労働総研ニュース�Y212・213・214　2008年新年号

　昨年１月の労働総研ニュースでは、改憲を公然と掲げて登場した安倍政権とのたたかいを重要な課題としてとりあげました。その安倍政権は、今、存在していません。ご存知のとおり、昨年７月の参議院選挙で自公政権は衝撃的な敗北を喫し、安倍政権は結局引退をよぎなくされたのでした。代わって登場した福田政権は、安倍政権のような強引な手法はひとまず表面的には控えるような姿勢をみせています。しかし、それによって政府の基本的な姿勢が変わったわけではありません。

依然としてアメリカ一辺倒の福田政権

　アメリカ言いなりの政治は依然として続いています。福田政権は「対米公約」を理由に、異常な会期再延長までして、衆議院再議決による新テロ特別措置法案成立を図ろうとしています。これはアメリカの戦争に日本を巻き込むものであり、アフガニスタンでの政治的解決への動きや和平への各国の外交努力にも逆行するものです。平和を求める世界と国民の声に反して、何がなんでもインド洋での軍事行動を再開しようとするところに、アメリカ一辺倒の福田政権の姿勢が端的にあらわれています。

深まる一方の国民の窮乏化

　国民生活の窮迫も、依然として改善されないままになっています。サラリーマンの平均賃金は、９年連続して低下しており、年収200万円以下の人は、1,022万人にもなり、民間給与所得者の22.8％にもなっています（国税庁「民間給与実態調査」2006年）。低賃金・無権利状態が社会問題になっている日雇派遣は、１ヵ月の平均就業日数は140日、平均月収は13.3万円という劣悪な労働条件になっています（厚生労働省「日雇い派遣労働者の実態に関する調査及び住居喪失不安定就労者の実態に関する調査」2007年８月）。このような低収入状態のうえに、昨年は、所得税・住民税の定率減税全廃や介護保険料引き上げなどの負担増が押しつけられました。また、高齢者から高い保険料をとり、医療サービスを制限する後期高齢者医療制度の実施も予定されています。さらに消費税増税に向けた策動もまた強められています。低賃金の上にさらに高い税・保険料を課す政府の姿勢はなんら変化していません。

規制緩和による労働条件切り下げ

　今日の国民生活の困難の根本には規制緩和による労働条件の劣悪化があります。その典型が労働者派遣法です。労働者派遣法が作られて、その「改正」が行われるたびに、労働条件の不安定な低賃金の労働者が大量につくられるようになってきました。この状態に歯止めをかけることが労働者派遣法の改正にかけられていましたが、政府は、「根本的な意見の対立」を理由にその改正を、昨年暮れ、見送りました。このように、福田政権は小泉、安倍と続いてきた規制緩和による労働条件の劣悪化の路線を変えることなく引き継いでおり、国民は依然として弱肉強食の競争にさらされています。労働者・国民の強力な批判にあい、一旦は引っ込めた残業代横取りのホワイトカラー・エグゼンプションも機会があれば、再び登場させようと機をねらっています。

国民春闘を発展させ、悪政にトドメをさすために

　福田政権は発足から短期間で国民の支持を急速に失っています。福田政権が国会で実現させようとしている新テロ特別措置法案には多くの国民が反対しています。年末の各紙の世論調査の結果では、インド洋給油活動再開に「反対」が「賛成」を上回り、自民・公明支持率を野党支持率が上回るということが起こっています。防衛省疑惑や消えた年金問題に対する対処遅れ、沖縄集団自決問題に見せた「靖国」派的態度など、福田政権のボロは隠せなくなってきています。このように福田政権の支持基盤はますます弱体なものになっていますが、他方、野党を自認する民主党の立場もまた明確ではありません。一旦消えた「大連立」構想さえ決して完全に消え去ったものとも言えないところがあります。年内に総選挙が行われることはほぼ間違いない状況になっています。

　こうした状況のなかで戦われる08国民春闘は特別に大きな意義をもっています。国民の声を反映し実現する春闘を広範に発展させるなら、それは、労働者・国民の状態を改善するうえで大きな成果をあげうるだけでなく、日本の政治を国民本位に変えていくうえでも大きな力を発揮するにちがいないからです。労働総研にとっては、今日の労働者・国民の厳しい現実についての正確な実態把握を行い、現状打開の方向を明らかにすることがますます重要な課題となっています。年頭にあたり私たちは、この課題に果敢に取り組み、労働者・国民が的確な判断と選択をするうえで有用な資料を提供できるよう、従来からの調査・研究活動をいっそう活発にすすめていくことを、あらためて決意するものです。

