労働総研ニュースNo.183号 2005年6月



目   次

・厚生労働省「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」「中間とりまとめ」に対する意見
・第1回理事会報告他




労働運動総合研究所は、厚生労働省「今後の労働契約法制のあり方に関する研究会」の発表した「中間とりまとめ」に対する意見(パブリック・コメント)を、6月20日、同省労働基準局監督課へ提出しました。以下にその全文を掲載します。


厚生労働省労働基準局監督課 御中keiyaku@mhlw.go.jp 2005年6月20日

〒114-0023
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労働運動総合研究所 代表理事 大木 一訓


厚生労働省
「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」
「中間とりまとめ」に対する意見

 厚生労働省「研究会」による今回の「中間とりまとめ」の内容は、労働者の社会的地位向上をめざすべき労働行政の目的から著しく逸脱するものとなっており、労働問題の調査・研究に携わるわれわれ民間研究機関としても、それを看過することはできない。論点は多岐にわたっているが、ここでは差し当たりいくつかの重要な基本的視点と見逃すことのできない重大な問題点に絞って申し述べることにしたい。

I 総括的意見

  1. 欠如する労働実態の科学的把握
     「労働契約法」を検討・構想する際には、当然の前提として、同法が適用される状況やそこでの労働者の実態について、正確な把握・分析がなされていなければならない。とりわけ近年においては、頻発するリストラのもとで、正規労働者の減少と多様な非正規労働者の激増とが急速にすすみ、雇用・就業構造の大きな転換が生じているだけに、この点は従前にも増して強調される必要がある。「中間とりまとめ」も、文言のうえでは「労働契約関係や労使関係をとりまく実情を十分に踏まえる必要がある」と述べているが、実際には十分な調査・審議をつくさず、あまりにも実態からかけ離れた事実認識のもとに、従来からの財界要望に沿って性急に結論を出そうとしている、と言わねばならない。国民の労働と生活の保障に責任を負う行政当局の「研究会」が、勤労者に多大な影響をあたえる本件のような事案について、このように無責任な取り扱いをすることは許されない。

  2. 最高裁判例に迎合した、専門的調査研究の放棄
     「中間とりまとめ」は、「単に判例法理を立法化するだけでなく…」と言いつつ、実際には最高裁の諸判例を無批判に肯定し、事実上、最高裁判例に沿った「労働契約法」制定をすすめようとしている。そのため、たとえば、配置転換にかんする最高裁判例(東亜ペイント事件)のような、明らかに労働者にとって不利で公正とは思われない判例については、学識経験者の立場から「労働者が納得して働ける環境づくりや今後の良好な労使関係の形成に資する」うえで適切か否かを再検討することが不可欠であるにもかかわらず、「中間とりまとめ」には検討の痕跡さえみられず、再検討の意志も感じられない。これでは「専門的な調査研究を行う」研究会としての資格要件を満たしていないと言わねばならない。

  3. 労働法上の労働者の諸権利を空洞化し剥奪する危険
     「中間とりまとめ」は「労使間の公正かつ透明なルールの必要性」を強調しているが、その「ルール」が公正なものとなりうるかといえば、大いに疑わしい。労働契約法は労働基準法とは別の民法上の特別法とし、履行確保のための罰則は設けず、監督指導も行わない、としているからである。労働法のうたう「労使対等」原則を空文化するような事態が広がっているにもかかわらず、「中間とりまとめ」は、あたかも労使が「対等な立場」で「自主的」に労働条件を決定することが今日一般に可能であるかのように主張し、「労使自治」にもとづく労働契約法制定を推進しようとしている。それは、なし崩し的に労働法を空洞化させ、事実上、使用者が一方的に労働条件の変更・決定を行うことのできる契約システム導入に途を開くことになろう。労働政策の目的は、労働者の権利を守り拡充することであって、労働者の権利を縮小・剥奪し、使用者のために「より使いやすい労働者」をつくることではないはずである。

II 各論的意見

  1. 労使委員会に就業規則の不利益変更の合理性を推定させてはならない
     「中間とりまとめ」は、就業規則の不利益変更の場合、「就業規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由に、適用を拒否することはできない」という秋北バス事件最高裁判決を前提として、労使委員会の5分の4以上の多数で、規則の「合理性」を推定するよう提案している。
     しかし、秋北バス事件判決は使用者が労働者の過半数代表の意見を聴くだけで制定することができるとする現行法の就業規則作成手続を前提に、無理を重ねて構築された理論である。規則変更はどこまで可能かと言う以前に、そもそも検討すべきなのは、規則変更は許されるのかという可否の問題がある。この点の検討すら行なわないというのは、本末転倒も甚だしい。
     さらに労使委員会の5分の4以上の賛成で「合理性」を推定することなど許されない。就業規則の不利益変更の拘束力が問題となるのは、職場の少数労働者である場合が多い。しかし、労使委員会には職場の多数組合を代表する労働者しか選出されないことが多く、この5分の4の賛成で「合理性」が推定されれば、少数組合労働者の意見は反映されず、不利益な就業規則変更を受け入れざるを得ない状況に追い込まれることにならざるをえない。

