えることを主張し、その立場から、以下の内容を提言する。

 

1.企業、国、地方自治体は、雇用維持、失業者の生活保障、雇用創出の3点セット実施に全力を
 企業、国、地方自治体は、緊急に(1)解雇規制と雇用維持、(2)失業者の生活と権利の保障、(3)新たな雇用の創出・拡大の3点について、それぞれの立場から、必要な手立てをとるべきだ。

(1)企業は、「非正規切り」等の大量解雇・雇止めを直ちにやめ、サービス残業の根絶、年次有給休暇の完全消化、非正規雇用の正規化に努めること。必要なコストは「内部留保」の一部の取り崩しで調達可能であり、それを実施すること。
(2)国や自治体は、企業に「働くルール」を守らせ、雇用責任をはたさせること。自らも、公務非正規の安易な解雇をやめること。雇用対策法や地域雇用開発促進法、雇用保険法、生活保護法等、現行制度をフル活用し、失業防止・失業時の生活保障、就業支援に責任を果たすこと。
(3)国や自治体は、安定雇用の実現に向け、派遣法の抜本改正、有期労働契約の改正、解雇規制法の制定等の法整備を行うこと。また、雇用創出に向けて、年休完全取得などを義務付ける「労働時間短縮促進法」の制定、週38時間労働制の導入をはかること。

 

2.内部留保取り崩しによる雇用維持は可能
(1)企業は上記の施策を、「内部留保」を取り崩してでも、実行するべきだ。例えば、自動車メーカー17社の連結内部留保は、2001年3月期の15兆円から08年3月期の30兆円へと15兆円も増大し、他方で労働分配率は01年3月期の55.3%から、07年3月期には40.9%へと大幅に下落している。労働分配率を抑え、労働者の犠牲で内部留保を増大させたことは明らかだ。この点から見ても、内部留保を雇用に活用するのは当然のことだ。以前から、賃上げ、時間短縮、正規雇用拡大等で労働者に還元していれば、これほど急激な景気後退にはならなかったはずだ。

(2)「内部留保は自由に使える金ではない。取り崩せない」との説があるが、大企業が保有する現金・預貯金等の換金可能な資産は莫大だ。トヨタ自動車の換金性資産は、現金預金595億円、売買目的の有価証券1兆630億円、「投資その他の資産」中の投資有価証券2兆3187億円、自己株式1兆2126億円で、計4兆2126億円。さらに特別な目的を設けず、経営者の裁量で使用できる別途積立金が6兆3409億円ある。これらの合計10兆5000億円に対し、5万人の労働者を年収300万円で雇用して1500億円、1.4%の取り崩しで足りる。なお、「内部留保は設備投資され機械になっている」との主張もあるが、設備投資には巨額の減価償却費が使われており、内部留保の一部取り崩しをしても問題ない。

 

3.「ワークシェアリング」の前に「ワークルール徹底」を
(1)日本の大企業が「ワークシェアリング」と称し実施していることは、「非正規切り」の強行と正社員の休業による賃金カットであり、ワークシェアリングとは言えない。そもそもワークシェアリングを行う前に、サービス残業や違法な「非正規切り」の根絶、有給休暇完全取得など労働者の権利を守ることで雇用創出をすべきだ。それに必要なコストは、高額の配当金の削減と内部留保の一部の取り崩しで可能である。

(2)労働総研の試算では、今の働き方でまかなわれている日本社会全体の業務量を前提に、(1)サービス残業根絶をすれば118.8万人の新たな雇用が必要となり、(2)完全週休二日制と年次有給休暇の完全取得をすれば153.5万人の新たな雇用が必要になる。それにより、労働者の賃金は13.2兆円増加し、消費需要が9.9兆円増え、国内生産は15.0兆円誘発される。企業の賃金支払い総額も13.2兆円増えることになるが、それは内部留保(2007年時点で403兆円)のわずか3.3%をあてるだけで可能だ。

(3)ヨーロッパの経験では、不況時こそ労働時間短縮のチャンスである。さらに、週38時間労働制を実現すれば、180.7万人の新たな雇用が創出され、労働者の収入は3.3兆円増加する。それは家計消費需要を2.1兆円創出し、その生産誘発効果により国内生産が3.4兆円増加する。これはGDP(国内総生産)にすると約1.8兆円になる。前項の「働くルール厳守による経済効果」と合わせると、労働者の賃金収入増加額は16.6兆円、それによる家計消費支出の増加額は12.0兆円、誘発される国内生産額は18.5兆円、GDP(国内総生産)ベースでは10.5兆円となる。税金も国税、地方税あわせて1.9兆円の増収が期待できる。
 2007年度のGDPは516兆円であり、働くルールの厳守と週38時間への労働時間の短縮は、GDPを2.04%押し上げることになる。日本の名目GDP上昇率は1997~2007年度平均0.05%、景気上昇局面に入った2003年度以降の5年間でも年率1.05%であり、相当大きなものであるといえる。しかも、02~07年度のGDPを押し上げたのは大企業の輸出だったが、試算の対象である中~低所得者層の賃上げは、高所得者層の収入増よりはるかに効率的に内需を拡大し、商業、サービス業、食料品、繊維製品等の中小企業分野の生産を大きく誘発する。不況打開には、この施策を行うべきである。

 

以上

提言の発表にあたって――雇用破壊の原因と事態打開の基本方向


2009年3月5日
労働運動総合研究所
代表理事 牧野富夫

 

 労働総研は、雇用破壊をやめさせ、雇用を維持・創出するための具体策を、当面の生活や住まいの確保なども含めて、「緊急提言」として、今回提起することにした。それとの関連で、ここでは今日の異常な雇用破壊をもたらした基本的な原因・構図と、事態の抜本的打開のための基本方向を示したい。

 

 <異常な雇用破壊>をもたらしたもの
 1990年代の後半から派遣労働など低賃金・細切れ雇用の<非正規雇用労働者>が激増している。<雇用破壊の第1段階>である。その特徴は“正規雇用の非正規化”であった。ついで、(08年秋)からそのような非正規雇用が「派遣切り」などで大量に解雇されるようになった。あちこちでいま「職」と「住」を失った労働者が寒空をさ迷っている。また<正規雇用労働者>の解雇も自動車や電機産業ほか多くの産業で広がり始めている。こうしていまや<雇用破壊の第2段階>に突入している。政治の無策・混迷が続けば、事態のさらなる悪化が必至の情勢である。
 なぜこのような異常な事態になったのか。日本の「経済」と「雇用」が新自由主義に支配されたからである。90年代半ばからの「構造改革」が、それである。財界と政府が「経済のグローバル化対応」を口実に「国際競争力強化」を過度に主張し、市場原理主義に立つ“構造改悪”を「構造改革」の美名のもとに強行したのだ。かれらは成長の見込まれる輸出関連産業とそれ以外の産業を<競争原理>を利用して選別し、前者に属する大企業を重点的に育成してきた。これは各種の経営資源配分の再編を意味し、その不可欠な一環として“労働力の再編”が追求されてきた。
 これが「構造改革」の<労働版=労働ビッグバン>であり、「雇用の流動化・多様化」つまり「終身雇用の解体=非正規雇用の拡大」策にほかならない。財界と政府が労働力の産業間・事業間の一大再編とあわせて、非正規雇用の「魅力」の一つである「極度の低賃金」を重点的に利用したのが<雇用破壊の第1段階>であった。もう一つの「魅力」である「使い捨て」に重点を移したのが昨年の秋からの<雇用破壊の第2段階>だと区分できよう。
 この<第2段階>突入の契機が、昨年(08年)9月のリーマン・ブラザーズ(アメリカの代表的な投資銀行)の破綻であった。すでにサブプライムローン破綻を契機に一昨年(07年)の夏から深まっていた金融危機が昨秋のリーマン社の破綻以降、瞬時に自動車産業ほか実体経済に波及し、アメリカの輸入が急減した。その直撃で日本の対米輸出が激減し、この国の「輸出依存」という<構造的弱点>が一気に露見したのである。
 したがって、今日の経済危機・雇用破壊の原因をもっぱらアメリカ発の金融危機(「外生要因」)に求める財界などの見解は正しくない。その<直接かつ最大の原因>は、財界と政府がすすめた「構造改革」と「輸出主導の経済政策」にある。派遣労働など非正規雇用の急増で「いびつな状態」になっていた「日本の雇用」が金融危機・経済危機の急襲で「瀕死の状態」に追い込まれた、ということだ。
 「輸出主導」ゆえに「国際競争力強化」が至上命令となり、競争力強化=「高コスト構造改善」を理由に財界・大企業が<正規雇用の非正規化>というコストダウン=雇用破壊に狂奔したのである。このような財界の雇用戦略(その基本は95年の日経連「新時代の『日本的経営』」)を、労働者派遣法の規制緩和(99年の派遣労働の原則自由化、04年の製造現場での解禁)などで支援・促進したのが政府にほかならない。結局、財界と政府が一体で今日の雇用破壊を引き起こしたのである。そもそも「構造改革」はアメリカの強いプレッシャーによるものであり、「構造改革」推進(つまり雇用破壊)の“黒幕”としてアメリカ多国籍企業が存在することを指摘しておきたい。