はじめに

　日本経団連の2008年版「経営労働政策委員会報告」（以下「報告」）のサブタイトルは、「日本型雇用システムの新展開と課題」である。これは雇用問題が深刻になっていることの反映であろう。また、民間大企業を中心とした「労使運命共同体」意識が大きく崩れてきたことへの危機感のあらわれでもあろう。

　「報告」は３章構成である。第１章のテーマは「わが国経済をめぐる環境変化と課題」で、第１節で「経済社会をめぐる環境変化」が述べられ、そこで「グローバル化のさらなる進展」と「人口減少下の少子高齢化の進行」が強調されている。

　第２章のテーマは「日本型雇用システムの新展開と労使交渉・協議に向けた経営側のスタンス」である。ここでは第１節で「日本型雇用システムの新展開」、第２節で「労使交渉・協議に向けた経営側の基本姿勢」が述べられ、例年にくらべ全体として春闘に焦点を当てた「報告」となっている。経営労働政策委員会の委員長である草刈隆郎氏（日本経団連副会長）も「今次報告では、本報告の本来の目的である、春季労使交渉に向けた経営側としての指針を示すものという原点に立ち返り、取り上げる内容を企業経営と労使関係、労働諸施策に直接関係する課題に絞っている」と説明している（「日本経団連タイムス」08年１月１日付）。

　第３章のテーマは「生産性向上・多様な働き方を可能とする制度の整備」である。そこでは、第１節で「外部労働市場の機能改善」、第２節で「多様な働き方を可能とする法制・インフラの整備」、第３節で「生産性の底上げ」にそれぞれ言及している。

　以下、いくつかの問題に絞ってコメントしていく。なお、小論は08年１月８日から「しんぶん赤旗」に連載された拙稿に加筆したものである。

1　08年版「経労委報告」と春闘情勢

　今年の「報告」は、これまでとは様子が違う。一つは、労働者に「親和的」である。いや、そう装っている。いま一つは、例年のように総花的でなく、ズバリ春闘に焦点を当てている。

　この違いはなにを意味するか。支配層の危機感が増大している、追い詰められている、ということだ。格差・貧困の拡大その他で世の批判をあび、参院選で自公政権が惨敗した。これらのショックが大きい。労働者・国民の抵抗をやわらげるため「親和的ポーズ」をとらざるをえないのだ。しかし同時に、「国際競争力」論などで危機感を煽り、労働者攻撃を強めようと躍起になっている。表面はソフトでも、裏で頑迷さを貫いている。

　「報告」は、殊勝にも「格差や貧困の影」や「企業と家計の両立」に言及している。「賃上げ容認」と思わせる言説もある。「雇用関係の軸足を長期雇用におく」とも述べている。これらが「親和的」とみえる部分である。だが一方で、「横並びで賃金を引き上げていく市場横断的なベースアップは、すでに過去のものになっており、もはやありえない」と「春闘型賃上げ」を拒否し、従来の頑迷な態度を変えていない。

破綻した「トリクルダウン」論
　「報告」は「豊かな国民生活は企業活動の活性化を通じてしか実現できない」と「企業活性化優先」論を基調とする。企業が潤えばその「おこぼれ」で労働者も潤う、という「トリクルダウン」論である。だが、事実経過がそのウソを暴露している。01年からの５年間に企業利益は1.8倍、役員報酬は2.7倍、株式配当は2.8倍と大幅に増大しているのに、労働者の賃金はマイナス3.8％と減少している。労働者に多大な犠牲をおしつけた結果の「企業の繁栄」である。これでは階級間の格差拡大は必然である。「企業は労使の運命共同体」だという「報告」の麗句が空々しい。

　はっきりすべきは、「格差社会」現象の本質である。（１）「格差社会」の根幹は右のような階級間の格差拡大であり、その本質は搾取強化にほかならない。（２）これを多国籍企業化した大企業による中小企業収奪を本質とする企業間の階層内格差と、（３）正規と非正規、男性と女性など労働者間の、差別を本質とする階層内格差が補完する、という関係にある。（１）を（２）と（３）が補完し、格差を拡大させる構図なのだ。「報告」も格差を認めざるをえなくなっているが、それは「現象としての格差」にすぎない。