  2. 雇用継続型契約変更制度は導入すべきではない
     「中間とりまとめ」は、使用者が労働条件の変更を提案し、労働者がこれに同意しない場合解雇する、いわゆる「変更解約告知」のばあい、労働者が雇用を維持した上で、契約内容の変更の合理性を争うことを可能にする雇用継続型契約変更制度の導入を提唱している。
     しかし、労働者がとりあえずその変更された契約にしたがって就労しながら、別途、裁判によってその有効性を争うことは現在でも可能であるし、実際に行われているから、それらとは別に契約変更制度を新設する意義は認められない。むしろ、われわれが危惧しなければならないのは、「制度を設けたことが安易な解雇や労働条件の引き下げにつなが」り、労働者に回復しがたい不利益を与える可能性である。同制度の新設は、かえって労働者の「働く権利」を脅かす危険性がある。

  3. 「解雇の金銭解決制度」は導入すべきではない
     「解雇の金銭解決制度」は03年の労基法改正の際に大きな議論となり、労働政策審議会はそれを建議したが、結局、法律案とすることは断念されたものである。
     「中間とりまとめ」は、「解雇濫用法理の下では裁判上解雇は無効か有効かの解決しかない」との前提で論議を進めている。しかし、労働者が解雇を違法と考えた場合に、争う方法は解雇無効―従業員としての地位確認を求める裁判しかあり得ないわけではない。当該解雇を不法行為として損害賠償を請求する裁判を提起する方法もあり得るし、実際にも行なわれている。すなわち、それは実態を知らない議論だと言わねばならない。
     「中間とりまとめ」は、そのような裁判は「労働関係を継続する意思がないことから損害も認められないとして賃金相当額が損害として認められないという下級審判決がある」と指摘するが、当該判決が法解釈を誤っているのであって、そのような判決の存在を論拠として取り上げる「研究会」の見識こそ問われるべきである。
     しかも、そのような誤った認識のもとに「中間とりまとめ」は、解決金額を含む労使間の集団的合意がある場合に限って、「解雇の金銭解決制度」を労働者からの申立制度として認め、かつ、予め合意した「解決金額」を「基準」として解決金の額を決定することを構想している。それは、職場に複数の労働組合がある場合、少数組合に所属する労働者の申立を阻む機能を持ちかねないものであり、労働者の訴訟権への無用かつ有害な介入とならざるをえないものである。
     「中間とりまとめ」は「金銭解決制度」が「解雇紛争の救済手段の選択肢を広げる」というが、それは労働者にとっては妥当しない。同制度は、現実的には使用者に対し、法的には違法・無効な解雇であるにもかかわらず、一定の金銭の支払いによって労働者との労働契約関係を解消しうる道を新たに開くものであり、使用者を解雇紛争から「救済」する方策でしかない。
     同制度が導入されたとすれば、いまですら横行する不当な解雇をさらに誘発する可能性が高く、ひいては解雇権濫用法理が空洞化される危険性がある。「中間とりまとめ」は「違法な解雇が金銭により有効となるものではない」というが、それは言葉の上のことであって、現実にもたらされるのはまさにそのような事態であり、同制度がそのような効果を持つことは避けられない。解雇が違法無効である場合に、労働者本人の意思に反して労働契約関係の終了を認めるような、いかなる制度も認めるべきではない。

  4. 労働時間規制の緩和はすべきではない
     「中間とりまとめ」は、「労働基準法の労働時間法制についていも基本的な見直しを行う必要がある」、「労働時間を含めた労働契約の内容を実質的に対等な立場で自主的に決定できるようにする必要があ」る、などとして、現行労働基準法の労働時間規制を緩和・撤廃する方向を打ち出している。このような政策方向は根本的に誤りである。
     日本の場合、労基法上の労働時間規制は存在しても、36条協定によって、事実上労働時間の規制はないに等しい。そのうえ、公式統計に現れないサービス残業が蔓延している実態もある。このような中で長時間・過密労働が横行し、過労死する労働者は毎年後を絶たない。年間3万人と言われる自殺者の中には、このような労働実態を反映して「過労自殺」した労働者も相当数含まれていると言われている。このような実態をみれば、日本の場合、労働時間規制を強化することこそ必要なのであり、規制の緩和・撤廃はますます労働者の「働く権利」を空洞化させ剥奪する結果に導くこととなろう。
     もともと労働時間規制は、19世紀の「工場法」以来、労使の自主ルールに任せておけば結果として労働者に長時間労働を押しつける結果となることから、国家が自主ルールを修正して、規制をかけてきたものである。労働時間規制を今回自主ルールに任せるという発想は、このような歴史的経過をも無視するものであり、労働者保護法制としての労基法の存在意義さえ没却するものである。

