労働総研ニュースNo.197号 2006年8月
目 次 |
・前進し始めたパート均等待遇・最低賃金の運動―06国民春闘の成果とその特徴について |
前進し始めたパート均等待遇・最低賃金の運動 06国民春闘の成果とその特徴について 中島 康浩 |
労働総研2006年度定例総会の議案書は、11ページから12ページにかけて「4.労働組合運動が直面する課題」の項に「変化の特徴」が紹介されています。「第1に、春闘は終焉しなかった」として「賃上げ春闘への国民的理解を広げ、最低賃金、パート均等待遇、公契約運動などで一定の前進をかちとるようになった」と評価しています。 本稿はこの点について、もう少し成果や教訓、特徴点を鮮明にしたいと思い、労働組合運動の内部から見た変化の特徴に関して考察したもので、総会における筆者の発言メモをベースに追加取材、加筆したものです。 1.パート均等待遇の到達点 (1)パート・非常勤などの賃上げ獲得状況と特徴 全労連・春闘共闘がこの間の春闘で強調し、06春闘でとりわけ重視してきたパート賃上げは、各単産の意識的な取りくみにようやく発展しつつあります。それは、中央単産の方針が温度差を抱えながら職場段階の役員のみなさんに徹底され始めたということです。今年は「雇用機会均等法の改正論議」を背景とした世論形成に努め、「パートの労働力不足」という有利な条件も反映して、これまでにない成果を獲得しました。 06春闘での回答の特徴は、(1)獲得組合数が239組合に達し、前年同期の187組合を上回ったこと、(2)時間給引上げの平均は16.6円となり、前年同期の11.0円を大幅に上回ったこと、(3)なかには50円、100円、150円、最高200円という報告が見られることです。20円以上の引上げを獲得した組合は計36組合に達しています。 時間給100円を引き上げた建設関連の組合では、パートは組合員ではありませんが、本部や春闘共闘がうるさく言うので、試しに春闘要求書に一行付け加えたら、いきなり100円の回答があり、要求した組合がビックリして、パートさん達から大変に喜ばれたということです。 生協労連パート部会では、民間パート時給のなかでも低位の水準を何とか引き上げようと、単組、地連ごとに「正規とパートの賃金比較表」をつくって理事会との交渉に臨んでいます。時間額比較、月収・年収比較による格差は歴然としています。厚労省が発表している「パート管理職の賃金実態」も活用しながら、「せめて正規の8割に」との要求に、理事会側も前面否定することはできません。大型店の身勝手な大量出店などによる経営難を抱えながらも、70組合平均で7.1円(ゼロを含む)の引上げを勝ちとりました。 (2)パートの一時金獲得状況 パート・アルバイト等の夏季一時金は8月8日の最終集計で、16単産208組合(前年は137組合)に回答があり、時間給パート149組合の平均は0.72ヵ月分、支給額にして5万5290円でした。前年同期との比較では、(1)回答組合数が大幅に増えていることです。(2)支給月数は減少傾向ですが、前年対比が可能な同一組合では基礎時給が上昇している分、支給額は若干のプラスになるものと思われます。 (3)均等待遇と労働条件改善の獲得状況 パート等の均等待遇と労働条件改善の課題が、大きく前進し始めたのが06春闘の特筆すべき成果といえます。生協労連をはじめ、全労連全国一般、建交労、日本医労連、福祉保育労、自治労連などパートを組織している単産や、JMIU、出版労連、民放労連など非正規労働者の要求実現を重視してきた単産を中心に、均等待遇、労働条件改善に係る成果が生まれ、計100組合に達しました。 今年の特徴は、次のような要求が実現たことです。 「忌引休暇4日〜1日を付与」(福祉保育労) 「3月年度末一時金支給」(生協パートなど8組合) 「男女均等待遇・格差是正」(JMIUなど8組合) 「社会保険加入・負担割合改善」(自治労連など3組合) 「健康診断・安全衛生」(自治労連・福祉保育労など6組合) 「正社員化・雇止め阻止・雇用保障」(建交労・全国一般・自治労連など24組合) 「継続雇用・再雇用」(生協パート、全国一般など12組合) 「退職金増額」(生協パートなど5組合) その他としては、「各種手当の引上げ」が各単産に共通し、「クオカード支給」「視聴率祝い金」は民放労連が獲得、「争議解決」では自治労連が奮闘しました。 JMIUでは、06春闘の産別統一要求書に「(賃金・労働条件に関わる)男女差別の是正」を加え、パートなど非正規労働者の要求実現を重視してきました。