08年春闘情勢とのかかわり
　「労働側の攻勢が際立ってきた。格差問題への批判の高まりや参院選での野党大勝で、形勢は逆転」と朝日新聞が報じている（07年10月５日付）。そのとおりだ。08春闘をめぐる情勢は久々に明るい。「賃上げ容認」論は前述のようなシロモノだが、それを真に受けて「たたかえば、勝ちとれる情勢」になっている。生活が苦しいだけでなく、「賃上げで個人消費を喚起しなければ日本経済が危うい」という世論になっているからだ。一部企業での賃上げ（ベア）を全体に波及させうる条件が広がっている。「報告」が「軸足を長期雇用におく」といわざるをえない状況だ。これにもウラがあるが、運動の力で「言葉どおりに実行させる」条件が広がっている。企業の悪辣な非正規労働者利用が社会的に糾弾されているからだ。社会保障の切り崩しや増税に対し国民が激怒している。国民参加の文字通りの「国民春闘」を実質化させる絶好のチャンスといえる。ホワイトカラー・エグゼンプションの導入策動を阻止するなど数々の実績を積み上げてきた労働運動への期待は大きい。

2　賃金抑制策の内実と矛盾

　「08年版・経労委報告」は、「原点に立ち返って」（経団連の解説）、春闘に焦点を当てている。とくに「労使交渉・協議に向けた経営側の基本姿勢」（第２章第２節）で、春闘に対する基本姿勢を提示している。「報告」の賃金抑制策は、賃金領域にとどまらず、雇用や労働時間分野の操作も含めたトータルな「総額人件費抑制策」になっている。とくに「雇用破壊」を通じた「賃金破壊」は、その常套手段である。

　「報告」は「国際競争力強化」を錦の御旗に、かれらのいう「高コスト構造の是正」（総額人件費抑制）を加速度的にすすめようと懸命である。それには「春闘」は邪魔で「春討」でなくてはならない、ということだ。ことさら「企業の盛衰と従業員の生活は表裏一体の関係」とか「従業員の帰属意識や忠誠心の醸成」などが強調されるのも、そのためである。今「報告」では「労資強調主義のほころび」に対する危機意識が随所でにじみ出ている。

「支払能力」論で賃金抑制
　「報告」は、「賃金をはじめとする総額人件費の決定に際しては、引き続き自社の支払能力を基準に考えていかなければならない」という。「総額人件費の増加額は、あくまで自社の付加価値額の増加額の範囲内で、利払い、配当、内部留保なども考慮し、個別企業ごとの交渉で決定すべきである」とも強調する。「自社の支払能力」がキーワードだ。とどめを刺すかのように、「個別企業の支払能力を無視して横並びで賃金を引き上げていく市場横断的なベースアップは、すでに過去のものとなっており、もはやありえないことはいうまでもない」と「春闘型賃上げ」を拒否する。「春闘つぶし」の意図が読み取れる。

　「報告」の言説は、マスコミが報じる「賃上げ（ベア）容認」とは程遠い。「容認」は「支払能力のある企業」にかぎられる。しかもこの「支払能力」なる概念がクセモノだ。いま「支払能力あり」でも将来のことを考え「もっと内部留保が必要」などの理由で、「支払能力なし」と言い逃れができる。また「支払能力あり」が一時的なものだとして、賃上げ（ベア）ではなく、一時金（ボーナス）に多少色をつける程度でお茶を濁すこともできる。「支払能力」論には玉ネギをむくがごとく「芯」がない。

年功賃金の解体ねらう賃金体系「改革」
　「報告」は、賃金決定（交渉）を企業ごとに分断するにとどまらず、労働者個々人にまで分断しようとする。賃金管理の徹底「個別化」だ。「年齢や勤続年数を基軸とした賃金制度から、仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度への移行をさらに加速していくことが求められている」と賃金体系「改革」の理由をいう。これは年功賃金解体の主張にほかならない。ねらいは第一に中高年賃金の抑制・縮減（人件費削減）、第二に競争刺激による効率化と分断、第三に労働力の「出し入れ自由化」（流動化促進）の三点である。意欲の低下や一体感の喪失など成果主義賃金は「現場力」の低下を招いている。「報告」は透明度と納得性の高い人事評価システムの構築」というが、その保証はまったくなく、かえって矛盾を深めるだけである。

　「報告」はまた「同一価値労働・同一賃金の考え方に異を唱える立場ではない」という。真意は賃金の「低位平準化」にある。すでに正規労働者賃金の非正規化、男性労働者賃金の女性化などが、「格差縮小」の美名に隠れておこなわれている。これを徹底させようというわけだ。関連して「報告」は、最低賃金制とりわけ全国一律最賃制への憎悪をあらわにしている。経団連は以前の「労働法制＝必要悪」論を捨て、新自由主義色を強めるなかでいまでは「労働法制＝絶対悪」論に立つようになっている。国際社会で通用するはずがない。