III 結論

 以上要するに、重要な幾つもの政策課題について、厚生労働省の設けた「研究会」は問題の所在さえ正確に把握していないと言わねばならない。「研究会」が今後従前のような検討を続けても、有意義な「報告」が作成される見通しはほとんどないであろう。むしろ、労働者保護に逆行する「報告」となることが懸念されるのである。
 したがって、本研究所は、「中間とりまとめ」の内容を全面的に見直し、労働法本来の労働者保護の理念を踏まえて、労使の実質的な対等を実現することに資する労働法制の検討に向けて、真摯に取り組むよう要請したい。

以 上


第5回常任理事会報告

 労働総研04年度第5回常任理事会は6月4日、大木一訓代表理事の司会で、13時30分から5時まで、労働総研2階会議室で行われた。
 常任理事会冒頭の研究会で、小林宏康常任理事から「最近の労働者教育における理論問題の特徴について」報告があり、討議した。

I 報告事項

 1)設立15周年事業の一つとして全労連と共同して取り組んでいる労働組合調査の進捗状況について、2)それを推進する労働組合調査担当者会議が5月28日に開催されたことについて、3)3月26日、平和と労働センター・全労連会館で開催した「プロジェクト・研究部会代表者会議」について、4)全労連編『世界の労働者のたたかい2005年版』発刊について、5)企画委員会・事務局の活動について、6)プロジェクト・研究部会の活動について、藤吉信博事務局次長より報告があり、了承された。

II 協議事項

1) 大須眞治事務局長より入会者の承認について提案があり、異議なく承認された。
2) 大木一訓代表理事より、3月26日開催された「プロジェクト・研究部会代表者会議」での議論を反映させた「研究所活動のあり方検討委員会報告」が提案された。(1)現在の研究所活動で対応できない調査研究課題および政策提言活動等について、即応する体制をどのように保障していくか、(2)研究部会間の交流をどう具体化していくか、(3)各研究部会運営を事務的にも保障しつつ公開化を図っていくことの具体的関連性などの問題が討議された。これらの討議を踏まえ、05年度定例総会の議題として具体化することが確認された。
3) 大須眞治事務局長より、設立15周年記念事業として全労連と共同で取り組んでいる労働組合調査研究が夏休みを山場として取り組まれ、11月10日から開催される全労連主催の全国地域交流集会で成果を報告するための今後の日程について提案された。討議の結果、限られた日程ではあるが、その成功のために全力を投入することが確認された。
4) 斉藤隆夫常任理事より、設立15周年事業の一環として、2月16日から10日間、独仏伊3ヵ国で行った職場における交渉権および企業の社会的責任についての調査研究について報告があり、討議の結果、6月18日に研究例会としての報告会を行うこと、および、調査研究報告書を記念事業の一環として出版する方向で努力することが確認された。
5) 大須眞治事務局長より、「基礎理論・理論問題プロジェクト=ナショナル・ミニマム問題検討プロジェクト」の進捗状況が報告された。討議の結果、04年度中に完結できないが、8月の論文執筆者合宿を経た後、できるだけ早い時期に公開研究会を開催し、そこでの意見および常任理事会での検討を経て、05年度前半には報告集を刊行することが、確認された。
6) 大須眞治事務局長より05年度定例総会議案が提案された。(1)情勢の分析を例年「調査研究活動をめぐる情勢の特徴」としてきたが、05年度からは「研究所活動をめぐる情勢の特徴」にする、(2)情勢分析との関連で調査研究・政策提言活動の課題を明らかにする、(3)大企業のイデオロギー攻撃との関連で、トヨタ労組などで出現している“賃上げ要求”さえ放棄し、企業の生産・経営戦略を推進する「新しい働き方」論、団交放棄路線、労働法の民法化の問題を重視する、(4)大量首切り・人減らし・リストラ「合理化」攻撃が創出している非正規・不安定労働者の増大が、未組織の組織化のための客観的・主体的条件を成熟させている、(5)国公立大学の独立行政法人化との関連で教育・学術・研究体制が急変している問題を国民視点から解明することなどが議論され、討議の結果、それらの論点を鮮明にするような情勢分析にすることを確認した。
7) 大須眞治事務局長より、6月18日に開催する理事会の議題案が提案された。討議の結果、常任理事会で討議した05年度定例総会方針案を成文化して、理事会に提案することが確認された。
8) 牧野富夫代表理事より、創立15周年事業の一環として、12月11日(日)、記念研究会と記念レセプションを、日大で行うことが提案され、今後常任理事会で内容を具体化することとし、確認された。