回答は有名企業のほとんどが新卒採用時の初任給などを示しながら「当社は差別しておりません」などと回答してきます。また、各支部の賃上げ要求「一律3万円プラス格差是正」「パートは同率の賃金引上げ」の要求にたいし、今年は5支部が均等待遇(賃金差別なし)などとして、同率の賃上げを回答しました。うち東京のAエレクトロ支部では正規労働者の賃上げが1.79%、5,606円で、パートも同率の時給15円の引き上げと、パートにも61歳以上の雇用延長が実現しました。 建交労運輸の組合では、H陸運で50名、K陸運で7名、H貨物で5名の正社員化を勝ちとりました。うち、50名の正社員化を実現させたH陸運では昨年末、非正規のなかまが「社会保険に入りたい」という切実な要求を実現させるために労組を結成して建交労に加入しました。同社は県トラック協会の幹部企業です。労働基準局交渉で特別な行政指導を要請したところ、当局から直ちに特別指導があり、健保、厚生年金、雇用保険などの社会保険に加入することを認めさせ、同時に全員の正社員化が実現したものです。 2.最低賃金の改善とたたかいの到達点 (1)企業内最賃獲得状況の特徴 職場からの賃金底上げ闘争の柱として、すべての職場で企業内最賃を協定・改定しようという運動は、1990年の春闘共闘発足以来これまでに810組合が協定しています。06春闘では建交労、JMIU、化学一般、全印総連、出版労連、日本医労連などの8単産207組合が協定しました。 うち、金額を引き上げて改定した組合は21組合(06協定数の約10%)でした。ひきつづく総額人件費抑制攻撃のなかでの成果として評価しています。 この結果、「誰でも」対象となる企業内最賃の単産ごとの平均的な水準は14万8000円(化学一般労連)〜17万0231円(建交労運輸)となり、全体平均は16万0398円になりました。また、職種別の建交労・トラック運転手最賃が19万6000円、日本医労連の看護師最賃が19万1989円に各々改善されました。この水準は、つぎに述べる地域別最低賃金の改善、労政審最賃部会での最賃法改正論議にとって、たいへん有効な、価値ある水準だと思います。 建交労・運輸のK分会では、契約社員から労働相談を受けたのを契機に組織化に成功しました。この支部はもともと「建交労最賃」15万6000円を協定しており、満勤しても月額で12万数千円にしかならなかった契約社員にも建交労最賃が適用され、月額で約3万円の賃上げになったものです。産別最賃が、組織拡大と大幅賃上げに結びついた事例です。 一方、ある民間単産では、春闘方針で強調したのに成果があがってこないことから、各単組を点検したら、ほとんどの組合が要求していなかったことが判明しました。自らの賃上げが不十分なのは、「底」が抜けているからという賃金実態の確認と理論がまだまだ徹底しきれていない報告として教訓的でした。 (2)地域別最低賃金「目安」答申のたたかい 7月26日、中央最低賃金審議会は、06年度の地域別最低賃金の目安を、Aランク4円、Bランク4円、Cランク3円、Dランク2円という超低額の答申を行いました。 全国加重平均は671円になるといわれていますが、8時間労働 平均20日勤務で11万円にも達しないし、単身者の生計費(最低でも15万円以上)に遠く及ばない水準です。全労連は同日、坂内事務局長談話を発表して「2〜4円の目安は極めて不十分であり、地域間の格差を容認・助長している点で、不当と言わざるを得ない」と、きびしく批判したところです。 この間の闘いの特徴は、最賃闘争を「官民一体」の課題として、中央、地方で取りくんできたことです。中央の最賃・人勧デーは、中賃の審議日に合わせて5月以降4次にわたり、668分の厚労省前ハンガーストライキ、赤坂・茜荘(厚労省の宿泊施設)前での要求行動、答申日当日の抗議行動などに民間、公務各単産の組合旗が並びました。「最賃改善」を掲げた公務のなかまの2次にわたる中央行動を含めると、のべ5,540人が参加しています。 連動して地方の運動も大きく前進しはじめているのが特徴です。各地方の最低賃金月額(税金・社会保険料を控除した10万円前後)で1ヵ月暮らしてみるという最賃生活体験や、人事院の標準生計費生活体験に参加した仲間は、今年も全国19地方で437人に達しました。「食事は一日2食しか摂れない」「友達付き合いができない」「病気になっても医者にかかれない」「休日は出掛けない」など、ナイナイづくしでも15万円前後かかるのが一般的で、各地の新聞、テレビが大々的に報道しました。