　このような時代錯誤の賃金抑制策をつづけるかぎり、貧困化が進む。労働者・労働組合の反撃は必至である。日本経済の健全な発展も阻害する。深追いの矛盾である。元気な労働運動に大胆な軌道修正を期待するほかない。

3　「日本型雇用」論の迷走

　「08年版・経労委報告」は、「日本型雇用システムの新展開」について、おおよそつぎのように述べる。日本型雇用システムは、人間尊重をベースに、「新卒採用」「長期雇用」「年功型賃金」「企業内労使関係」の４点を特徴としてきた。しかし、グローバル化の進展や少子高齢化による人口減少で、そのシステムも変化をよぎなくされている。雇用面の変化として、長期雇用を基本としつつもワーク・ライフ・バランスや働く人のニーズに対応するため、期間従業員・パートタイム従業員・派遣社員の活用も広げるべきだ、と。

　ワーク・ライフ・バランスについて「報告」は、従業員の仕事への満足度を高め、生産性の向上が期待でき、優秀な人材を採用しやすくなる効果がある。それには業務を時間内に確実に遂行できるような効率的な働き方や、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方の推進が必要である、と。これらは、労使の合意と協力で自主的に進められるべきだとする。

「全員参加型社会」とWLB
　「報告」は、二大環境変化として「グローバル化」と「人口減少」をあげる。少子高齢化による人口減少で「労働力不足」になることを、とくに重大視する。そのため、「日本型雇用システム」論は、「労働力不足」対策としての「全員参加型社会」の実現を強く意識している。

　この見地から、限られた労働力の「効率的活用」と、女性・高齢者・外国人材の動員が課題とされる。大前提として「総額人件費抑制」思想が貫徹している。つまり、正規雇用と各種の非正規雇用をモザイク状に組み合わせ、効率的で低コストの「労働力総動員体制」を構築する、というものだ。このような体制のもとでワーク・ライフ・バランス（WLB）が実現できる、逆にWLBがこの体制を促進する、という考え方だ。だから「報告」のいうWLBは、呼称は同じでも労働者が求めるものとは異質である。これで時短が実現しても、非正規雇用、低賃金、労働強化などの「負の条件」と一体とならざるをえない。いま「ワーク・ライフ・バランス」なる言葉が氾濫している。しかし、労基法や最賃法など労働法制の拡充を言わないWLB論はどれもニセモノである。「報告」は「労使の合意と協力で自主的に」と労働法制拡充から逃げまくる。

ご都合主義の「日本型雇用」論
　昨年までの「報告」では、これは「日本的経営の見直し」という扱いだった。財界の基本戦略は、いわゆる「年功賃金」や「終身雇用」などの解体で「日本的経営」を葬り去ることである。事実、95年の「新時代の日本的経営」以降、解体が加速されてきた。だが、従業員の帰属意識減退や「現場力」低下など矛盾が拡大している。そこで07年版「報告」のごとく「日本的経営の再評価・再構築」が提起されるに至った。今「報告」でも「雇用関係の軸足を長期雇用においていく」という。言葉の「反省」はあっても、解体路線に実質的な変更はない。「報告」は年功賃金につては「解体」を隠さない。だが終身雇用（長期雇用）に関しては、隠しつつ「解体」を進めている。「解体作業」の特徴は、正規雇用の比率を下げること、年功賃金をもぎ取ること、予定可能な従来型から「結果としての終身雇用」に変質させること、終身雇用の選択権を労働者から取り上げることなどである。

　今日の生活不安の根底に大きく「雇用不安」がある。雇用破壊路線にストップかけうるのは労働運動だ。すでに取組みを強め成果も上がっている。正規雇用・直接雇用の原則のもと、08春闘での運動の一段の前進を期待したい。

4　「多様な働き方」と労働法制改悪

　「報告」は、新たな労働法制の改悪を提起している。とくに「労務管理や労働時間に係わる規律を弾力的に見直す」べきだと強調している。90年代の半ば以降、労働者派遣法や裁量労働制などを緩和・改悪する「労働ビッグバン」が、財界の注文に応えて強行されてきた。その結果、派遣労働者が３倍半に増え、心の病や自殺・過労死が重大な社会問題になっている。