第1回理事会報告

 労働総研04年度第1回理事会が、6月18日13時から16時40分まで、平和と労働センター・全労連会館3階会議室で開催された。
 藤吉信博事務局次長が、規約第30条の規定は理事会の成立要件を理事総数の3分の2以上の出席により成立するとしており、今理事会はこの成立要件を満たしているとして、開会を宣言した後、大江洸代表理事が開会の挨拶を行った。続いて、規約第29条の規定にのっとり、議長に大木一訓代表理事を選出した後、大木一訓代表理事が議長挨拶を行い、会議は議長の司会で行われた。
 第1議題として、藤吉信博事務局次長より「04年度の経過報告案」が提案され、基本的に承認された。
 第2議題として、大須眞治事務局長より「05年度定例総会方針案」が提案された。特に、情勢分析の項目で意見が出された。(1)情勢部分の、憲法改悪の分析で「教科書を作る会」の問題を付加する、(2)労働行政の分析でアメリカと大企業・財界の圧力で推進されている規制改革会議のトップダウン方式が労働行政の改悪や社会保障切捨て攻撃の根幹にあることを解明する、(3)財界の政治買収を重視する、(4)日本の大企業の社会的腐敗は生産現場に否定的影響を与えている、(5)全労連が組織化基金を活用して未組織労働者の組織化に本格的に取り組み始めたことが、未組織の労働者が自ら労働組合を結成してたたかいに立ち上がり始めだしていることと結びついて、未組織労働者の組織化の新しい機運が生まれている、(6)独立行政法人化された大学と国民生活との関連を解明する、(7)マスコミの分析で全労連や民主団体などの大規模集会を無視していることをも指摘する、(8)米日支配層の9条破壊・憲法改悪攻撃や国民・労働者の生活・権利破壊攻撃に対して、国民・労働者がたたかいに立ち上がり始めていることを、総論的に分析し、各論と関連づけて分析する、などの討議が行われた。それらの論点を取り入れて方針案を豊富化することを確認した。
 厚生労働省の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」の「中間取りまとめ」に対する意見(パブリック・コメント)を提出することについて、大木一訓代表理事より提案された。
 討論の結果、「中間とりまとめ」に対して、総論的に意見を述べるのではなく、これだけは絶対認められないという論点に絞って意見書を提出することが確認された。
 大木一訓代表理事がまとめの発言を行った後、大江洸代表理事が閉会の挨拶を行い、理事会は16時40分閉会した。


6月の事務局日誌

6月 3日 東京法律事務所50周年レセプション
4日 第5回常任理事会
17日 事務局会議
18日 第5回企画委員会
第1回理事会
23日 労働法制中央連絡会事務局団体会議

6月の研究活動

6月 11日 社会保障研究部会(公開)―社会保障闘争の国民的共同の課題
13日 中小企業問題研究部会―新書籍の完成と普及について
17日 賃金最賃問題研究部会―均等待遇問題について
18日 研究例会―独仏伊3ヵ国調査研究チーム報告会
21日 女性労働研究部会―労働契約法制について
24日 国際労働研究部会―「世界の労働者のたたかい2005」について
28日 労働時間問題研究部会―原稿の最終整理

労働総研中小企業問題研究部会公開研究会のご案内

 中小企業問題研究部会は、研究成果として6月に、松丸和夫監修・労働総研編『グローバル化のなかの中小企業問題』(新日本出版社)を刊行しました。その中でも触れられているとおり、企業の社会的責任への関心の高まりと中小企業憲章制定の必要性について、中小企業家はもとより労働運動、その他関係方面から関心が高まっています。この公開研究会では、「憲章」制定運動にもっとも深く関わってこられた研究者をお招きして、これまでの経過や「憲章」制定の意義等についてじっくりとお話ししていただきます。
 公開研究会を下記の要領で開催しますので、会員・非会員を問わず多数ご参加いただけますよう、ご案内します。

日 時 2005年7月20日(水) 午後6時より8時まで
場 所 平和と労働センター・全労連会館2階ホール
テーマ 中小企業憲章制定運動について
報告者 大林弘道氏(神奈川大学教授)