はじめに
21世紀を目前にした2000年。年初めからマスコミ紙上で連日のように「IT」とか、「IT革命」とかいった活字が目につくようになり、はてな?、ITとは「いったい何か」と調べはじめたのが2月のはじめでした。
「IT」とは、英語のインフォメーション・テクノロジー(情報技術)の略称とのことですが、これに「革命」がつくのでややこしくなります。仕事がら「情報技術」についてはハード面で関心があったのですが、「革命」についても政治・社会科学の面で興味がありました。既存秩序の崩壊や権力構造が逆転することを「革命」という概念で教わってきたように思いますが、これが何でIT(情報技術)と連らなって「IT革命」なのか。
奇しくも昨年の11月、持ち株会社のもとに分割「再編成」したNTTは電話から情報流通会社に転換するため、2万1千人の人員削減をはじめとしたリストラ「合理化」である「中期事業計画」を発表しました。これまでの設備産業としての電気通信事業から手をひき、「情報流通」という得体の知れない事業をおこなうため、人・物・カネのすべてにわたって削減するといいだしたNTTの動向もIT革命に関係があるのカモ、ということで「IT革命」についての探究に熱が入りました。
ITは景気回復の切り札か
「IT関連の設備投資拡大。世界最大の液晶工場、家電用メモリー増強」といった見出しが新聞紙上で目にとまりました。
「パソコンや携帯電話などの需要拡大に対応して、液晶や電子部品などを生産する電機、素材各社が情報技術(IT)分野の設備投資の拡大に動き始めた。IT分野の市場拡大が、産業界の投資をけん引する構図が鮮明になりつつある。
積極投資の背景にあるのは、パソコンや携帯電話の好調と、BSデジタル放送の本放送開始を年末に控えて『高画質、多チャンネル、双方向型』のデジタルテレビの普及が期待されるため。2000年度のパソコン出荷台数は今年度見通しより12%多い1800万台に達しそう。携帯電話も音声だけでなく、インターネットを利用したデータ通信サービスの拡充で加入者が増えている。」(1月14日・日経)年頭にあたってということもあったのでしょうか、大手電機メーカーの経営見通しが紹介されていました。
2月に入って、「消費支出7年連続減少、昨年1.2%減。サラリーマン世帯深刻、IT関連は大幅増」と、深刻な国民生活をよそに、IT関連は好景気をイメージする新聞見出しが目にとまりました。
「総務庁が8月発表した1999年の家計調査報告によると、全世帯の消費支出は物価変動の影響を除いた実質で1.2%減少し、現行の調査を始めた1963年以来初の7年連続マイナスを記録した。景気の低迷で所得が減少したことが響いた。消費全体が振るわない一方で、パソコンや携帯電話など情報技術(IT)関連の消費支出は前年を名目で10.4%上回る高い伸びを示した。IT関連の消費は生産の増加を通じて景気回復をけん引する役割も果たしている。(2月9日・日経)と論評し、ここでもITが顔をだしていました。
長引く不況が「消費不況」といわれているように、国民生活全体が冷えきっていることが政府の統計資料でも明確になっています。「全世帯の1ヵ月平均の消費支出は1世帯あたり32万3008円。雇用や所得の悪化を背景に、食費や衣料品など生活必需品への支出を節約する傾向が強まった。職業別に見ると、景気低迷の影響を最も深刻に受けたのはサラリーマン世帯。実収入、可処分所得ともに2.0%減と調査開始以来最大の減少幅となるなど収入面の落ち込みがひびき、実質消費支出は前年比で1.7%減少した。品目別では食費、被服および履物がともに9年連続で減少した。教育費も過去最大の減少幅となり、生活に密着した支出を切りつめる傾向が強まった。
こうしたなかでIT関連の消費支出はパソコン・ワープロのほか、携帯電話機・ファクスなどの通信機器が大幅な伸びを記録した。インターネットなどデータ通信の増加や携帯電話の普及を反映して、電話通信料も5年連続プラス。衛星放送・ケーブルテレビなど放送受信料も増えた。IT関連支出を合計すると年間で12万8741円となり、バブル経済が頂点に達した89年の1.6倍の金額に達した。(図)
生活の基本となる衣・食・住への支出が切りつめられ、IT関連への消費にまわされていくという国民生活の実態は、何を意味するのでしょうか。IT革命の基盤となる電気通信事業ではたらく私たちにとって、IT関連の消費の伸びは仕事がら喜ぶべきことなのでしょうか、どうも割り切れなく、逆に心がいたむ気がします。