　「報告」は、「多様な働き方」の実現という一見「もっともらしい理由」で、とくに労働時間法制の改悪を提起している。表現は「自主的・自律的な時間管理」に変えられているが、ホワイトカラー・エグゼンプション制導入の必要性が強調されている。一昨年から昨年にかけて、労働者・労働組合の猛反対で導入が拒まれただけに今度は「慎重」に策を練っている。つまり、「新制度については、国民の十分な理解が欠かせず、これまでの批判・問題指摘も十分踏まえ、国民に丁寧に説明を重ね、過重労働の回避や健康確保措置のあり方も含め、慎重に設計していかなければならない」として、周到にその実現をうかがっている。これは日本で展開するアメリカ多国籍企業の要求でもあり、警戒すべき動向である。

「多様な働き方」論の欺まん
　「報告」は、「働く時間や場所について、人生のステージに応じた多様な働き方が選択できるような環境づくりが求められてきており、近年、企業と従業員の協力の下、双方のニーズを満たすような形で短時間勤務・テレワーク・在宅勤務などの就業形態が定着してきている」という。

　これを受けて「報告」は、政府が「多様な就業形態を可能とする立場から、基本的に事業場内労働を前提とした労働時間規制を、実態を踏まえつつ弾力的に運用していく必要がある」と注文をつけ、「とりわけテレワーク・在宅勤務では、勤務時間帯と生活時間帯が混在せざるをえない場合もあることから、事業場外のみなし労働時間制を柔軟に適用すること」など政府に迫っている。

　たしかにIT化がテレワークや在宅勤務など新しい働き方を広げている。働き方が多様化し選択肢が増えること自体は、労働者にもありがたい。問題は、その多くが非正規雇用であり、またはバイク便労働のように「個人請負」化され、賃金・収入が低いだけでなく、労働法による保護など労働者としての権利を失うケースもでてくる、ということだ。さらに、そもそも「多様な働き方」の「落とし穴」は働き方を選ぶ選択権が労働者にないことだ。

ホワイトカラー・エグゼンプションに再トライ
　経団連は以前、年収400万円以上のホワイトカラー労働者を労基法の労働時間規制から除外するというホワイトカラー・エグゼンプション構想を提起した。だが、それは労働者一人あたり年間114万円もの残業代を免除する「残業代ゼロ法案」だと労働者が激怒し、結局日の目を見なかった経緯がある（試算は労働総研）。その再トライというわけで「一律の時間管理ではなく、時間を自律的にコントロールすることのできる働き方を認めることによって、能力や技術の向上、質の高い仕事の達成を通じて自己実現をはかることができる。その結果、企業の競争力の維持・向上にも寄与する。また、効率的に仕事をすることで、ワーク・ライフ・バランスの実現にもつながる」と述べている。

　また「報告」は、フレックスタイム制や裁量労働制について「いずれの制度も、法定労働時間との関係や対象業務の制限などの面で、労使双方にとって必ずしも使い勝手がよくなく、自律的な働き方に相応しいものとはなっていない」とクレームをつけ、その規制緩和を求めている。

おわりに

　もはやだれも格差や貧困の拡大を否定できなくなった。労資が協力してパイを大きくすれば労資双方の取り分も増えるという「パイの理論」は破綻した。このような情勢・背景があって参議院選挙で自公政権が惨敗した。その後も労働者・国民の支配層に対する不信、憤りは深まるばかりである。「熟睡型労働組合」も目を醒ましはじめている。こうした状況を反映して、今年の「報告」は労資関係の「安定化」を強く意識したものとなっている。「報告」はすでに「春闘」は「春討」に変わったとしているが、これは財界・経団連の願望であって、内心では今春闘での労働攻勢の強まりを恐れている。社会保障の削減や増税に対する国民の怒りも増大するばかりだ。国民参加の文字通りの「国民春闘」が実質化できる状況になっている。今春闘での運動・たたかいの大きな発展を期待したい。

はじめに

　「子年のジンクス」というのがある。子年には政権交代が起きる、といわれる。55年以後、子年は４回あったが、そのうちの３回で実際に政権が交代している。96年は村山政権（→橋本政権）、72年は佐藤政権（→田中政権）、60年は岸政権（→池田政権）と、84年（中曽根政権）を除き、すべて政権が代わっている。今年は春にも（遅くとも年内に）解散総選挙が実施される可能性が高い。昨年の参院選で自民党は歴史的大敗を喫したが、「子年のジンクス」に従えば、連立与党は今年、衆院でも過半数割れし、野党政権が誕生することになる。小泉「偽」改革によって地方は疲弊し、都市部でも円高と原油高などの資材コストの増加が人件費にしわ寄せされる懸念がある。賃金の抑制は個人消費を低迷させ、景気後退リスクを高める。ところが連立与党は「改革の継続」などと言いながら、バラマキを復活させる以外、まったく打つ手がない。こんな無能政権をこれ以上延命させておけば、この国は間違いなく滅びる。連立与党の「偽」改革に止めを刺し、政策の方向を大転換することが急務である。