 

 異常事態打開の<基本方向>
 このように今日の異常な雇用破壊の原因を検証していけば、本「緊急提言」で示したような<当面の緊急対策>の妥当性があきらかだろう。同時にこの<緊急対策>は、雇用破壊という異常事態打開=日本経済の民主的改革の<基本方向>と整合するものでなければならない。
 今日の雇用破壊の「直接かつ最大の原因」が上述のようなものである以上、われわれがめざすべき<基本方向>は、(1)「構造改革」の阻止・転換と、(2)「内需主導」の自立的経済構造の構築ということになる。
 まず「構造改革」の阻止・転換について。それが日米大企業の「搾取の自由」を無制限に拡大させるための「構造改革」(実は改悪)であることが、「格差と貧困」の拡大・蔓延でいまや誰の目にもあきらかとなった。格差社会の広い裾野が貧困であり、その貧困が<雇用破壊>で極限状態に追い込まれているのだ。<雇用の安定>のためには、雇用・労働条件の決定を「市場に委ねる」のではなく、公的な規制=「雇用ルールの確立」が不可欠である。“雇用創出”には労働時間法制の整備が不可欠である。
 ついで「内需主導の日本経済」の構築について。そのもっとも確かな方法は、雇用と賃金を大幅に改善することだ。社会の大半を占める労働者の雇用が安定し、賃金が上がれば、おのずと日本の個人消費・内需も増大する。アメリカを中心とする外需依存が破綻したいま日本経済の景気の浮揚・健全な発展の道は、それ以外にない。資本主義の「病」は“需要不足”による。確かな需要は“内需”である。内需を基本に外需も伸ばす、ということだ。09春闘での労働組合の要求のほとんどが<内需拡大>につながる。「雇用も賃金も」改善されなければならない。あわせて<安心できる社会保障の整備>が不可欠である。それ以外に日本経済の未来はない。
 われわれの「緊急提言」が広く活用されることを願うものである。

解雇規制と失業保障、雇用創出のための緊急提言


2009年3月5日
労働運動総合研究所

 

 はじめに
 08年秋以来、大企業によって一気に押し進められてきた大量解雇は、2009年に入り、いっそう動きを加速させている。厚生労働省は、昨年10月から本年3月までに解雇される非正規労働者は15万8千人に上ると発表しているが、いまやその規模は40万人に上ると予測されている(日本生産技能労務協会・日本製造アウトソーシング協会調べ)。また、解雇が非正規労働者を中心としたものから多くの正規労働者をも巻き込むものへと広がりを見せるなかで、08年12月から09年末までの間に職を失う労働者が、正規・非正規を合わせ、270万人に上るとする予測も発表されている(大和総研「2009年の日本経済見通し」2009年1月14日)。実際、「派遣切り」に対する世論の批判にもかかわらず、大企業は今日なお次々と非正規労働者の追加削減を強行し、さらには正規労働者をふくむ従業員の大幅削減計画を発表し、実施に移してきている。3月の決算期をまえに、失業の多発はいっそうその規模を拡大しようとしており、国民生活を脅かす雇用危機の打開はいよいよ緊急を要する課題となっている。
 労働総研は昨年来、雇用危機打開をめざす政策的取り組みを強めてきた。以下に発表するのは、そうした取り組みのなかから生まれた当面の緊急政策提言案である。その具体的内容に入る前に、われわれが前提としている基本的見地について一言しておきたい。

 

 緊急提言の基本的見地
 われわれは第一に、大企業が今日強行している大量解雇を、日本社会は決して放任してはならない、と考えている。
 国民が今日直面している失業多発は、きわめて異常な性格をもっている。大量解雇の先頭に立っているのは、倒産の心配があまりない大企業である。大企業は、莫大な内部留保を温存し、高額の株主配当と役員報酬を維持したまま、減産・収益減少の「見込み」から躊躇なく労働者の大量解雇に踏み切っている。解雇回避のための努力を行っていないばかりでなく、解雇する労働者の生活や生命への配慮も行っておらず、現行法の遵守や社会的責任の履行さえ無視して、大量解雇を強行しているのである。景気対策の「調節弁」として多数の労働者たちを使い捨てにするその政策は、国民生活と日本経済を根底から破壊してしまう政策に他ならない。一部に、景気の悪化を理由に大企業の大量解雇を容認し、多発する失業へのセーフティネットを政治が整備すればよいとの議論があるが、そうした主張は、大企業の不法・不当な大量解雇を助長し、日本経済を破壊・衰退させるばかりか、効果的なセーフティネットの構築をも不可能にしてしまうであろう。大企業の強欲な経営政策を前にして、今日ほど解雇規制政策の重要性が浮き彫りになったことはないであろう。

 

 第二にわれわれは、今日の深刻な失業に対応するためには、失業者たちの生活と権利を根底から支えるような、失業対策の抜本的総合的な拡充が必要だと考える。
 今日生み出されている失業者の多くは、どこにでもいる若者たちであり、働く意欲も能力もある普通の市民たちである。しかし、解雇されたそれら失業者たちがたちまち陥ることとなるのは、直接生命の危険にさらされるような恐るべき生活の窮迫であり、心身の健康破壊であり、人間関係や市民権の喪失である。失業者たちがそうした窮状から脱却するためには、従来のタテ割り行政の枠をこえて、生活、住宅、医療、職業訓練、福祉、教育などの施策を結合して展開する、国・自治体の総合的な取り組みが不可欠である。また、「派遣村」の経験に見られるように、今日では行政と労働組合・NPOなど民間団体との連携活動も、失業者の立場に立った積極的成果を生み出していくうえで重要な要因となっている。こうした施策や取り組みをつうじて、失業者の社会的諸権利を保障し、その市民的自立をはかっていくことが、失業問題解決への道を開くことともなるのである。
 労働運動は、失業との長年のたたかいをつうじて、失業保障に関する次のような要求原則を確立してきている。すなわち、(1)失業保障は、まだ雇用されたことのない新規学卒者を含めて、すべての失業者を対象とする必要がある、(2)失業するにいたった理由、性別、年齢、雇用形態などによって、失業保障や再就職を差別してはならない、(3)失業期間中の生活保障は、すべての労働日、労働時間について、その正常な生活を保障するにたる失業手当を支給するものでなければならない、(4)失業対策諸制度の管理・運営は、労働組合や失業者支援NPOの参画のもとに行われなければならない、(5)失業対策をすすめるなかでは、失業者一人一人の人格を尊重し、その職業能力の発展を保障することをつうじて、失業者がみずから積極的に雇用開拓を行えるようにする必要がある。これらの諸原則は、わが国の失業保障を拡充していくうえでも留意されるべきものであろう。

 

 第三に、失業は個々の失業者や国民の責任ではないと考える。国民の生活を守る立場にある国・自治体は、失業したすべての労働者に対し、再雇用されるまでの生活を保障するとともに、新たな雇用の場を創出していく責任がある。さらに、企業も従業員のために雇用を維持し、新たな雇用を創出していく社会的責任がある。これらを、あらためてはっきりさせておく必要がある。今日の雇用創出は、国民(とくに若い世代)の教育訓練の拡充や時代にふさわしい新たな産業の創出とむすびついたものにする必要がある。当面、われわれがとくに重視すべきと考えていることは、医療、福祉、教育、環境関連の諸分野である。だが、なによりも雇用創出の基本となるものは、人間らしく働き、生活できる社会的ルールの確立であることを忘れてはならない。

 

