はじめに
「死に体」となった森首相は、3月20日日米首脳会議でブッシュ大統領の強い要請のもと不良債権処理を早急におこなう国際公約をした。アメリカ新政権は現在北朝鮮、中国などに対して軍事・外交面で強硬な政策をとる方向に変わりつつある。そのさいアジア戦略を支える日本の役割の重要性を考え、安全保障問題と日本経済は直結しているとアメリカはとらえている。その日本経済が長期不況のままでいれば、この役割が十分に果たせない懸念が生ずる。また急激に悪化したアメリカ経済を回復させるためにも、日本の景気回復は何よりも必要であり、不況の元凶とみられている不良債権処理をもっとも重要課題とブッシュ大統領は位置づけたのである。
たしかに不良債権処理は重要な課題ではあるが、アメリカの強い圧力のもと短期間に処理を強行しようとする日本政府の方針は国民にとって納得できない。4月6日決定の緊急経済対策は、国民側からだけでなく、政界、財界などからもさまざまな意見が出され、4月4日決定の予定が2日も遅れ、また、当初の与党案から内容が若干変わったのもそのためである。不良債権処理など金融問題を中心にこの対策について検討してみたい。
一、緊急経済対策の内容
対策は主に@不良債権処理、A株式買上げ機構創設、B証券市場活性化、C都市再生・土地流動化、D雇用対策などに分れているが、特徴的なのは金融再生と産業再生を一体化して進めようとしている点である。その意味で自公保政権の目ざす「構造改革」への第一歩といえる側面もある。ここでは主に不良債権処理と株式買上げ機構の二つの問題にしぼってその中身を紹介しよう。
不良債権処理については、その期限を設定し、既存分は2年以内、新規発生分は3年以内としている。また銀行による不良債権の直接償却をはやめるため、産業再生法を拡大して適用し、債権放棄の企業には税金免除や企業活動への便利を提供することとなっている。
つぎに株式買上げ機構については、対象を銀行保有株のみとすること、機構の資金は預金保険機構の活用で政府保証も考慮、銀行の株式保有額の総量規制として例えば自己資本の範囲内などが決定された。すでに合意されていた与党案と比べると、おおくの点が曖昧になっている。機構の存続期間を五年、機構資金を政府保証付きの社債や日銀特融でおこなう、売却損は政府の責任のもと税金で穴埋めする、機構への出資は3分の1政府が負担すること、などが与党案にもりこまれていた。これらの点に関して政界、財界、日銀などを含めた各方面から変動リスクの負担をどこがもつのか、すべて税金だよりはあまりにも問題だ、銀行優遇にかたむきすぎている、株式市場をゆがめるなどなどの意見が出され、これらの議論をふまえて対策では削除され、すべてが玉虫色となってしまっている。
このほかにも証券市場活性化には、金庫株解禁、株式投資単位の引下げなどがもりこまれ、また雇用創出としてIT、医療、介護などの分野での規制緩和がうたわれている。この雇用対策は従来の対策をそのままくり返したにすぎず、何の新味もない。
二、日本銀行による新金融緩和政策の実施
このような緊急経済対策提案には一つの前提があった。それは日本銀行による新しい金融緩和政策である。不良債権処理を早急にすすめれば後にふれるように、日本の景気はさらに悪化する可能性がたかい。政府もそれは十分にわかっている。この景気悪化の防止の一つの手段として日本銀行の金融緩和政策がどうしても必要となる。
最近の日銀の金融政策は、99年2月短期金融市場金利誘導目標の引下げ(0.25%から0.15%)、2000年8月には0.25%にもどす措置、2001年2月二度にわたる公定歩合引下げ(0.5%から0.25%)と目まぐるしく変わっている。一貫して異常低金利政策をとっているものの、その間立場は微妙にゆらいでいる。