地域審議会での意見陳述も実現数が増え、審議委員に立候補する役員も34地方と中央の53名に達しています(未実現)。最賃引上げの自治体意見書の採択運動は24地方で取りくまれ、63自治体が採択し14自治体で趣旨採択されました。京都総評では、仏教大学・金澤教授の協力を得て生活実態調査、持ち物財調査などから全国初の「最低生計費試算についての報告書」を発表しました。これによる若年単身者の最低生活費は18万5426円、年収は222.5万円とされています。 また、連合の労働者側審議委員との連携も強めています。最終段階では、全労連・春闘共闘調べのパート賃上げ一覧や、これをランク別に再整理した資料=Aランク21.4円アップ、Bランク23.2円、Cランク18.6円、Dランク10.5円というランク別賃上げ一覧を提供しました。また、東京、埼玉、神奈川、三重で実施している「募集時給に見るパート賃金の上昇」という緊急調査結果、埼玉県で対前年49円アップ、神奈川県で19円アップなどの資料も審議の参考にしてもらいました。 こうした行動や資料提供に励まされた連合の労働者委員が、審議の場で奮闘していることも最近の大きな変化です。さいたま市で14万6000円、延岡市で13万4000円などの必要最低生活費を示しながら、「単身でも最低限の生活ができる水準を実現すべく、明確な水準に改善を」と最後まで二桁台の引き上げを強く主張したことが、小委員会報告に記載されています。 (3)法律改正にむけた労政審最賃部会の審議状況 最低賃金法の抜本的な改正問題を審議している厚労省の労政審労働条件分科会最賃部会は、中賃の審議委員とダブルため、9月から部会審議が再開され、来春の法改正に向けて、急ピッチで審議がすすむものと思われます。 これまで、公益委員主導で策定された「最低賃金制度のあり方に関する研究会報告書」にもとづく試案をベースに、05年6月以降13回の審議を重ねてきました。昨年の「研究会報告」の特徴は、地域別最賃については、(1)地域別最低賃金の水準について、「生活保護の水準を下回らないようにすることが必要」としたのをはじめ、(2)「類似の労働者の賃金は(30人未満でなく)一般労働者の賃金水準も重視する」(3)「罰金(現行2万円)の引き上げ」の3点が中心です。なお、(4)「地域の設定単位の見直し」(全労連は「全国一律」を要求中)、に後退しています。また、産別最賃については、(5)「現行小くくりの産別最賃を廃止し、職種別最賃を設定する」ことなどがあげられています。 この間の部会では、使用者側が「産別最賃を廃止するというのに、職種別設定最賃なる新たな屋上屋が架せられる」などと批判し、公益「試案」に反対してきたが、7月の部会では「適用対象労働者の定義」「申出要件」などの議論に意見を出すようになっています。 私たちは、32年ぶりの法律改正にあたり、積極面を法律策定に十分生かしていくこと、また、ひきつづき全国一律最賃制の確立を求め、現行産別最賃の廃止には反対の態度を表明してきたところです。今秋から運動としては、学習、宣伝、署名活動などを展開しますが、理論的な要に、ナショナル・ミニマムの機軸としての全国一律最賃制の確立をすえて、実効ある法制度を獲得したいと思います。 3.公契約運動の前進 特徴としては、公契約に係る自治体決議、行政指導が広がってきたことです。「公契約における賃金と労働条件の改善を求める陳情」など公契約条例の制定、または国へ制定の検討を求める自治体決議は全国の72自治体に広がってきました。また、「発注工事における適切な賃金指導」は函館市をはじめ17自治体で実施するようになりました。 地域春闘の目玉としては、自治体キャラバンによる時間給引上げ運動が広がりはじめました。自治体のパート・非常勤職員の時間給調査と賃金改善を求める全自治体調査・対話運動、いわゆる「埼玉方式」が、今年は関東ブロックの各県や三重県など10都県に広がり、最賃違反を是正させたり、最賃スレスレの時間給を引上げる成果をかちとってきました。 ◇ 以上のような運動の成果については、全労連・春闘共闘レベルの民間総組合数が約4,500組合(支部・分会)という母数から見ると少ないかも知れませんが…。「格差是正」「均等待遇」に向けた新たな前進の一歩として評価しているものです。
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