 日本の失業対策は、従来の失業保障削減政策やその場しのぎの彌縫策から脱して、本格的なセーフティネットの構築にむけてその一歩を踏み出すべき時である。そのためには、大企業の強欲な蓄積様式を改めさせ、新自由主義的な経済政策を国民本位の経済政策に転換させる必要がある。この点では、もっぱら労働者・国民を犠牲にしたコスト削減によって「国際競争力」を高めてきた従来の財界戦略が、今日の経済危機を招いた大きな要因であること、今日の大企業のリストラ政策はその同じ誤りを増幅させるものでしかないことを国民の共通認識とする必要がある。そして、労働者・国民の生活水準向上と国民の間の貧富の格差縮小、人間らしく働くルールの確立こそが、不況を克服し雇用を創出し失業問題を改善する基本であることを、国民の間で具体的に明らかにしていく必要がある。本提言が補論として提起した「ワークシェアリング」と「内部留保」にかんする解明は、そのための努力の一端である。

 

 I 解雇規制と雇用の維持にむけて


1.解雇規制と雇用維持の緊急措置として


(1)企業が講ずべき措置
 (1) 経営基盤の安定のためにも、雇用の維持を最優先課題とする経営戦略を貫くこと。
 (2) サービス残業の根絶はもとより、年次有給休暇の完全消化等の取り組みを進めることで、雇用の維持・確保に努めること。
 (3) 大企業は「内部留保」の一部を取り崩して雇用の維持・確保に努めること。
 (4) 企業は、派遣、請負など雇用形態の違いを問わず、3年を超えて従事している非正規労働者を正社員として直接雇用すること。
 (5) 企業は、現行法令・行政指針・通達や「整理解雇の四要件」などの判例法理を厳格に遵守す.ること。契約期間中途での派遣・期間工の解雇は行わないこと。雇用継続を希望する有期雇用労働者に対する合理的理由なき雇い止めをおこなわないこと。
 (6) 「雇用調整助成金」や「中小企業緊急雇用安定助成金」等の制度活用による解雇回避努力や公的助成金の上積みによる従業員の生活と再就職支援などを最大限追求すること。
 (7) 止むを得ず、労働者を解雇・離職させる場合、企業は削減規模の大小にかかわらず「人員削減計画」(雇用対策法第27条)を厚生労働省に提出すること。また、雇用対策法第24条に基づき、労働組合等からの充分な意見聴取と実効ある「再就職援助計画」を確立すると同時に、「労働移動支援助成金」の活用などで従業員の再就職支援に全力を尽くすこと。
 (8) 大企業は下請二法を厳守すること。発注減せざるを得ない場合も相応の保障措置等をとること。
 (9) 金融機関は、中小企業等への貸し渋り・貸し剥がしをおこなわないこと。

(2)国や自治体が講ずべき措置
 (1) 国や地方自治体は、経済団体や大企業が「社会的責任」を明確にし、年次有給休暇の完全消化促進はもとより、「内部留保」の取り崩しにも踏み込んで、雇用の維持・確保にむけた最大限の努力を行なうよう求めること。
 (2) 国は、中小企業の倒産防止・経営基盤擁護のため、大企業による下請け二法の厳守、金融機関による貸し渋り・貸し剥がし防止に最大限の努力をおこなうこと。
 (3) 国は、「労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図る」(厚生労働省設置法第3条)ために、雇用対策法や地域雇用開発促進法、雇用保険法等々、現存する法制度を実効あるものとして総合的かつ柔軟に活用し、失業の防止・就業保障に責任を果たすこと。
 (4) 国は、中小企業の雇用維持に向けて、雇用調整助成金等の諸制度をいっそう拡充すること。
 (5) 厚生労働大臣(都道府県労働局長)は、事業主から「人員削減計画」(雇用対策法第27条)等が提出された場合、労働者の雇用維持のために実効ある再就職支援・職業訓練などが計画されているかを厳格に審査のうえ認定すること。また、人員削減計画が30人未満の場合でも「少なくとも一ヶ月前」(同法施行令第4条)に提出されるよう指導すること。
 (6) 国、地方自治体は、公務非正規労働者の大量解雇を中止し、その雇用安定につとめるとともに、正規職員化をめざすこと。
 (7) 競争入札が、雇用の不安定化や業者の経営破綻の原因となっている実態をふまえ、入札制度の仕組みを改善すること。国や自治体が発注する公共工事や委託事業の現場で働く労働者に適正な賃金・労働条件が保障されるよう「公契約法・条例」を制定すること。
 (8) 各地のハローワークや労働局を統廃合する計画を撤回し、人員確保と機能強化をはかること。

 

2.安定雇用の実現にむけた立法化要求

(1)事業法である今の労働者派遣法を、労働者保護法に転換すること
 (1) 労働者派遣は「臨時的・一時的」業務に限定し、常用雇用の代替としてはならないとの原則を明記すること。
 (2) 派遣労働者と派遣先会社の正規労働者との均等待遇原則を明記し、派遣労働者に対する差別的扱いを禁止すること
 (3) 日雇派遣も短期雇用によるスポット派遣も禁止し、日雇労働市場に関してはハローワークの職業紹介で行うものとすること。
 (4) 登録型派遣は原則禁止にすること。当面、現行26業務を見直し、安全面での問題がなく、賃金・労働条件が適正に確保されうる専門性の高い業務に限定すること。
 (5) 派遣期間の上限は1年とし、その期間を超えて雇用する派遣労働者に対しては派遣先会社が正社員としての雇用申し入れを行なうものとすること。
 (6) 常用労働者を整理解雇した後の1年間は派遣労働の導入を禁止すること。
 (7) 派遣先会社に対し、労働組合の団体交渉への応諾義務を課すこと。
 (8) 偽装請負や期間制限違反、「事前面接」などの違法派遣があった場合は、派遣先会社に雇用責任があると「みなす」制度を導入すること。
 (9) 派遣契約のマージン率の上限規制をおこなうとともに、個別の派遣契約におけるマージンを明らかにすること
 (10) グループ企業への派遣については、派遣元会社の全派遣労働者の5割以下に規制すること

(2)労働基準法・労働契約法を改正し、有期労働契約についてのルールを整備すること
 (1) 労働契約は原則として期間の定めのないものとするとの原則を明記すること。
 (2) 有期労働契約は、期間を定めることに合理性がある場合に限るものとすること。契約時の書面では労働条件等とあわせて、有期とする理由を明記するものとすること。
 (3) 有期労働契約労働者と、同種の仕事に就く期間の定めのない常用雇用労働者との均等待遇原則を明記すること。有期労働契約労働者が短時間就労である場合、賃金・一時金・各種手当については、少なくとも1労働時間当たりの均等待遇を保障すること。
 (4) 恒常的にある業務に有期労働契約労働者を就労させた場合や契約を複数回更新した場合、契約期間が1年を超えた場合は、期間の定めのない労働契約を結んだものと「みなす」ものとすること。

(3)安易な解雇・雇い止めを許さない解雇規制法を制定すること
 (1) 整理解雇については、人員整理をしなければ企業の存続ができないほどさし迫った必要性があるか、解雇回避のためにあらゆる努力がつくされたか、解雇対象の人選が合理的かつ公平か、事前に労働者個人ならびに労働組合もしくは労働者の代表に十分な説明を行ない、納得を得る努力をしたか、といった4つの要件を充足しなければ、解雇無効となるものとすること。
 (2) 普通解雇については、解雇すべき客観的理由、解雇回避努力の履行、解雇理由明示と説明・協議の履行、労働者への抗弁機会付与の4要件を充足しなければ、解雇無効となるものとすること。
 (3) 退職の強要を禁止し、労働者が会社の圧力によって不本意ながら退職の意思表示をした場合は、それを取り消す権利を保障すること。
 (4) 解雇をめぐる係争中及び裁判で解雇無効とされた場合、労働者に就労請求権を認めること。
 (5) 解雇の金銭的解決の検討は止めること。

(4)最賃大幅引き上げによる雇用の安定・確保
 (1)全国一律最低賃金制度の確立と金額大幅引き上げにより、雇用の質の向上と安定を図ること。

 

 II 失業者の生活と権利を保障するために


1.失業者の生活保障にむけて


(1)失業者のための総合的な窓口の創設
 国と自治体は失業者の抱えている多様な問題に、いつでも相談できる総合窓口を設置すること。窓口は仕事だけでなく、生活や心身の健康問題など失業者の多様な問題に対処できるようにすることはもちろん、具体的な問題解決となるものであること。女性・高齢者・障害者・外国人など特に深刻な問題を抱えた人にも対応できるものとすること。

 

(2)住居のない失業者のための緊急政策
 (1) 地方自治体は住居のない失業者に対する応急の手当てとして緊急避難所を確保すること。国は地方自治体が緊急避難所を設置するのに十分な支援をおこなうこと。
 (2) 国と地方自治体は失業者が再就職するまでの間、入居できる住宅を保障すること。そのために公務員宿舎、雇用促進住宅、公営住宅等の活用や、社宅・寮の借り上げをおこなうこと。
 (3) 求職活動に支障をきたさないような最低限の条件を備えた住宅を保障すること。