1．何もできない福田内閣

　昨年９月、福田内閣が発足した時、有権者の多くは福田氏の年齢と官房長官時代のイメージから「安定感」と「バランス」に期待し、予想以上に高い支持率を与えた。最高は59％（『日経』）、最低でも53％（『朝日』）と、いずれも５割を上回っていた。優先すべき政策では、「消えた年金問題」の解決が最も高く、どの調査でも最上位を占めていた。ところが、政権発足わずか３ヵ月で、今年３月までに5,000万件の年金記録の照合を「最後の１人、最後の１円まで確実にやる」（舛添厚労相）という公約を、あっさりと投げ出してしまったのである。5,000万件のうち約2,000万件が「統合困難」と判明すると、舛添氏は「来年３月までに最後の１人、最後の１円まで」とは言っていない、と従来の発言を修正。「公約違反」と批判されると、福田首相は「公約違反というほど大げさなものなのかどうかね、と思いますけどね」と開き直った。さらに、この発言について国会で追及されると、「公約でどういう風に言っていたかが頭にさっと浮かばなかったから」と、まるで他人事と言わんばかりの無責任答弁。こうして年金問題に対する有権者の期待は完全に打ち砕かれ、内閣支持率は急落した（図１参照）。

　『朝日』の調査では、発足当初は67％が年金問題への取り組みに「期待する」と答えていたが、この公約違反で「期待できる」は17％に激減、反対に「期待できない」が72％にも達した。しかし、福田内閣は年金問題で国民に明確な謝罪をするわけでもなく、担当大臣の責任を問うこともしなかった。そもそも、自らの年金未納問題で官房長官を辞任した経歴の持ち主に、「年金問題の解決」を期待するには無理があった。

　福田内閣支持率急落のもうひとつの要因は、防衛省汚職事件である。年末には、１月に内閣改造を断行し、防衛汚職事件追及の矢面に立たされていた額賀財務相を、舛添厚労相、「友人の友人がアル・カイーダ」と発言した鳩山法相、さらに年金問題、独立行政法人改革などで「官僚答弁」を繰り返した町村官房長官らと共に更迭するとの見方が有力だった。ところが、これも青木前参院議員会長ら党内実力者の抵抗で頓挫してしまった。福田首相は４日の年頭記者会見で、通常国会前の内閣改造について「今の閣僚に引き続きやってもらいたいと思う」と述べ、見送る考えを明らかにした。問題閣僚の更迭もできない、自ら責任を取ることもしない、そして解散もできない、要するに何もできないのが福田内閣なのである。

2．解散・総選挙も先送りを模索

　福田首相は年頭所感のなかで「今年の年末には、国民の皆さんに何かが変わったと実感してもらえる世の中にしたい」と述べた。国民が変化を実感できるのはもはや政権交代以外にない。ところが、支持率急落で解散権の行使もままならなくなり、そこで解散・総選挙は来年に先送りし、それまでは政権の座に居座る、というのが「今年の年末には」の意味のようである。自民党内では、解散の時期について７月の北海道洞爺湖サミット（７日〜９日）後から来年９月の任期満了選挙までさまざまな見方がある。福田首相は昨年末訪中した際、同行記者団に「来年度予算はきちんと通さないといけない。夏にはサミットがある。議長国としての責任を果たさないといけない。解散している暇があるかなという感じがする」と述べ、７月のサミット後の可能性を示唆していた。連立与党の公明党も「秋以降」の年内を求めていた。一方、古賀選対委員長は「任期満了でいいという腹のくくり方が必要だ」と述べ、任期満了選挙を主張してきた。

　こうしたなか、首相は年頭記者会見で、社会保障制度改革全般を議論する「国民会議」の報告時期について「夏ぐらいまでに中間報告、秋までに最終的な報告をいただきたい」と述べた。最終報告には消費税率の引き上げが明記される可能性が高い。消費税の引き上げを打ち出して即解散というのは考えにくいので、首相の発言は、古賀選対委員長の主張に沿って、解散・総選挙を来年まで先延ばしする意向を表明したもの、と受け止められている。

