労働総研ニュースNo.207号 2007年6月
目 次 |
・『資本主義の横暴に抗して―労働権と生活権を守る―』の概観 |
斎藤隆夫 |
はじめに 全労連編集・発行の年報『世界の労働者のたたかい2007』―世界の労働組合運動の現状調査報告―第13集が発刊された。13集から、学習の友社から発売されることになった。また、本『年報』から、「世界の労働者のたたかい」をサブタイトルにして、取り上げた世界の労働者のたたかいに共通する特徴を主タイトルにした。13集のタイトルは「資本主義の横暴に抗して―労働権と生活権を守る―」である。 本『年報』の執筆には、労働総研国際労働研究部会のメンバーが協力している。長年にわたりドイツ、オーストリア、スイスの労働運動について執筆されてこられた島崎晴哉理事が6月26日死去された。本『年報』への執筆が遺稿となった。謹んで哀悼の意を表する次第である。 この『年報』は、日本の労働運動が直面している問題を研究するうえで、多くの示唆をあたえている。労働組合の幹部活動家はもとより、労働組合運動の発展に関心をもつ研究者には必読の文献である。 調査の目的は、新自由主義的なグローバル化の進行のもとでアメリカの軍事的経済的覇権がつよまるなか、日本の労働者のたたかいと世界各国の労働運動の共通性を認識し、各国のたたかいの教訓を日本のたたかいに活かすことである。この要請にこたえるため、2006年中にたたかわれた世界各国の労働者と労働組合の主要な闘争事例をケース・スタディ(事例調査)のかたちで、(1)闘争課題(要求)、(2)たたかいの組織・規模・戦術、(3)それらのたたかいの到達点、についてそれぞれ調査・分析している。 本『年報』が調査・分析している地域と国は、以下の1地域(欧州連合、EU)と40ヵ国である。 アジア9ヵ国(日本、韓国、中国、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、ベトナム、インド) オセアニア2ヵ国(オーストラリア、ニュージーランド) 北米2ヵ国(米国、カナダ) ラテンアメリカ6ヵ国(ベネズエラ、ボリビア、コロンビア、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン) 欧州1地域・19ヵ国(欧州連合=EU、英国、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ドイツ、スイス、イタリア、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、フィンランド、エストニア、リトアニア、スロベニア、チェコ、スロバキア、ポーランド) 独立国家共同体1ヵ国(ロシア) ■政治経済の動向 2006年の世界は、経済面では、新自由主義に基づく規制緩和、資本や人の広範な移動をもたらすグローバル化、中国・インドなどの急速な経済発展による国際競争の激化などが一層進行した。政治の面では、スウェーデンなどで中道左派政府に代わって中道右派政府が登場する一方で、南米諸国での左派政権の相次ぐ成立やイタリア・スロバキアなどでの中道左派政権の成立、ドイツにおける院内統一会派「左翼」結成、米国での民主党の選挙勝利など前進と後退がないまぜになった動きが進行している。 こうしたなかで、世界各国の労働者はさまざまな課題に対して創意ある粘り強いたたかいを展開している。以下、いくつかの課題について特徴的なたたかいを紹介しつつ、世界の労働者のたたかいを概観する。 ■賃金・労働時間等労働条件改善のたたかい 〈最賃制をめぐるたたかい〉 ポルトガルでは、政府と労使双方が2007〜11年の間法定最低賃金を年率約5.3%引き上げる協定に調印した。最低賃金に関する三者交渉が協定に達したのはこの国の歴史で初めてであつた。スロベニアではこれまで政・労・使の三者で決定していた最低賃金を政府が法定する動きが起こっている。これに対して組合は反対の姿勢をとっている。この他、イギリス、フランス、オーストラリア、マレーシア、中国、ベトナム、ブラジル、ポーランド、リトアニア、エストニアなどで最低賃金が引き上げられ、アメリカでも引き上げの動きが見られる。 