 

(3)雇用保険制度の改善・拡充
 (1) 受給資格要件を緊急に緩和すること。
 (2) 雇用保険による求職者給付の申請後、直ちに給付を受けられるようにすること。
 (3) 求職者給付の所定給付日数は離職事由にかかわらず、倒産・解雇等による離職者並とすること。
 (4) 雇用保険制度の周知・徹底をはかり、とくに非正規労働者の加入促進をはかること。
 (5) 日雇労働保険制度、特例労働保険制度については制度の周知・徹底をはかり、受給要件の緩和をすること。
 (6) 新規学卒者、雇用保険の給付が終了した人を対象にした無拠出の失業手当制度を創設すること。
 (7) 雇用保険・失業手当による生活保障がなくなった場合、ただちに生活保護を適用するようにすること。
 (8) 今国会で審議予定の雇用保険法改正については、上記の観点をふまえるとともに、迅速な審議に努め、今年度末に解雇・雇い止めされる労働者に適用されるよう、施行日を3月中とすること。

 

(4)生活保護の制度と運用の改善
 (1) 生活保護の申請を速やかに受け付けること。
 (2) 申請受理後、早急に生活保護を受給できるようにすること。
 (3) 生活保護受給開始前の困窮状態を回避するために、緊急小口貸付が活用できるようにすること。
 (4) 「自立」を口実とした生活保護打ち切りの強要を行なわないこと。
 (5) 母子加算・老齢加算制度を復活させること。

 

2.失業者の仕事確保・就労支援にむけて


(1)失業者に対する公的就労事業の確立
 (1) 国は、新設される交付金事業(「ふるさと雇用再生特別交付金」2,500億円、「緊急雇用創出事業」1,500億円)による「雇用創出」について、さらに予算規模と事業を拡大すること。
 (2) 地方自治体は、雇用創出に実効ある公的就労事業の確立につとめ、「創出される雇用」においては、まともな生活ができる賃金・労働条件を保障すること。
 (3) 国と地方自治体は新規公共事業を発注する際、就労者の一定部分に失業者を優先雇用すること。

 

(2)再就職支援の充実
 (1) 失業者の求職活動について、ハローワークは求職者の個々の状況に適合する再就職計画を策定し、再就職の支援を行うこと。求職活動に必要な費用を支給すること。求職者の再就職支援に十分な職員数の確保をおこなうこと。
 (2) 国と地方自治体は、失業者が行う職業訓練を保障するため、雇用能力開発機構の運営する訓練施設や都道府県の職業技術専門校などの職業訓練体制を充実すること。また、職業訓練期間中の生活資金を保障すること。
 (3) 職業訓練を終了した時、職業訓練の成果に適合する就職先を保障すること。
 (4) 国と地方自治体は、失業した労働者の再就職に向け雇用対策法第18条にもとづく「職業転換給付金」(就職促進手当、訓練手当、広域休職活動費、移転費、職場適応訓練費、就業支度金)制度の周知徹底と拡充を図り、積極的な給付をおこなうこと。

 

III 新たな雇用の創出・拡大にむけて

 

1.雇用の創出・拡大に向けての緊急措置として

 

(1)国と地方自治体は、学校耐震化や公共施設の耐震・バリアフリー化の前倒し発注など、地域・生活密着型の公共事業を推進し、地域からの雇用創出を追求すること。

(2)地方自治体が住民の要求にもとづいて展開する雇用創出事業に、国は積極的な財政支援等をおこなうこと。

(3)国と地方自治体は住民サービスの向上と雇用創出の視点からも「国の配置基準」が定められている教育や福祉、消防等の欠員を正規職員として早急に補充すること。

 

2.中・長期的な雇用の創出・拡大政策として

(1)労働時間短縮による既存企業における要員(創出)拡大


 労働時間短縮を企業の自主的取り組みに委ねている「労働時間の設定の改善に関する特別措置法」を廃止し、政府公約であった「年間総労働時間を1800時間」(週40時間、週休二日制、年休完全消化)を当面の目標として、実効ある「労働時間短縮促進法」、違法なサービス残業をなくすための新たな法律の制定、時間外労働の賃金割増率50%化など、人間らしく「働くルール」を確立することによって、新たな雇用を創出する。
  (1) 完全週休二日制の実施による雇用増   21.8万人
  (2) 年次有給休暇完全取得による雇用増  131.7万人
  (3) 「サービス残業」の根絶による雇用増  118.8万人
   計                  272.3万人

 

(2)週38時間労働制実現による雇用創出
 ヨーロッパ並みの労働時間に接近するため、当面、週所定内労働時間を40時間から38時間に短縮する。それにより、雇用は新たに180.7万人創出できる。

 

(3)「少子・高齢化」社会にむけた医療・福祉分野での雇用拡大
 医師・看護師等の過重労働の解消と「少子・高齢化」にむけた「安心・安全」の医療・介護態勢を確立するため、「医師確保法」の制定や「看護師等」や「介護従事者」の人材確保等に関する法律の抜本改正、人材確保と労働条件改善に対応できる診療報酬や介護報酬の改正等により、当面「社会保障国民会議」の試算(B1のケース)を目標に医療関係者の雇用拡大をはかる。

 

  (1) 医師         4.2~ 5.6万人増
  (2) 看護職員       47.5~ 55 万人増
  (3) 医療その他職員    16.4~ 21 万人増
  (4) 介護職員          132.9万人増
  (5) 介護その他職員       41.8万人増
   計          242.8~256.3万人増

 

(4)「30人以下学級」にむけ「学級編制基準」改正等で教職員の雇用拡大
  (1) 小・中学校「30人学級」の実現に必要な、約11万人の教職員を増員する。
   (注)小川正人放送大学教授の試算
  (2) 長時間過密労働(不払い時間外労働)解消のため、約17万人の教職員を増員する。
   (注)全日本教職員組合の試算

 

(5)待機児童の解消へ、施設拡充や学童保育支援等による保育士の雇用拡大をはかる。

 

(6)企業数が多く雇用吸収力の大きい中小・零細企業の技術開発支援、不正取引に対する賠償請求制度、公契約法制定など公正取引ルールの法制化など経営基盤の強化支援をはかる。

 

(7)国民生活と国内需要重視への政策転換で雇用の安定と新たな雇用を
  (1) 地域活性化につながる地場・伝統産業、農林・水産業の支援・振興、後継者育成をはかる。
  (2) 災害対策や、老朽化した上下水道、橋梁改築工事等など地域の「安心・安全」につながる生活密着型の公共事業を実施する。
  (3) 太陽光・風力など再生可能エネルギー開発や環境優先施策による新規産業分野を育成する。

 

 おわりに
 以上、解雇規制と失業保障、雇用創出のための緊急提言を提起した。最後に、今日の異常な雇用破壊をもたらした基本的要因との関係で、われわれの提言の意義を示しておきたい。
 今日の日本における異常な雇用危機の原因を一言で言えば、それは、日本の経済と雇用を支配した財界・政府の新自由主義的構造改革にある。かれらは「経済のグローバル化対応」を口実に、国民犠牲の「国際競争力強化」を主張し、大株主やアメリカの利益を最優先する規制緩和政策を推進してきた。その政策の一環として、大量の不安定雇用労働者をつくりだしてきたのである。
 今日の雇用破壊の根源は、アメリカ発の金融危機にあるというよりも、財界と政府が進めた構造改革路線と外需依存の国際競争力強化一辺倒の経済政策にある。その政策のもとで、使い捨ての派遣労働など非正規の雇用を急増させることによって日本の雇用を脆弱にし、財界・大企業は利益を謳歌してきた。金融・経済危機が直撃し、その矛盾を一気に露呈したというのが今日の状況である。
 したがって、今日の経済危機の打開は、本「緊急提言」で示したように、雇用のルールを確立することによって、内需主導・国民本位の日本経済への体質改善を図ることでなければならない。
 日本経済を再構築するもっとも確かな方法は、雇用と賃金を大幅に改善することである。国民の8割を占める労働者の雇用が安定し、賃金が上がれば、おのずと日本の個人消費・内需も増大する。09春闘で労働組合が要求するように、「雇用も賃金も」改善されなければならないのである。内需を拡大し、日本経済の危機を克服するためにも、われわれの「緊急提言」が広く活用されることを願うものである。