　後述するように、次期総選挙で連立与党が３分の２以上の議席を確保するのは不可能である。そうである以上、「３分の２条項」による衆院再議決という最後のカードを温存するには、解散・総選挙をできる限り先送りするしかない。だが、いくら解散権が首相にあるとはいえ、国民の支持を失った首相が自分の望み通りに解散の時期を選択できると考えるのも非現実的である。政治情勢によっては、サミット前にも解散に追い込まれる可能性がある。逆に先延ばししても、政権の地盤沈下が進めば、解散もできずに総辞職に追い込まれるかもしれない。逆転国会の下で、世論の動向を無視して解散をいつまでも先延ばしすることは難しかろう。

3　世論が解散に追い込む

　先送り（任期満了）シナリオでは、年末の09年度税制改正で消費税率の引き上げを正式決定（実施は09年４月？）後に解散・総選挙を行うことになる。社会保障制度改革に関する「国民会議」の最終報告で消費税率の引き上げを打ち出した後の解散があり得ないのなら、消費税率引き上げ決定（あるいは実施）後の解散はもっとあり得ないのではないか。また、公明党は来年７月の東京都議選に専念するため、解散が来年にずれ込むのを嫌っているといわれる。

　そもそもこのシナリオは、福田内閣の支持率が来年に回復するという前提がなければまったく理解できない。しかし福田内閣支持率が来年に回復すると考えられる根拠は何ひとつない。福田内閣の支持率はすでに安倍内閣末期の水準近くまで下がっている。『朝日』調査では、あと３ポイントで安倍内閣退陣前の28％に並ぶ。元々世論調査では、福田内閣には「最初から期待していない」という回答が多く、逆説的な強み？があった。つまり「期待していないから失望しない」というわけである。こうした福田内閣の特殊性を考えると、来年になれば支持率が回復するということは極めて考えにくい。むしろ、今後数ヵ月間で支持率がさらに低下し、安倍内閣末期の水準を割り込む可能性の方が大きいと考えるのが自然である。目先、注目点は少なくとも３つある。

　第一は、海上自衛隊の給油活動を再開する新テロ対策特別措置法案の再可決に対する世論の反応である。再可決自体は合法的なルールかもしれないが、法案そのものは明らかに違憲であるし、世論調査では給油活動の延長に「反対」が「賛成」を上回っている（図２参照）。『毎日』調査（12月17日付）では、「反対」が10月の43％から50％に上昇、「賛成」は逆に48％から41％に低下している。参院で否決されたものを、世論の反対を押し切って強引に再可決するわけである。それで内閣支持率が低下することはあっても、上昇することはあるまい。

　第二は道路特定財源の暫定税率延長問題である。与党は、３月〜４月に期限が切れる暫定税率を今後10年間延長する方針だ。他方、最大野党の民主党が道路特定財源の一般財源化と暫定税率の廃止を打ち出したことで、この問題が通常国会の与野党対立の発火点になる可能性が出てきた。延長できなければ国・地方合わせて2.7兆円の税収減になり、延長を前提に組まれている来年度予算案の組み替えが必要になる。

　こうした混乱を避けるため、連立与党は来年度予算案関連法案のうち、ガソリンにかかる揮発油税の暫定税率を継続するための租税特別措置法改正案を１月中下旬に前倒しで提出する方針をいったんは確認した。１月末までに衆院を通過させておけば、「60日規定」（参院送付後60日が経過すれば参院が否決したとみなす）により、年度内に衆院で３分の２以上の賛成で再可決できる。そうすれば、参院で野党が反対し、審議が停滞しても年度内成立は担保され、混乱を回避できるというわけである。

　しかし、消費者はガソリン価格の急騰に悲鳴を上げている。また、「道路はもう十分」という声が圧倒的だ。そうしたなかで、いくら憲法で定められているからといって、再び「60日規定」と「再可決」という強硬手段を行使すれば、世論が反発し、内閣支持率の一段の低下は避けられまい。結局、「国会日程上、成り立たない」という理由で、この案は取りあえず見送られることになったが、そうなると年度内改正が危うくなる。

　第三は、年金記録問題である。３月末には野党が年金記録照合問題で再び政府の責任を追求する。それに合わせて世論の批判が再燃するのは必至である。しかも、新たな問題が明らかになっている。『毎日新聞』（１月６日付）によると、厚生年金の受給額に大きく影響する「標準報酬月額」が不正に改竄されたケースが確認されているという。社会保険事務所の関与も指摘されている。全容は不明だが、これを契機に標準報酬月額算定の根拠を開示するよう求める声が噴出し、「第二の年金記録問題」に発展する可能性もある。