〈賃上げ闘争〉 イタリアでは、過去数年間経営危機にあつたフィアットが業績回復を見せるなか、企業補足協約による賃金引上げのたたかいが取り組まれた。結果は今後3年間で賃金を倍増するというかなり大幅な賃上げであった。その他約5,000人の不安定雇用労働者の安定化措置が定められたことも注目される。ロシアでは米煙草会社フイリップ・モリスや米フォードの工場で賃上げのためのストライキが起こった。背景にはロシ年ア経済の好調で外国企業の賃金が必ずしも高くなく、企業本国の労働条件との格差への不満があるといわれている。 〈労働時間をめぐる闘争〉 ■解雇制限・不安定雇用規制のたたかい 〈CPE撤廃闘争〉 〈非正規雇用規制のたたかい〉 一方、社民党政府から中道右派政府に変わったスウェーデンでは季節雇用の再導入、臨時雇用の可能期間の14ヵ月から24ヵ月への延長など労働市場柔軟化政策への転換姿勢が伺われる。また韓国では、民主労総の7回にわたる全国ストにもかかわらず、「非正規職法」が成立した。この法は短期雇用と人材会社からの派遣期間をそれぞれ最長2年に限定し、それを超える場合「無期限勤労契約者」にすること等を定めているが、組合は雇用期間が2年以内の非正規職はいつでも解雇できる、派遣労働が可能になる範囲が拡大されるとして反対していたのである。 〈解雇・人減らし反対闘争〉 〈サービス指令をめぐるたたかい〉 日本でも、日亜化学工業で、JMIUが団体交渉で請負労働者1,600人を直接雇用させるなど画期的なたたかいが広まりつつある。 ■社会保障・福祉国家擁護のたたかい 〈社会保障改善のたたかい〉 〈年金改悪反対闘争〉 イタリアでは、4月に発足した中道左派政権との交渉の結果、低所得層向け減税、高所得者への所得税率アップ、ベルルスコーニ前政権のもとでストップしていた公務員賃金の引き上げなどが実現した。組合の要求していた衰退傾向にある産業部門の再興のための投資助成なども新年度予算に盛り込まれた。 ■移民・外国人労働者のたたかい アメリカではメーデーの日、ヒスパニック系移民が主導して、ロサンゼルスで100万人が集まったほか、シカゴ、ニューヨークなど各地で数十万人規模のデモ・集会が開かれた。不法移民の取り締まり強化の法案に反対する行動であった。フィンランドでは、アケル造船会社の労働者が外国人下請け労働者の低賃金と悪労働条件に抗議してストライキを行った。フィリピンやスロバキアでは医師・看護師など専門的労働者が高賃金を求めて国外に出国し、国内の労働者不足を引き起こす状況が問題となっている。 日本でも全労連が研修生・実習生をはじめとした外国人労働者の要求実現と組織化のため、「外国人労働者連絡会」、「派遣・請負労働者連絡会(準備会)」を発足させているのは注目される。 ■労働基本権擁護・労使関係改善のたたかい 〈団交権・組合加入権をめぐるたたかい〉 05年、組合の大規模な反対運動にもかかわらず、国際自由労連が「先進国での労働者の権利侵害としては最悪のもの」と批判した「ワークチョイス─新職場関係制度」法(団体交渉対象事項の制限、中小企業での不当解雇保護の廃止等。詳細は06年版参照)が制定されたオーストラリアでは、今年も大規模な抗議行動が行われた。しかし、参加者は昨年の最大規模時に比べると約半分となり、オーストラリア労働組合評議会(ATUC)書記長が「われわれに残された実際的な戦略は選挙闘争だ」とのべる状況にいたっている。 〈組合否認、活動家の殺害〉 コロンビアでは依然として世界でもっともおおくの労働組合運動活動家が殺害されている。2006年には72人が殺害された。対象になるのは公務員関係の組合活動家が多い。政府が国際通貨基金の政策を受け入れて構造調整を進めているため、これに反対する公務員が政府や右翼武装グループから攻撃されているものである。例えば、この年のはじめ、政府が進めている郵便事業民営化に反対した郵便労働組合の委員長リバス氏が殺人の脅迫を受けた。組合は政府、郵便当局に対し氏の生命の安全を守るよう要求した。 オランダでは、ファッション・スポーツ用品小売業で繊維部門経営者協会は2大労組連合を交渉から排除し、少数派組合との交渉で団体協約を結んだ。観測者によれば、団体協約制度が崩れはじめているようだ。 