 

以上

 

 【補論-I】大企業の内部留保を雇用安定に活用するために


 はじめに

 

 大企業は2008年終わり頃から2009年初めにかけて労働者の削減を打ち出しており、その削減は非正規労働者にとどまらず正規労働者にも向けられている。さらに倒産企業や業績不振企業では学生の内定取り消し企業が現れている。この労働者の犠牲のもとで企業業績の回復を図ろうとする経営側に対して、企業が過去の利益を内部蓄積してきた内部留保を不況の時こそ活用すべきとの主張が、労働者・労働組合はもちろん、政府サイドからも上がっている。大企業は、2007年までの好景気のもとで株主への配当や自己株式取得を重視しながら企業内に着実に内部留保を積み上げる一方で、労働者に対する総賃金(人件費)の分配を抑制してきたのである。ここでは、労働者の犠牲のもとで蓄積してきた大企業の内部留保を不況時の今日、雇用安定のために活用していくことに関して論じていこう。

 

1 内部留保とはなにか

 

 内部留保とは、企業がこれまで生み出してきた利益の蓄積部分にあたる。つまり内部留保とは、売上収益や金融収益などによる収益から原材料や人件費そして販売費・金融費用などの費用を控除して計算した企業利益から株主への配当金を除いた社内留保の蓄積部分にあたる。
 この内部留保について、表1のトヨタ自動車の個別貸借対照表の項目を見ながら説明していこう。内部留保には、「狭義の内部留保」と「広義の内部留保」がある。まず、狭義の内部留保である。内部留保の個々の内容を見ると「純資産の部」に利益剰余金の項目がある。この利益剰余金は事業活動から生じた利益の留保である。個別貸借対照表では、「純資産」の利益準備金と「その他利益剰余金」を合計した金額である。この「その他の利益剰余金」の中には、利益留保性の高い「別途積立金」が6兆3409億円もある。これらの利益剰余金が、狭義の内部留保にあたる。トヨタ自動車では、ここに巨額の利益が内部留保されている。
 さらに広義の内部留保を見ると、この内部留保には、資本準備金や退職給付引当金そして固定負債引当金が含まれる。資本準備金は、資本の増減に伴い発生する利益の内部留保であり、株式プレミアム部分からなっている。資本準備金には、株式払い込み剰余金、合併差益などがあり、財務活動を通じて実現した利益であり、この利益を資本化したものである。この部分は、株主が権利行使できない部分であり、利益の内部留保と考えることができる。トヨタ自動車は、4169億円を有している。
 次に固定負債にある退職給付引当金は、新「退職給付会計基準」のもとで退職金会計と企業年金会計とを結合して、退職給付債務を計算した上で追加の引当金の計上を行うこととなった。退職給付債務から企業内部に引き当てた退職給付引当金と年金資産(企業外部への積み立て分)を控除して追加の引当の必要額を計算する。退職給付引当金は、内部留保の計算に含められる。この根拠は、企業内に退職給付引当金に見合う退職資産が100%準備され、しかもその使途が拘束されていない限り、企業が自由にこれを利用できることになる。また「企業年金の受益権に対する労働者の法的保護が確立されていない限り、確定債務とは言えず、企業年金に対する労働者の権利の切り下げ行われることも多くなっている。だからこそ引当金というあいまいな科目に計上されざるをえず、債務性と内部留保性を含んだ灰色的性格のものとなっている」(角瀬保雄「有価証券報告書から見る連結内部留保―トヨタ自動車の事例を通して」『検証・大企業の連結内部留保(全労連2002年版)』2001年11月、27~28ページ)といわれている。トヨタ自動車の退職給付引引当金は、2792億円になっている。
 広義の内部留保には、長期負債引当金が上げられ、これには、退職給付引当金を含むが、ここでは独立に取り扱うこととし、退職給付引当金以外のものとして電力会社などの特定の業種に原子力施設解体引当金などがある。
 また最近マスコミでも取り上げられているが、「内部留保が設備投資などに使って機械などになっている」、「内部留保がなければ設備投資ができない」という経済界の主張が紹介されているが、設備投資には巨額の減価償却費が使われており、このため内部留保がなければ設備投資ができないわけではない。

 

 

2 莫大な内部留保の蓄積と労働分配率の低下が意味するもの

 

 トヨタ自動車やソニーなど日本を代表する製造業が大規模な人員削減や賃金カットを打ち出す一方で、財務基盤強化や配当重視の姿勢を続けている。これらの企業は、2009年3月期決算の予想を何回も下方修正しており、トヨタ系主要9社の2009年3月期決算では、5社が最終赤字転落と報じられている(日本経済新聞、2009年2月4日)。また2009年3月期決算では、赤字予想の大企業が続出する情勢にあるが、「利益から配当金などを引いた内部留保の16社の合計額は08年9月末で約33兆6000億円。景気回復前の02年3月期末から倍増し、空前の規模に積み上がった。過去の好景気による利益が、人件費に回らず企業内部にため込まれている。世界的な景気減速が続く中で各社は内部留保などの使途について慎重に検討するとみられる。一方で08年4月以降に判明した各社の人員削減合計数は約4万人に上り、今後も人員削減を中心とするリストラは加速する見通しだ」(中日新聞、2008年12月24日)といわれている。
 自動車メーカー17社における連結内部留保(表2)を見ると、主要自動車(17社)の連結内部留保は、2001年から2008年にかけて15兆円余りから30兆6256億円へ約2倍も増大している。2倍以上増加した自動車メーカーを見ると、川崎重工業、日産自動車、いすゞ自動車、日野自動車、トヨタ車体、マツダ、本田技研、ヤマハ発動機の8社である。三菱自工が2004年3月期から2008年3月期にかけてマイナスとなっている以外は、すべて増加している。連結内部留保金額の大きい企業はトヨタ自動車の13兆9332億円、本田技研の6兆9903億円、日産自動車の3兆9969億円であり、この3社だけで17社全体の81%を占めている。

 

 

 

 さらに表3のトヨタ自動車の連結内部留保を見ると、2001年3月期の7兆2651臆円から次第に増大し、2005年3月には10兆円を超え、2008年3月期には14兆弱に達している。連結内部留保のうちでも剰余金の割合が85%(2001年)であったが、次第に増大し、2005年以降には、ほぼ90%近くに達している。この剰余金の増大は当期利益が急速に増大し、2001年3月期の4712億円から2004年3月期には1兆円を突破し、2007年3月期には1兆6440億円に達したのである。配当金支払いも、2001年3月期の886億円余りから2006年3月期は2445億円へと2.8倍も上昇している。
 またトヨタ自動車の単独内部留保(親会社のみ)を見ると、2002年3月期の5兆8430億円から急速に増大し、2008年3月には8兆3529億円へと1.4倍にも達している。この単独内部留保のうち利益剰余金は、2001年から2008年にかけて1.6倍も伸びている。また、任意に積み立てられた任意積立金は、特別な目的を設けずに留保した別途積立金を含んでいる。任意積立金は、同期間に1.3倍も増えている。2008年3月期の別途積立金は、6兆3409億円にも達している。この別途積立金は、使用目的が特定されていないので利益留保性の高い内部留保といえる。

 

 

 つぎに労働者が生み出した付加価値と労働分配率について見ていこう。
 付加価値とは、具体的には生産された商品の価値から生産手段部分(物的費用)を控除した額である。付加価値概念に関しては論者によって定義や計算方法が異なっている(成田、大西、大橋、田中『企業分析と会計』学文社、250ページ)。付加価値の計算方法には減算法と加算法がある。減算法では、生産額(又は売上高)から外部購入費用(材料費や減価償却費など)を控除した金額で付加価値(純額)を計算する。また加算法では、損益計算書や製造原価明細書の科目である労務費や給料などの人件費+賃借料+支払利息+租税公課+税引後利益+減価償却費によって付加価値を計算する。一般に加算法が用いられているが、理論的には減算法がより適切である。減算法と加算法とでは、付加価値額は異なってくる。このように付加価値額や労働分配率の計算方法の相違によって金額や比率が異なってくることを前提にして見ていこう。このため同じ計算方法を用いることによって期間比較をし、その傾向を見ていきたい。
 表4の自動車メーカーの労働分配率を見ると、2001年3月期の55.34%から次第に下落し、2007年3月期には40.89%にまで下がっている。付加価値額は、2001年3月期に比べ2007年3月期には1.5倍も増加し手いるが、その増加要因は、経常利益が2001年から2007年にかけて2.6倍も大幅に増大したことが大きい。また、設備投資による減価償却費も1.3倍の増加となっている。これらの付加価値額の増大に対して、人件費は2001年3月期の2兆1,016億円から2007年3月期の2兆2,619億円へと1.1倍の伸びでしかない。この人件費の圧縮は、単独従業員数の削減にも表れており、2001年3月期の23万5,768人から2007年3月期の21万9,916人へと1万5,852人(0.9倍)も削減していることによる。逆に連結従業員数が同期間において16万8,172人(1.2倍)も増加しているが、これは子会社の従業員数が大幅に増加したと考えられる。このように自動車メーカーの大企業では、労働者の人員削減や非正規労働者数を増大させることによって総人件費を抑制したことが、巨額の経常利益の増大につながり、この利益を内部留保としている。このために付加価値が1.5倍に増大したが、人件費は1.1倍にとどまることとなった。