国民・労働者がおかれている状況は、赤信号がともっています。政府の後押しで強行している大企業のリストラ「合理化」や総人件費削減が、国民生活全体を歪めてきていることをしめすもので、このゆがみが国民・労働者の心身にどんな影響をもたらすか。
昨今の社会的状況を見れば、自殺の増加、学級崩壊や青少年の犯罪などを誘発させるばかりか、イデオロギー的にも刹那主義的なエログロ・ナンセンスの文化状況に拍車をかけているのではないかと思います。
IT革命の本質
マスコミ紙上をにぎわしている「IT革命」の活字がおどる紙面は、科学技術ではなくて「産業・経済」紙面。特に、株式や投機関連の記事、景気の動向にかかわる報道では必ずといっていいほど「IT」の文字がありますが、ここにIT革命の本質が見え隠れしているようです。
興味を引いたのは、IT革命の本質は情報取引きコストの劇的な低減である、として論を展開する「IT革命の本質」が載った2月9日の日本経済新聞コラム「大機小機」でした。筆者は「横風」とネーミングがあるだけで不明ですが、IT革命を考えるうえで大きな手がかりとなりました。
「横風」氏は、IT革命での変化は「情報技術財市場の飛躍的成長」と「情報技術利用市場の劇的な変化」だとしています。
「情報技術財市場では次々と新製品が生まれ、需要を誘う。生産は増え、経済成長を押し上げる。多くの技術はネットワーク型。情報の伝達方式は双方向。手紙や電話などの古典的通信は、個と個の間の双方向伝達技術だった。放送は個から多数への一方通行だ。IT革命は多数と多数の双方向技術。通信と放送の融合は当然の帰結といえる。
情報技術利用市場にも激しい変革を迫る。情報取引きコストの劇的な低下とは完全市場化のこと。均衡点達成が速まり、資源配分は適性になる。つまり商談は次々にまとまる。eビジネスに群がるゆえんだ。人々の効用は高まり、需要は増え生産増に結びつく。経済成長はこの面からも押し上げられる。情報の非対処性に依拠していた間接金融や官僚組織は縮小を迫られる。企業、家族、国家などの組織にも見直しを迫る。組織組成の動機は意識・無意識を問わず、ある目的達成のためにコストを最小にするだことだ。」
「横風」氏の「IT革命」論は、インターネットや携帯電話、Eメールの言葉こそ出てきませんが、電気通信網のデジタル化をふまえた情報通信基盤の激変にともない、国民生活をふくめた社会活動に大きな変化が誘発されることをコンパクトにのべています。限られた字数のせいもあって、論理の飛躍があり理解しづらい面がありましたが、とにもかくにも「横風論」を参考にIT革命論をさぐりました。
そうこうしているうちに4月末、日本経済もようやく新しい発展段階の息吹きが感じられるようになってきた。情報技術(IT)がその原動力である、とした「IT革命の本質」が、今度は日経新聞の「十字路」というコラムに登場しました。署名入りで経済産業を研究する会社代表の吉田春樹さんという方が意見をのべておられました。
「IT革命は、第2の産業革命といわれる。18世紀の産業革命により人類初めてエネルギーを動力として用にいるようになり、工業社会が誕生した。IT革命は、その工業社会を情報社会、知的社会とよばれるポスト工業社会へ向けて発展されるものなのだ。
工業社会にあっては、モノが付加価値が生み出す経済社会である。ポスト工業社会は、情報が付加価値を生み出す。コンピュータとネットワークの発達は流通業に新しい市場を提供し金融業の在り方を一変される力を持つ。製造業も、もう一段の無人化が進む。IT革命の本質は、それが通信の発達を加速するのに加え、新しい情報産業を創造するところにある。問われるのは、そのコンテンツ(情報の内容)である。」
IT革命で、企業栄えて、民亡ぶのか
国民・労働者の生活悪化をよそに、「上場企業、3年ぶり10.7%増益。IT投資寄与、来期も増益へ」との見出しが3月4日の日経新聞のトップをかざりました。
「日本経済新聞社が3日、上場企業の2000年3月期の業績予想を集計したところ、期間のもうけを示す経常利益は前期比10.7%増える見通しとなった。円高や製品価格の下落などで売上げの減少は続くが、リストラクチャリング(事業の再構築)によるコスト削減のほか、情報技術(IT)投資の拡大やアジア市場の復調などがプラスに働き、3年ぶりに増益となる。消費の低迷が足かせになっているものの、IT投資の盛り上がりなどで2001年3月期も増益になる見通しだ。」と、長期不況なにするものぞと強気の論評がありました。