3月19日に発表された新しい量的緩和政策はこれまでの政策とおおきくちがっている。第一に従来の金融政策手段は金利を目標としていたが、今回は資金量そのものを対象にした点である。これはすでに長年金利をゼロにしても効果がなく、金融政策として完全に手づまりになったことを意味している。金融政策として資金量を対象とした例は、79年から82年ごろまでアメリカの例はあるが、これは金融引締め対策としておこなったのであり、日本のように逆に緩和策として採用した例はほとんどない。具体的に日銀にある民間金融機関の当座預金残高を現在の4兆円から5兆円までふやそうというのである。そのために日銀による国債購入も月4000億円から5000億円にする方針である。第二はこの量的緩和政策を消費者物価が安定的に上昇するまでおこなうという異例な条件をつけた点である。
この新しい日銀の政策は効果があるだろうか。第一に量的緩和でもゼロ金利政策でも、金利が無限にゼロに近づく点ではまったく同じである。すくなくとも金利はゼロ以下にならない。したがってゼロ金利をいくらつづけても効果がなかったことから今回も期待はできない。第二にそれではゼロ金利とのちがいはどこにあるか。それはつぎの点にある。@量的緩和はいくらでも資金供給が可能な点である。いま5兆円を目標としているが、将来この額はいくらでも引上げられる。不良債権処理をすすめる場合にあるいは効果がある面も考えられる。A消費者物価上昇までとの期限をきめたため、長期間つづくとの見込みから企業の投資誘因になるとの期待感が生まれる。Bインフレーション促進のための条件づくりである。日銀による巨額の資金量の供給はインフレ発生への重大な要因となる。
三、緊急経済対策の特徴点
つぎに経済対策のいくつかの特徴をみよう。
第一は不良債権問題と日本経済の関係がはっきり解明されないまま、不良債権処理を最重要課題とした点である。不良債権処理はたしかに重要な問題であるが、いまの日本経済の状況からみて最大課題として位置づけられるだろうか。政府・財界などから不良債権の存在そのものが、長期的不況の最大原因であり、その処理によってのみ日本経済再建が可能という見解はたしかに広まっている。しかし、巨額な不良債権があるために日本は長期的不況におちいっているのだろうか。けっしてそうではない。誤った視点から不良債権処理を前面におし出したのが、この緊急対策の最大の特徴である。
第二の特徴は不良債権の内容をキチンと整理せずに、二年間、新規については三年間と期限をつけて処理をするやり方である。政府の求めている「破たん懸念先」などの不良債権は、大手銀行で約13兆円に達する。これらのうち約8割が建設、不動産、ノンバンク、生保、流通、サービス業で占められている。処理の方法としては三つ考えられている。それは@会社更生法、民事再生法などによる法的整理、A債権放棄(借金棒引き)、B外部への売却である。これらのやり方をすすめた場合3つの状況が生まれる。
一つは大銀行・大企業の再編成促進である。すでに大銀行は四大グループに再編され、規模はそれぞれ巨大となったが、具体的な経営方針などはっきりと確定されてなく、今後の発展は不透明のままである。そのなかでそれぞれのグループ内での指導権争いが参加の企業再編とからんで激しい動きを示している。不良債権処理はこれらの企業再編と深く結びついて展開されるであろう。そのなかでももっとも利用されるのが、債権放棄=借金棒引きである。すくなくとも参加企業の育成のための手段として利用される可能性がある。ここで問題となるのが先にもふれたように産業再生法との結合である。産業再生法適用を拡大しつつ大規模な首切り、税金軽減などを通じて、大企業は生き残りをはかろうとしている。それに金融庁が計画している会社分割方式が適用されることも予想される。優良部分を切り離し、不採算部分を切りすてる方式である。これらの方式は大手ゼネコンに適用する可能性がたかい。
二つめはこの結果、系列に属さない中小企業が完全に切りすてられる恐れのある点である。不良債権のなかで中小企業の占める部分もかなりあると推定されるが、それが大銀行によって容赦なく切りすてられてしまう危険性が強い。