 

 

 自動車メーカーの内部留保と労働分配率を見てきたが、相互の関連がどのようであるかについて見ることにしよう。自動車メーカー(17社)の連結内部留保を見ると2001年3月期の15兆円余りから2008年3月期の30兆円余りへと約15兆円も増大し、倍増している。また自動車メーカーの代表格であるトヨタ自動車も連結内部留保が同時期に1.9倍、単独内部留保も1.4倍にも達している。
 他方、自動車メーカーの労働分配率(単独ベース)を見ると、2001年3月期の55.34%から2004年3月期の47.32%へと8ポイントも下落している。2005年には50.16%へ上昇したのち、2007年3月期の40.89%へと大幅に下落している。自動車メーカーの労働分配率は、2001年から2007年にかけて14.5ポイントも下落しているのにたいして、単独内部留保は同期間に1.4倍も増加している。きわめて対照的である。自動車メーカーが、労働分配率を低く抑え、内部留保を増大させていることは明らかであろう。この点から見ても、内部留保を雇用に活用するのは当然のことといえる。

 

 3 内部留保は雇用維持に活用できないか

 

 しかし、財界・大企業は、さまざまな口実をもうけて、内部留保を雇用の改善に活用としていない。その代表的な口実の一つは、「内部留保は自由に使える預貯金としてはない」というものである。たしかに、内部留保はさまざまな資産に投下されている。しかし、そのなかには、現金・預貯金をはじめとした換金可能な資産、換金性資産が含まれている。内部留保は好況期に上げた利益を株主配当にあてた残りを企業の現金・預金として保有したり、自己株式の購入にあてたり、売買目的の有価証券や投資有価証券の購入にまわしていると考えられる。
 トヨタ自動車の貸借対照表の資産を見ても、それは明らかである。トヨタ自動車の換金性資産は、現金預金595億円、売買目的の有価証券1兆630億円、「投資その他の資産」のうちの投資有価証券2兆3187億円、自己株式1兆2126億円と、合計4兆2126億円にものぼる。(表1参照)
 トヨタ自動車の場合、このほかにも、特別な目的を設けずに留保した別途積立金が6兆3409億円にも達しているのが特徴である。これは、経営者の裁量でどのようにも使用することが可能な内部留保である。あわせて10兆5000億円以上にもなるのである。
 5万人の非正規労働者の雇用を確保しようとすれば、年収300万円としても1500億円をまわせばいいのである。文字通り、内部留保のホンの一部を回せばいいのである。
 労働者の雇用を守るために内部留保によって運用された現金預金の保有をはじめ売買目的の有価証券や投資有価証券そして自己株式などを売却することによって換金し、これを雇用にまわす方法を考えるのが経営者である。経営者は企業を実質的に支配しているからである。今日ではこういう経営方針で株主総会に臨む気があるかどうかが重要となっている。

 

 以上

 


 

【補論-II】ワークシェアリングをどう考える

 

  アメリカ発の金融危機が日本経済を直撃し、景気悪化が急速に進んでいる。そのなかで、今年に入って突然、ワークシェアリングが取りざたされるようになった。1月6日開かれた財界3団体(日本経団連、日本商工会議所、経済同友会)の合同記者会見で、日本経団連の御手洗冨士夫会長は、雇用の安定のために、「ワークシェアリングみたいな考え方もひとつの選択肢で、そういう選択をする企業があってもおかしくない」と、ワークシェアリングの推進を提唱した。
 これをうけて、麻生自公政権は1月31日、雇用維持に向けて政府、労働界、経済界の代表による「政労使会議」を設置する方向で検討に入り、ワークシェアリングによる雇用維持対策を具体化する動きを加速させている。

 

 2 ワークシェアリングとは何か

 2-1 ワークシェアリングは、「仕事の分かち合い」と訳されるが、その定義は定まっていない。EU欧州委員会は、「就業を希望するすべての者にたいする雇用機会を増加させるために、経済における総雇用量を再分配すること」(「ワークシェアリングに関する欧州委員会提案」1978年)と定義し、OECDは「就業者と失業者の間でより公正に仕事を分かち合うこと」(「労働力供給、成長制約及びワークシェアリング」1982年)、ILOは「一時的であると考えられる人員過剰問題に直面した場合に、人員削減を回避するために……労働時間を短縮することによって現存する人員に仕事を分担させること」(「先進諸国における雇用調整と労働者の保護」1982年)と、それぞれ定義している。

 

 2-2 ワークシェアリングの議論は、ヨーロッパを中心におこなわれてきた。そもそもの議論の出発点は、雇用情勢が悪化するなかで、失業をどう防止するかという問題意識にもとづくものである。目的は、基本的には、(1)失業者の新規雇用(雇用創出)、(2)人員削減の予防措置としての雇用確保(雇用維持、失業防止)の2つがあるとされている。

 

 2―3 日本におけるワークシェアリングの議論は、これまで3回あった。1回目はオイルショック後の70年代後半、2回目は円高不況に見舞われた80年代後半、そして2000年代初頭の「平成不況」である。いずれも失業率が急上昇するなど雇用情勢が厳しくなり、リストラなどの首切り「合理化」が強行された時期である。
 財界の意向が強く表れているのは、2000年代初頭に日経連がうちだしたワークシェアリング論である。その視点は、(1)当面の失業抑制と長期の雇用創出、(2)生産性の向上と国際競争力強化、(3)多様な働き方の推進、(4)労働市場の流動化などにおかれ、その後の賃金抑制、「多様な働き方」にもとづく労働法制のいっそうの規制緩和を促進するものであった。
 厚生労働省は、日本経団連の提起もあり、ワークシェアリングについて、「雇用機会、労働時間、賃金の3つの組み合わせを変化させることを通じて、一定の雇用量を、より多くの労働者の間で分かち合うこと」と定義した。ヨーロッパ、OECD、ILOの定義にはない賃金とリンクさせていることが特徴である。この日本型ワークシェアリングは、労働時間短縮と賃下げによる「雇用維持」というものである。

 

 2-4 雇用情勢の悪化のもとで提起されるワークシェアリングは、さまざまに類型化されているが、厚生労働省は、「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」(2001年4月)のなかで、次の4つに類型化している。
 (1) 雇用維持型(緊急避難型):一時的な景況の悪化を乗り越えるため、緊急避難措置として、従業員1人あたりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する。
 (2) 雇用維持型(中高年対策型):中高年層の雇用を確保するために、中高年層の従業員を対象に、当該従業員1人あたりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する。
 (3) 雇用創出型:失業者に新たな就業機会を提供することを目的として、国または企業単位で労働時間を短縮し、より多くの労働者に雇用機会を与える。
 (4) 多様就業対応型:正社員について、短時間勤務を導入するなど勤務の仕方を多様化し、女性や高齢者をはじめとして、より多くの労働者に雇用機会を与える。

 

 3 現在おこなわれている「ワークシェアリング」をどう考えるか

 3-1 アメリカ発の金融危機のもとで急速に悪化する雇用情勢のもとで、いま、焦点となっているワークシェアリングは、(1) 雇用維持型(緊急避難型)と(3) 雇用創出型ということができる。(2) 雇用維持型(中高年対策型)は動機も実態も、上記2つの雇用維持・創出型ワークシェアリングとは異なる。また、(4) 多様就業対応型は、横行する派遣労働者をはじめとした「非正規切り」をやめさせ、非正規労働者の雇用の安定を図ることが課題になっているもとで、そもそも議論の対象にはなりえない。

 