経常利益の回復をけん引するのは半導体製品、電子部品などIT投資の恩恵をうける企業群。円高や価格下落で、全体では3期連続の売上減を強いられるが、人員削減、給与体系の見直しなどの効果で商社、海運など10業種が減収でも増益となる、と解説にあるとおり、財界・大企業はリストラとIT革命をキーワードに、不況でも労働者への犠牲転嫁できりぬけ、売上げが減っても「もうけ」だけはしっかりと確保する経営戦略を確立してきているようです。
会社の目的は儲けることにありますが、モノをつくっても、売れない状況でどうしてもうけをつくりだすことができるのか、新たな疑問がわいてきました。
日本の企業が「減収増益」の経営戦略を確立しはじめたのは経済サミットで「プラザ合意」が採択された1985年頃ではなかったかと思います。双子の赤字財政に悩むアメリカ政府と財界が日本の莫大な貿易黒字をはきださせるために猛然な日本たたきがはじまったのを思いだします。
日本の輸出関連企業を中心に、急激な円高に対応するためにリストラ「合理化」がすすむ一方、軍拡・臨調路線にもとづいてこれまで日本の産業をリードしてきた鉄・自動車・電機にかわって情報関連産業の台頭がはじまりしました。バブル経済の高揚と崩壊を経過するなかで、情報通信関連へと設備投資の流れが変わるだけでなく、企業体質の改革もはじまりました。
電気通信分野でも、通信網のデジタル化がすすみコンピュータと人、コンピュータどおしの通信が可能になり、ニューメディアからマルチメディアへと変貌がはじまりました。国民の共有財産であった電電公社が85年に民営化されNTTが誕生。昨年ついに戦後初の純粋持ち株会社のもとに分割「再編成」され、完全民営化にむけた動きが強まっています。通信の公共性が放棄され、リストラ「合理化」と国民・利用者へのサービス低下が懸念されているところです。
いうまでもなく、電気通信事業は電力とともに「IT革命」を支える基盤としてなくてはならない産業で、しかも必ずもうかる産業として注目をあつめてきたからこそ激烈な競争と参入がはじまっているのではないでしょうか。
IT革命は、日本で成功するか
「米景気、生産性向上が主導。GDP伸びの寄与、IT関連2〜3割」、という見出しにつづくワシントンからの特派員報道では「クリントン米大統領は2月10日、2000年大統領経済報告を議会に提出。2月で過去最長になった米景気拡大について情報技術(IT)革命が大きく寄与したと分析、95年から4年間の国内総生産(GDP)の伸びの2〜3割がIT関連との試算を明らかにした。IT革命を背景に企業の生産性が向上しているうえ、『財政赤字削減が民間投資の拡大余地をもたらした』とも指摘、米経済の先行きに自信を示した。」と伝えています。
アメリカ政府は97年にインターネット電子商取引の推進策を発表し、制度面から新技術の活用を後押ししてきました。米商務省に2年前の98年「エマージング・デジタルエコノミー(デジタル経済の台頭)」という報告書を発表、90年代半ばからつづくアメリカの好景気は、「IT革命」を18世紀の産業革命になぞらえ、それが米国の経営成長に大きく寄与しているとレポートしています。
「日本でも新しい情報技術(IT)を使った経済改革、すなわち『IT革命』が始まった。森喜朗首相は所信表明演説で『IT革命』を起爆剤とした経済発展をと訴え、7月の主要国首脳会議(沖縄サミット)でもITがはじめて主要課題に上る。
『IT』はかっての『マルチメディア』と同様、様々な定義で語られる。コンピュータや通信技術を指すなら戦前から存在した。いま改めて『IT』と強調されるのは、急速な勢いで世界に広まったインターネットが、情報の流れやモノの動きを大きく変えようとしているからだ。」(5月5日・日経)と、インターネットは日本再生の起爆剤だとして、新聞の「社説」にまで登場するようになりました。
3月はじめ、ある大手商社の社長交代の人事の内定が報道されました。「同社は社長交代を機に、情報技術(IT)関連事業を柱とした成長戦略を加速する。総合商社の利益の源泉だった素材や食料、機械など取引仲介の口銭ビジネスは先細りが確実。他社も同様の戦略を打ち出しており、今後はIT関連事業が商社の主戦場になる」として、FT(金融技術)とLT(物流技術)にITを組み合わせ、取引先企業に様々なサービスを提供する新たな商社機能を全面に打ち出していく考えが紹介されていました。
「ラーメンからミサイルまで」といわれる大手総合商社は日本経済の縮図のようなので、モノの売買をやめて何でもうけていくのか、今後の動向が気になります。