三つめは債権売却に関する問題である。このような不良債権売買市場はアメリカでは発展しているが、日本ではほとんど整備されていない。大銀行が中心となって売買のルールやデータづくりなどをようやくおこないはじめた段階である。アメリカ中心の外資はこの債権売却によって莫大な利益をあげようとしている。いわゆる「ハゲタカ・ファンド」のねらいである。日本の資産が安く買いたたかれるわけであるが、日本の大銀行や日銀はこのような外資の介入によって債権売買市場がよりよく発展するのではないかと期待している面がある。
第三の特徴は株式買上げ機構にかかわる問題である。この設立については早急におこなうとなり、いつになるかははっきりとさせていない。なぜか。先にふれたように自民党や財界のなかでも意見がわかれたからである。そもそも株価維持対策としての政治介入は、これまで市場原理をとなえ、規制緩和、自由化が構造改革の中身と主張してきた政府の立場そのものを否定することとなる。柳沢金融担当相がその設立を9月ごろと消極的であり、その推進者である亀井自民党政調会長に対立したのも理由がある。それは市場原理優先という立場からだけでなく、金融界にも消極的な意見があったためである。当初銀行と企業の持ち合い株解消売りによる株価下落を防ぐ意味をもっていたが、その後銀行保有株のみに限定され金融システム安定を目的とした点とかかわっている。
そのために、銀行に対して自己資本額約35兆円の枠内で株保有を認める制限条件をつけた。現在銀行保有額は約45兆円あり、そうなると超過分の約10兆円を売らねばならない。ここで銀行が問題にしたのは、時価が薄価を下回る場合にはっきりと損失が出ること、逆に利益が出れば株譲渡益へ課税される点である。要するに銀行にとって機構に売っても市場で売っても同じならば強制的な売却は望まず、もっとも好条件の時に株売却をおこないたいわけである。3月に全国銀行協会会長行の三井住友銀行が機構は銀行にとって必要なしとの文書を与党側に提出したのもそのためである。
逆にいえば、銀行側にとって株売却の利益に対する税金の優遇策が実施されれば良いとの考えにもなる。ただそうなると銀行以外の企業との税制上の不公平が生まれる。銀行と企業の株持ち合い総額は、銀行約18兆円、企業側は16兆円とほぼ匹敵している。これを銀行だけに優遇すれば当然問題となり、銀行への批判がたかまるのは必至である。さらに問題は買上げ機構への税金投入について非常に曖昧な点である。与党案でははっきりと機構に対して3分の1の政府出資、損失には税金投入とあったが、これらが削除された。しかし、結局最終的には税金投入の方向で決定されるにちがいない。これでは「国の資金を気前よく投じよう、経営責任は問わないという『アメとアメ』政策を続ける限り、人々の銀行不信は消えず、日本の金融システムはひ弱なままだろう」(「朝日新聞」4月7日付社説)
四、経済対策のもつ問題点
つぎにこの経済対策への問題点をまとめよう。
第一にこの対策は日米首脳会議におけるアメリカの強い圧力のもとでまとめられたものであり、日本経済の実情とかけ離れている点である。
第二にとはいえ、この対策は日本経済の体質変化を自民党なりに受けとめようとした点が見受けられる。その体質変化とは@土建国家解体化、Aアメリカ依存の輸出主導型構造の変質、B金融システムの再編(地域経済との密着型)、C国民購買力中心の経済構造の確立があげられる。このなかで、とくに土建国家解体化の方向を自民党なりに受け止めて新しい道を打出そうとした点が注目される。しかしいぜんとして本質的に大手ゼネコン救済であり、旧来と同じである。借金棒引きをした大手ゼネコンをそのまま存続させ、しかも緊急対策には技術力あるゼネコンなどに公共事業を優先的に発注できる仕組みがとりいれられた。産業再生法の拡大適用による優遇や政府系金融機関から低利融資などなど、形はすこし変わったといえども、これまでと同じように大手ゼネコン中心の土建国家への道を再び歩もうとしている。建設族をめぐる自民党内の金権政治や派閥争いがすこしも変わらないのは当然である。