 3-2 いま、日本では、「ワークシェアリング」と称して、「派遣切り」「非正規切り」の先頭にたっているトヨタや三菱、マツダ、富士通などが、生産調整による操業短縮を実施し、休業日の設定、労働時間の短縮、夜間操業の停止などをおこなっている。その最大の特徴は、(1)「非正規切り」については当初の計画どおりに進める、(2)休業日の賃金カットなど賃金を引下げるようになっていることである。
 緊急避難型のワークシェアリングとは、厚生労働省の定義によっても、「一時的な景況の悪化を乗り越えるため、緊急避難措置として、従業員1人あたりの所定内労働時間を短縮し、社内でより多くの雇用を維持する」ことであり、「非正規切り」を前提にしたワークシェアリングなどはありえない。
 しかも、正規労働者の賃下げが強行されるなかで、「住宅ローンが支払えない」など、正規労働者の生計費すら維持できない状況がうまれ、なかには、生計維持のためのアルバイトを認める企業さえ出ている。仕事を休業させて、アルバイトを“奨励”するなど、ワークシェアリングとはまったく無縁である。これはたんなる操業短縮による賃金カットとしかいいようのないものである。

 

 4 緊急避難型ワークシェアリングについて

 4-1 雇用維持型(緊急避難型)のワークシェアリングの典型としてよく例に出されるのは、ドイツのフォルクスワーゲン社のとりくみである。1993年に、会社側が提案してきた3万人削減のリストラ提案にたいして、労働組合がねばりづよくたたかった結果、まとめられた労働協約に、その内容が示されている。(1)労働時間を緊急避難的に2年間、28.8時間(週4日/1日7.2時間)とする。時間比例にすると賃金は2割減の計算になるが、年間賞与、諸手当などを算入し、総収入減は1割程度に抑える、(2)4万人の若年単身者を無給で3~6カ月間、教育訓練や資格取得のために休業させる。法定の教育手当や会社からの若干の手当は支給され、生活は保障される、(3)若年正社員の労働時間を20時間から28.8時間に段階的に増やす。一方、高齢者の労働時間を55歳の28.8時間から段階的に20時間まで減らす。
 この協約によって人員削減は回避された。労働者の賃金も減ることになったが、フォルクスワーゲン社の賃金は産業別協約の水準をかなり上回っていたという事情があることは見逃してはならない。
 また、フォルクスワーゲン社のとりくみについては、日本と異なる労働事情のもとにおこなわれていることに留意する必要がある。第一、共同決定制度の存在である。仕事の配分等は労使で構成する職場委員会により決定される。事業所レベルの従業員代表制度(社会的事項、人事的事項、経済的事項に関する関与権を労働者に付与)、企業レベルで労働者代表が参加する企業決定制度(企業の経営に携わる取締役会の選出罷免権能を持つ監査役会に労働者代表の参加が認められている)がある。したがって、企業の経営状況の情報が労働者に公表されることになる。第二、ドイツの企業には、日本のような膨大な内部留保の存在は考えられない。

 

 4-2 緊急避難型ワークシェアリングをどう考えるか
 一般論として、個別企業で、整理解雇の4要件が適用されるような経営危機に陥った場合、緊急避難型ワークシェアリングはありうる。しかし、現在の日本の労働事情の下で、全般的な緊急避難型ワークシェアリングを導入することは、妥当ではない。
 理由の第一、緊急型ワークシェアリングというなら、膨大な内部留保を取り崩す、あるいは高額の配当金を減額して、労働者の雇用を守ることが先決になる。日本の大企業はそうした努力をいっさいしていない。
 第二、日本はヨーロッパと比較して、“ルールなき資本主義”といわれるように、労働時間や解雇にかかわる規制がきわめて不十分になっている。サービス残業や無法・違法の「非正規切り」が横行している。また、ヨーロッパでは当たり前になっている有給休暇の完全取得など労働者の権利が守られていない。緊急避難型ワークシェアリングは、これら“ルールなき資本主義”のすべてを解決したうえで、はじめて出されてくる選択肢である。

 

 5 雇用創出型ワークシェアリングについて

 5―1 雇用創出型ワークシェアリングの典型的事例としては、フランスの週35時間法があげられる。
 フランスでは、1990年代に入って、雇用情勢が悪化するなかで、法定労働時間の短縮が焦点になった。1993年には、「雇用に関する5カ年法」が成立した。そのなかで、「ワークシェアリングに関する規定」が設けられた。そのポイントは、(1)雇用期間の定めのない労働者の雇用にたいする社会保険料の免除(新規雇用者1人にたいして2年間)、(2)週所定労働時間の短縮(時短分の賃金は減額、一定水準以上の雇用が増加した場合には、社会保険料の使用者負担を減額)など。
 1996年には、ワークシェアリングのための法律「ロビアン法」が成立した。その内容は、(1)労使協定によって週所定労働時間を10%短縮し、それに相当する人数を新規に雇用した使用者にたいして、社会保険料の使用者負担分を最初の1年40%、その後6年間30%減額、(2)労働時間の短縮を15%おこなった使用者にたいして社会保険料の使用者負担を初めの一年間50%、その後6年間40%とする、(3)使用者は時短による追加雇用を1年以内に実施することとし、新たに雇用した労働者を最低2年間維持しなければならない。(4)時短分の賃金の取り扱いは労使協定にゆだねる、(5)10%以上の時短によって人員削減計画を回避した使用者には一定の社会保険料を減額する。
 これらのとりくみのうえに立って、1998年には、「ロビアン法」を強化する第1次オブリ法が成立し、さらに、第1次オブリ法でさだめられなかった詳細な規定を盛り込んだ第2次オブリ法が1999年10月に成立し、2000年1月に施行された。
 第2次オブリ法の内容は、(1)35時間労働制の導入、(2)実労働時間の定義(食事時間、休憩時間などを実労働時間に算入する)、(3)年間労働時間(週平均35時間とする期間は12カ月間。法定の週当たり最長時間である48時間〈特例措置を入れても60時間〉または1日の最長時間10時間をこえることはできない、(4)時短による賃金減額を招かないための財政支援(〈i〉労働者に法定最低賃金の1.8倍以上を支給している場合、社会保険料の使用者負担分を従業員1人当たり一律4000フラン減額、〈ii〉支給されている賃金が法定賃金の1.7倍以下の場合は、その倍率の低下に応じて、2万1500フランを上限として減額の金額を増加する。
 この35時間法によって、雇用は100万人創出された。その一方で、週35時間法には、経済のグローバル化が進展し、国際競争が激化するもとで、経営者団体の意向が反映され、労働者と労働組合にとって、“苦渋の選択”となっている点も見過ごすことはできない。年間労働時間制が導入され、労働時間の弾力化が進展し、労働生産性は上昇したが、それにふさわしい賃金の上昇がないなどの問題も起きている。労働組合幹部からは、35時間法の「一番恩恵を受けたのは経営者」という声も出されている。

 

 5―2 日本とヨーロッパの労働時間の違い
 日本は、ヨーロッパでいう雇用創出型ワークシェアリング以前の問題が山積している。サービス残業、年休の完全取得など働くルールが厳守されていないこと、事実上、労働時間の上限規制がないために、長時間労働がまん延していること、所定内労働時間もヨーロッパ諸国とくらべて長いことなどなどである。日本の年間労働時間は1850時間であり、ドイツ1525時間、フランス1537時間と比較しても異常に長くなっている。
 この労働時間の違いを前提にせずに、ヨーロッパのワークシェアリングの経験を日本に持ち込もうとしても無理がある。

 

 6 ワークシェアリングについてのわれわれの基本的立場

 6-1 現在の日本の雇用悪化を改善するためには、ヨーロッパですすめられているワークシェアリングを議論する前に解決すべき課題がある。
 まず前提として、ヨーロッパの労働者の労働時間短縮闘争の歴史に学ぶ必要がある。ヨーロッパでは、労働時間短縮のたたかいが、ワークシェアリングの土台にすえられているのであり、ワークシェアリングは、このたたかいの歴史のなかで議論されるようになったものである。
 ドイツは、時短先進国として知られているが、当初からそうだったのではない。戦後まもなくのドイツの週労働時間は、日本と同じ48時間労働制だった。
 ドイツでは、産業別の労働組合と使用者団体との労働協約によって、労働時間短縮が図られてきた。ドイツ労働組合同盟(DGB)は1954年、「土曜日のパパは僕のもの」というスローガンを掲げ、賃下げなしで週5日40時間労働制実現の労働時間短縮要求を第3回大会で決めた。その先陣を切ったのは金属産業労組である。1956年に結ばれたブレーメン協定を契機にして、週40時間制への段階的移行が進められ、1965年から週40時間制が金属産業に適用されることになった。
 金属産業労組の要求根拠は、(1)技術革新による労働負担の増大、(2)労働者に文化活動、労働組合運動のよりよい条件の付与、(3)「合理化」による余剰労働力を労働時間短縮で吸収して余剰の度合いを抑制――である。労働時間短縮要求のなかには、雇用創出が当初から含まれているのである。
 1970年代後半に入って、ドイツ労働組合運動は週35時間制への挑戦を開始し、1983年秋に、このたたかいは本格化する。金属産業労組は、週35時間制要求の「3つの積極的根拠」を掲げて、たたかいに立ち上がった。「3つの積極的根拠」とは、以下の内容である。