マスコミで大手商社の会社改革がはなばなしく紹介される一方で、国際的な会社格付けが2ランク下がり、銀行から高い金利を迫られているとして、労働者には大規模リストラ「合理化」攻撃がかけられてきています。6人の1人を退職させるという人員削減。国際会計基準導入をひかえ700社ある子会社のうち、もうからない赤字の200社の整理・淘汰。そして総人件費削減をねらって新人事制度の導入などです。いくら「連合」労組が人べらし「合理化」とたたかわないとしても、雇用や賃金は労働者にとっては死活問題、これまで会社に忠誠を誓っていたような労働者も変わりはじめ、職場から反撃がはじまっています。
通産省は昨年9月、「IT革命がもたらす雇用構造の変化」と題する調査報告を発表し「IT革命で雇用創出への寄与が期待されている」とムネをはっています。今後5年間に354万人の雇用が削減される一方、新たに367万人の雇用が創出され、差し引き13万人の純増になると推計していますが、削減された労働者が再雇用されるとは限らず、より悪い労働条件が待ちうけるというインチキなものです。
この3月に郵政省が「IT革命」の効用を説いた電気通信審議会の答申「21世紀の情報通信ビジョン(IT JAPAN for ALL)」を発表、文明の大きな転換点に立つ日本にあって、押し寄せるIT(情報通信技術)による変革の波に乗りおくれるなと檄をとばしています。
「ITが担う情報産業革命は単なる一過性のトレンドではなく、21世紀をつらぬく大潮流といえる。かつての蒸気機関の発明が産業革命の起爆剤となり、1次産業(農業)から2次産業(製造業)への移行をうながしたように、ITはいま第2の産業革命を引き起こし、第3次産業(サービス業)から4次産業(情報産業)への幕を開こうとしている。
情報産業は、インターネット技術を中心に、モバイル機器・パソコンなどの「ハードウエア」、e−コマース・データサービスなどの「ソフトウエア&サービス」、半導体・CPUなどの「電子・電気機器」ゲーム・デジタル放送・音楽などの「メディア」、ネットワークインフラなどの「通信」、というおおよそ5つの分野に広がっている。それも、各分野の技術は相互に融合し、まったく新しい市場を創り出しつつある。
ITの進展が産業革命たりうるのは、ITがまったく新しいインフラの提供をもたらし、既存のすべての産業の生産性を飛躍的に高まるからにほかならない。その意味で情報産業革命はこれからが本番。いままさに始まったばかりといえる。」
これは、ある投資会社がIT関連銘柄をすすめる新聞広告のコピーですが、「IT革命」で上手に資産運用をとアピールしています。いまIT関連のベンチャー企業の設立があいついでいますが、政府はベンチャー企業育成のために現行商法の規制を緩和する法整備の検討にのりだしています。
ベンチャー・キャピタル(ベンチャー企業にたいする投資会社)は、出資した企業の株式上場による株価高騰で得るキャピタル・ゲイン(株式売買差益)をねらい、モノづくりの経済から投機経済へと拍車をかけています。
新技術を平和と豊かな国民生活のために
IT革命とはなにか?労働者と国民に何をもたらすのか、という命題の解明にはもう少し時間がかるようですが、光と影の輪郭がしだいにはっきりしてきたように思います。
NTT系のシンクタンクである情報通信総合研究所は、@2003年には日本の世帯の60%以上、延べ人口で1億人以上がインターネットを利用する。A米国との比較では、固定網によるインターネットの世帯普及率はほぼ肩をならべ、固定網と携帯電話を合わせたインターネットの人口普及率では、2001年にも米国を追い越すのではという予測結果を発表しました。
日本でのインターネットの98年の世帯普及率は11%。99年は20%に達したと推計されていますが、一般的には世帯普及率が1割をこえると社会への浸透が早いといわれています。電話の場合世帯普及率1割をこえるのに76年、携帯電話は15年間かかりましたが、インターネットは6年。いかに驚異的なスピードで普及しているかがわかります。
アメリカ国防総省で軍事目的に開発されたインターネットが、90年に米国で、93年に日本で接続可能になり、国境を越え、時差をこえて全世界と瞬時にアクセスが可能になったいま、「IT」を財界、大企業が独りじめし、もうけやリストラ「合理化」の道具にするのではなく、どう平和と豊かな国民生活に役立てるかが問われています。