〈産別組織の改編〉 ポーランドやエストニアでは情報協議に関するEU指令を実施するための法が成立した。エストニアでは組合はこの法を労働組合と職場委員の地位の弱体化をねらったものとみて、反対運動を繰り広げた。ポーランドでも組合は反対の姿勢をとった。 ■資源国有化・工場占拠のたたかい ラテンアメリカでは、相次いで革新政権が誕生しているが、その多くは貧困と格差の解消のため資源の国有化や経済の自主的発展を追及している。そのなかで組合運動として注目されるのはベネズエラやアルゼンチンで展開されている「工場占拠・自主管理」のたたかいである。 ベネズエラでは「占拠・共同管理企業革命労働者戦線」(FRETECO)が結成され、産業をいっそう接収し国有化をはかることおよびそれを労働者の管理の下に置くことを目標として政府に予算を要求している。アルゼンチンでは、2000年代はじめの経済危機のもとで倒産した多くの企業で労働者が工場を占拠して自主管理で経営を再建する運動が続いている。これまでのところ一万人を超える職をつくりだしたといわれている。 ■イラク戦争反対のたたかい 米国のさまざまな労働組合が作る労働者反戦運動(USLAW)は中間選挙での共和党の大敗を受けてさらに活気づいている。この運動に参加する組合の積極的なイニシアチブは、戦争の問題を正面から提起することを恐れるリーダー達の傾向を克服して、AFL-CIO大会でイラク戦争反対決議を採択するに至った。イギリスでも労働党のアメリカ追随への批判が高まっている。 ■社会主義をめざす国での労働者のたたかい 中国では、総工会が労働者の権利擁護という労働組合本来の取り組みを強めつつある。06年に目立ったのは先ず農村からの出稼ぎ労働者の職場と生活の権利を守り、彼らを労組に組織する活動であった。炭鉱や建設現場では80〜90%が出稼ぎ労働者であるが、彼らは過酷な労働と低賃金を強いられ、しかも賃金不払いなどの権利侵害も多発していた。こうしたなかで、総工会は「出稼ぎ労働者は困難あれば労組へ」のスローガンを掲げ、未払い賃金問題の解決など支援活動を展開している。 外資企業の労組作りにも尽力している。アメリカの巨大スーパーチェーン「ウォルマート」は中国で現在62店舗を設けているが、総工会の強い要求を受け入れ、7月福建省晋江の店舗で初めて労組が結成されて以来、9月末までにすべての店舗で労組が結成された。 この他、企業が従業員を雇用する際の労働契約締結率の向上に努めている。 同じく「社会主義指向の市場経済」体制をとるベトナムでは、日系企業を含む外資系企業でストライキの急増が見られる。2000〜05年までの年間平均スト発生件数が100件程度であったのに対し、06年には上半期だけで303件に達している。その背景には労働者数の急増と人権侵害・違法行為や暴力を伴いつつ行われる資本主義的搾取の強化がある。これらのストの9割以上は「違法」扱いされるという現行労働法のあり方も問題視され、06年11月修正がなされた。 ■国際労働組合総連合(ITUC)の結成 06年11月、オーストリアのウィーンで「国際労働組合総連合」(ITUC)が結成された。154ヵ国、307ナショナル・センターを結集する労働組合運動の新しい国際組織が誕生したのである(組合員1億6,800万人)。 新組織には国際自由労連と国際労連がそれぞれ組織を解散し移行するとともに、これまで国際組織に加わっていなかったフランスCGTなど8ヵ国、8ナショナル・センターが参加した。戦後の冷戦期にイデオロギー的対立から分裂し、今日に至っていた国際労働組合組織が、経済のグローバル化が労働問題にも大きな影響を与える状況のもとで、統一への大きな一歩を踏み出したと言いうる。