 (1)雇用を確保し創出する 労働時間短縮は失業を撲滅する。労働時間短縮はより適正な仕事の分配(ジョブ・シェアリング)をもたらす。われわれのモットーは「失業をなくして、もっともっと自由時間を!」

 (2)労働を人間らしくする ストレスよさらば。労働力のすり減らしは許さない。労働負担の増大は労働時間短縮で保障されねばならない。

 (3)生活と社会をうまく形成・機能させる 労働者は自分自身とその家族のための、福祉社会にふさわしい、文化的、社会的生活を営むための時間が必要である。労働時間短縮は家事と子どもの教育での夫婦間の分担をも容易にする。
 週35時間制の実現は、資本の側の激烈な抵抗を受けて困難なたたかいを余儀なくされ、2度にわたる労働協約締結闘争のなかでも、要求を実現させることはできなかった。
 この資本の抵抗の壁を打ち破ったのが、35時間制実現を求める金属産業労組の警告ストが全国を覆うなかで1990年に締結された「ゲッピング妥協」であった。
 その内容は、(1)週労働時間を1993年4月から36時間に、95年10月から35時間に短縮する、(2)労働者個人の選択で、正規の週労働時間を40時間まで延長できる(延長できるのは各企業で総労働者数の18%まで)、(3)各人の正規の労働時間は月曜日から金曜日までに(また、数週間にわたって)均等または不均等に割り振ることができる――というものである。
 こうした労働時間短縮闘争の前進を土台として、ワークシェアリングが議論されるようになってきたのである。

 

 6-2 われわれの当面するスローガンは、「ワークシェアリングによる雇用の維持・創出を」ではなく、「働くルールの確立と賃下げなしの労働時間短縮の実現による雇用の創出を」である。こうした見地から、現在の雇用情勢の悪化、失業の増大をくいとめるためには、(1)サービス残業根絶や年休の完全取得など働くルールを厳守させること、(2)本格的な労働時間短縮闘争をすすめることが重要になっている。

 

 7 働くルールの厳守と労働時間短縮による雇用創出効果

 7-1 労働総研はすでに働くルールの厳守による雇用効果についての試算を公表している。
 この試算では、(1)サービス残業を根絶することによって118・8万人の雇用が生まれる、(3)完全週休二日制と年次有給休暇の完全取得を保障することによって153・5万人の新たな雇用が必要になる――ことを明らかにし、それによってどのような経済効果が生まれるかを算出した。その結論は、労働者の賃金は13・2兆円増加し、それによって消費需要が9・9兆円増え、国内生産が15・0兆円誘発される。そのために、企業の賃金支払い総額も13・2兆円増えることになるが、企業がため込んだ内部留保は、2007年時点で、403兆円に達しており、そのわずか3・3%をあてるだけで「ルールある雇用」を実現することができる、というものである。

 

 7-2 労働時間短縮による雇用創出効果
 今回、新たに労働時間短縮による雇用創出効果を試算した。試算は2段階で、第1段階は、週38時間労働制の実現であり、第2段階は、フランスやドイツ並みの週35時間制の実現である。
 週38時間労働制の実現によって、180・7万人の新たな雇用が創出され、それによって労働者の収入は3・3兆円増加する。(週35時間制の実現の雇用創出及び経済波及効果は、これを2・5倍すればいい)
 なお、この試算にあたっては、現在の所定外労働時間の削減は考慮していない。所定内労働時間の短縮によって、所定内、所定外を含めた全体の労働時間がその分だけ減少し、それに見合った雇用が創出されるものとして試算した。

 

7-3 働くルールの厳守と労働時間短縮の経済効果
 労働時間短縮による3・3兆円の収入増は、家計消費需要を2・1兆円創出し、その生産誘発効果によって国内生産が3・4兆円増加する。GDP(国内総生産)に直すと約1・8兆円になる。これを、7-1の働くルールの厳守による雇用および経済効果と合わせると、労働者の賃金収入増加額は16・6兆円、それによる家計消費支出の増加額は12・0兆円、それが誘発する国内生産額は18・5兆円、GDP(国内総生産)ベースでは10・5兆円となる。その結果、税金も国税、地方税あわせて1・9兆円の増収が期待できる。
 2007年度のGDPは516兆円だから、働くルールの厳守と週38時間への労働時間の短縮は、GDPを2・04%押し上げることになる。わが国の名目GDO上昇率は、1997~2007年度平均0・05%、“失われた10年”を脱し景気上昇局面に入ったとされる2003年度以降の5年間でも年率1・05%にすぎないから、相当大きなものである。しかも、02~07年度のGDPを押し上げたのは大企業製品を中心とする輸出であったが、今回試算の対象である中~低所得者層の賃上げは、高所得者層の収入増よりはるかに効率的に内需を拡大し、商業、サービス業、食料品、繊維製品等の中小企業分野の生産を大きく誘発する。

 

7-4 内部留保の4・11%を取り崩せば実現可能
 働くルールの厳守と労働時間短縮による雇用創出は、453万人にも及ぶ。企業の賃金支払い総額はあわせて16・6兆円増加するが、それは、2007年末の内部留保総額403・2兆円の4・11%、この10年間に積み増しされた内部留保額180・7兆円の9・18%にすぎない。
 1985年以降2007年までの内部留保を名目GDP、賃金および雇用と比較すると、バブル期(1986年12月~1991年2月)から“失われた10年”(1991年2月~2002年1月)の前半までは、内部留保の伸びがGDPを上回っていたものの、賃金および正規雇用者も緩やかに上昇し、非正規雇用者の増加率はGDPとほぼ同一線上にあった。ところが、1997年をピークにGDPがマイナスに転じると、賃金、正規雇用者の減少に対する非正規雇用者の増加が顕著になり、「労働者派遣法」が改悪された1999年以降は、その傾向がますます強まると共に内部留保が急増した。つまり、1999年以降の内部留保の急増は、労働者の雇用と賃金を犠牲にしたものであり、それが日本の内需を衰えさせ、今回の不況を他の先進国以上に深いものにしている。

 

 

 

 

 内部留保額を企業の売上高と比較すると、バブル経済ピークの1990年度に13・6%、その後、14~15%程度で推移していたが、2000年度以降急速に上昇して、2007年度には25・5%に達している。GDP(国内総生産)と比較しても、バブルのピークで44・2%、1999年度に49・3%であったものが、2007年度には、78・2%まで上昇している。
 過去と比較して、2007年度の水準は明らかに高すぎるのであり、2000年度以降の積み増し分を賃金等に振り向けたとしても、なんら問題はないはずである。
 いま、内需拡大に利用可能な最大の財源は、企業の内部留保である。そもそも内部留保は、企業が経営難に陥り、“いざ鎌倉”というときに備えた「イザカマ」資金であり、将来の拡大再生産に備えた準備金である。ここ数年、アメリカの過剰消費に支えられて日本の企業が「イザカマ」状態に陥ることはなかった。一方、慢性的な内需不振により、新たな設備投資が行われず、結果として内部留保が、「不要不急の金」として急増したのである。もし、これを賃金の引き上げや労働時間短縮、正規雇用の拡大等を通じて労働者に還元していれば、先進国最大の景気後退にはならなかったはずである。
 いま、企業経理の悪化によって、内部留保が急激に減少しつつあるのではないかと思われる。労働者の犠牲の上に積みあがった内部留保が無に帰する前に、本来行うべきであった労働者への還元を急ぐべきである。景気の先行き不安を理由に、派遣切りや賃下げなどによって労働者にさらなる犠牲を強いるなど、あってはならないことである。

 

 以上

 

〈参考文献〉
 厚生労働省「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」(2001年4月)
 小倉一哉「欧州におけるワークシェアリングの現状」(2001年12月、JIL『労働政策レポートVol.1』
 宮前忠夫「週労働35時間への挑戦」(学習の友社)
 熊沢誠「リストラとワークシェアリング」(岩波新書)