第三に一方でこの対策は大銀行中心の優遇策が目立っている。その点で政界・財界から異論が生まれたわけであるが、日本経済再生には効果がなくとも大金融機関を中心とする新しい産業再編、新しいグループづくりの最終的仕上げ段階への政策と位置づけられよう。
第四に不良債権処理を早急にすすめる結果、失業者は新たに130万人ふえるとの試算もあり(ニッセイ基礎研究所)、国内総生産は0.3%から1%も下がると見込まれ、不況はますます深まり、国民の犠牲はより強まるのは確実である。そのうえ先にふれたように買上げ機構については、巨額な税金が使われ、国民へのしわ寄せは一段とたかまるにちがいない。
おわりに―不良債権処理はどうすべきか―
それでは国民の立場からみて不良債権処理問題をどのように考えたらよいだろうか。おわりにかえて、その点を思いつくまま指摘しよう。
第一に不良債権処理を本格的におこなうには日本経済を良くすることが大前提となる。
しかし、この緊急対策は先にのべたように景気を悪化させる。現在景気を良くするには日本経済の体質変化の方向にそって冷えきった国民の購買力をたかめる道しかない。そのためには日本共産党が3月23日に提案したように消費税率の引下げ、社会保障負担増凍結、雇用危機の克服をおこない、国民の生活不安をなくし、中小企業の営業も活発化させる以外にない。このことはすでに海外のエコノミスト達などおおくの専門家からも指摘されている。
第二は不良債権処理を側面から援助するため銀行による金融仲介機能=貸出し機能を早急に回復させることである。最近銀行の仲介機能は失われつつあるとの議論があるが、これは誤りである。中小企業などにとって、この機能は現在も非常に重要である。4月3日に発表された民主党の経済対策は不良債権があるため、銀行の貸出しがふえないと指摘しているが、これは間違いである。いまは先にのべたように金融機関には資金が豊富にある。銀行がこの豊富な資金を国債などの購入に向け、貸出しに使わないところに問題がある。いわば銀行の社会的責任の放棄であり、無責任な行動の結果である。日経金融新聞(3月27日付)のコラムは、現在の不良債権はバブル時のものでなく、その後の銀行経営者と政界の無責任な行動で積みあがったものであり、その責任をとって経営者は退陣すべきと指摘している。
それでは銀行本来の業務をどのようにして回復すべきか、つぎの点があげられる。@全面的な情報公開(不良債権の実態、貸倒れ引当金などの内容、借金棒引きの実情、保有する株式や土地などの資金内容など)、A経営についての透明性の確保(融資条件の公開、とくに、中小企業などへの貸出し条件の公開、資産運用の公開など)、B健全な経営のための透明な人事管理と民主的労働組合の確立、C労働条件の公開(差別賃金、残業・サービス労働の実態の公開など)要するに銀行は国民に奉仕し、預金者保護、信用秩序を守り、適切な資金を配分して地域の中小企業、商店などと密接な関係を保ってこそ信頼が得られるのである。
第三に不良債権処理は、まずその実態を完全に公開したうえで、大銀行、地方銀行、信用金庫、信用組合などそれぞれの条件に応じてさまざまな方法を通じて自己責任を原則として処理をすべきである。日本経済の軸となっている国民生活や中小企業を犠牲にするようなやり方での不良債権処理をすべきではない。さらに不良債権処理の基本は、政・官・財癒着をやめさせ、国民が参加できる民主的な金融監視委員会などをつくり、国民の理解のもとで大企業などに社会的責任を守らせながら進めるべきである。毎日新聞は4月7日付社説で、つぎのように指摘している。「銀行の不良債権、ゼネコンなどの過剰債務のいずれも、処理は自己責任が原則だ。それこそが経済再生への早道である」。国民の監視のもとで大金融機関や大企業は自らの手で不良債権の処理をおこなうべきである。
不良債権の根本的解決は、アメリカのいいなりにはならない、大金融機関・大企業の利益を守るのではなく、国民生活を重視する民主的政権をつくり、国民購買力をたかめ経済回復をすすめながらおこなうのが本筋である。
(会員・中央大学名誉教授)