労働総研2006年度第5回常任理事会は、07年6月2日午前11時から午後1時まで、牧野富夫代表理事の司会で、全労連会館で開催された。 報告事項:藤吉信博事務局次長より、1)産業別組合記念・労働図書資料室について、2)神尾京子著作集の発行について、3)千代田区平河町事務所お披露目について、4)調査政策学校について、5)若手研究者との懇談について、6)法人化問題について、7)編集企画について、8)企画委員会・事務局活動について、9)プロジェクト・研究部会活動について、などの報告事項が報告され、討論の結果、承認された。 協議事項:入会の承認について、事務局次長より提案があり、討議の結果、承認された。 2007年度定例総会議案について、大須眞治事務局長より、第一議題=2006年度の経過報告、第二議題=1)研究所活動をめぐる情勢の特徴について、および2)07年度の事業計画について、などが提案された。討議は「研究所活動をめぐる情勢の特徴について」を中心に行われた。討議の主要な論点は以下の通りである。 米国の覇権主義の矛盾を鮮明に分析する。日米支配層の内部矛盾は課題・運動論の中で分析する。資本蓄積構造の変化との関係で経済情勢の分析を深める。労働ビッグバンの問題は憲法改悪・戦後レジュームの転換の問題と関連付けて分析する。株主資本主義は労働者への分配が削減されるというような問題だけではなく、労働の否定につながる資本の寄生性・不朽性の問題である。 解雇の金銭解決、ホワイトカラー・エグゼンプション、団結権の否定、労働契約法制など支配層の攻撃、労働法制の改悪は、正規労働者と非正規労働者の格差是正、ワークライフバランス論で、分断・対立を促進している。労働ビッグバンの本質は、労働者保護法制を解体して、労働力の流動化・多様化を極限まで安い労働力の大量創出、賃金・労働条件の劣化、上と下からの規制排除、労働運動の規制にある。労働ビッグバンの概念規定が必要ではないか。成果主義賃金による賃金・所得削減と増税・社会福祉関連の負担増などが生活破壊を促進している。 牧野議長より、討論で出された積極的な意見を反映して、国民生活破壊が強行され貧困と格差が拡大に対する対抗軸とするような、ナショナル・ミニマム、最低賃金確立など、人間宣言的な文言を加えて方針案を完成させるようにしたい、またこの常任理事会の討議のポイントを含めて、理事会への方針案を提案する、とのまとめの発言があり、承認された。
第1回理事会は、6月2日午後2時から4時まで開催された。冒頭、藤吉信博事務局次長が第1回理事会は規約第30条の規定を満たしており、会議は有効に成立していることを宣言した後、牧野富夫代表理事を議長に選出し、議事は進められた。 大須眞治事務局長より、2007年度定例総会議案の、第一議題=2006年度の経過報告、第二議題=1)研究所活動をめぐる情勢の特徴、および2)07年度の事業計画について、などが、常任理事会での討議のポイントの紹介を含め提案された。 常任理事会の討議に付け加えられた理事会での新たな討論のポイントは以下の通りである。 最賃以下の多数の非正規労働者が存在するが、その水準以下で外国人労働者が働かされている。労基法以下の二番底、三番底と底なしの劣悪な労働条件を規制することが重要である。生活保護基準が破壊され、生存権・基本的人権が否定されているが、人権裁判も全国で起こされている。こうしたナショナル・ミニマム確立、生活改善を求める国民的運動と最賃・労働条件を引き上げるたたかいが連携を強めるべきである。安倍自公政権の対米従属の軍事・政治・経済路線と靖国派の第二次大戦・侵略戦争美化路線は、アジアだけでなく、米国との間でも深刻な矛盾をつくり出している。財界の中にも憲法改悪に反対する動きがあることに注目すべきである。 牧野議長は、常任理事会と理事会での討議を踏まえて、研究所をめぐる情勢分析を、1)政治経済情勢、2)労働ビッグバンに見るような反労働者的攻撃の特徴、3)研究所の調査研究の課題に整理して完成させることを提案し、確認された。
6月23日の第6回常任理事会で、2007年度定例総会の開催日程について討議した結果、9月8日(土)に延期することを決定しましたので、お知らせします。 労働総研常任理事会は、2007年度定例総会日程を7月28日に予定して諸種の準備を進めてきました。しかし、安倍自公政権が、重要法案と位置付けた社会保険庁解体・民営化法案と年金時効特例法案や国家公務員法改悪案(天上がり自由化法案)を強行採決するために、国会会期を延長し、参議院選投票日を7月29日と決定したため、7月28日の定例総会を延期することにいたしました。 新たに決定した定例総会の日程と場所は、次のとおりです。
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