　さらに、防衛省汚職事件をめぐる検察の動きも大きな焦点である。久間元防衛大臣への１億円借金疑惑も新たに浮上している。

　このように、３月末までに福田内閣の支持率を崩落させそうな出来事がいくつも予想される。世論調査で内閣支持率が下がるのと反比例して早期の解散・総選挙を求める声が強まっており、すでに予算成立後の解散を求める声が最も多くなっている。野党が来年度予算関連法案と年金問題で、衆院では福田首相と舛添厚労相に対する不信任決議案、参院では問責決議案を提出すれば、世論は間違いなく野党を支持するはずである。逆に、それすらできないなら、野党の存在理由が問われることになる。

　参院で問責決議案が可決されれば首相は無視し続けることはできまい。予算関連法案は道路特定財源だけでなく、与党が地域間の財政力格差是正策として打ち出した法人事業税の一部国税化、証券優遇税率の再延長問題など、多くの与野党対立の火種を抱えている。これらをすべて「再可決」して成立させるのは無理である。解散を先送りしたいという福田首相の願望に反して、予算関連法案と引き換えに早期解散（４月）に追い込まれる可能性が高まっているように思われる。

4　総選挙で政権交代は実現するか

　では次に解散・総選挙になった場合、選挙の結果と政界再編など選挙後の動きについて検証してみよう。現在、自民は衆院で306議席、公明党は31議席を保有している。連立与党全体では337議席となり３分の２議席＝320を大きく上回っている。しかし自民が前回2005年総選挙で獲得した296議席は相当、水脹れしており、次の選挙で大幅に議席を減らすのは確実とみられている。したがって、選挙結果は以下の３つのケースに絞られる。

１．自民、単独過半数を確保（連立与党で絶対安定多数）

２．自民、単独過半数割れ（連立与党で単純過半数）

３．連立与党、過半数割れ

　まず、自民が単独過半数（241）を確保した場合、公明党の議席を加えると連立与党の議席は270議席程度となり、絶対安定多数（常任委員会の委員長ポストをすべて独占したうえ、与党委員が過半数を占める）の269議席を上回る可能性が出てくる。福田首相は、議席を大幅に減らしつつも「勝利宣言」をし、引き続き政権に留まる可能性が高い。他方、民主党は現有113議席から190議席程度に躍進するも、200議席には届かず、小沢代表が「敗北」の責任を取り辞任、代わって岡田副代表らが後継に選出されるとみられる。しかし、参院での与野党逆転状態は変わらないから、福田首相は年金や税制で民主党との政策連合、あるいは大連立を呼びかける。小沢氏らが民主党を離党して自民党と合流するケースも想定される。この場合は、憲法改正、消費税大増税への流れが一気に強まる。

　次は、連立与党全体では過半数を維持するものの、自民単独では過半数に届かないケースである。連立与党で過半数を維持できても、自民党単独の議席は240〜220議席程度に後退、他方、民主党の議席は190〜210議席程度へと大幅に増加する。自民党は引き続き第一党の座を維持するものの、単独過半数を失った福田政権は弱体化し、自民・民主の主導権争いが激化して政治は完全な麻痺状態に陥る。民主党が200議席を上回れば、第１党にはなれなくても小沢氏は引き続き代表の座に留まり、与党を切り崩しにかかるとみられる。93年以後にみられたような政界再編の動きが再び活発化しよう。

　最後は連立与党が過半数割れした場合である。民主党が単独で過半数を獲得する場合と野党全体で過半数を確保する場合の２つのケースがあるが、いずれにせよ民主党を中心とする野党政権が誕生、ネジレ現象は解消される。民主党が単独過半数に届かなかった場合は共産党や社民党がキャスチングボートを握ることになるが、小沢氏は自民党からの離党者を取り込んで単独過半数を確保しようとするとみられる。そうなると、政権は代わっても政策は基本的に連立与党の政策とほとんど変わらなくなる。

5　高まる「連立与党過半数割れ」の可能性

　ところで、古賀選対委員長は６日、福岡県での講演のなかで、こう述べた。「勝つか負けるかは分からない。自民党単独で241取ることは大変な難しさだ――」。図３が示すように、93年から03年までの自民党の議席のトレンドラインは230議席台に留まっており、過半数を下回っている。前回だけが突出している。次期総選挙で再びトレンドラインに戻ると考えれば、自民党の過半数割れは確実である。問題はどの程度過半数を下回るか、である。

　『毎日』（１月６日付）が衝撃的な世論調査結果を報じている。同紙が昨年12月、「次期衆院選は自民党と民主党のどちらに勝ってほしいか」と尋ねたところ、民主46％、自民33％という結果が出た。この質問は今回で５回目だが、いずれも民主党が自民党をリードしているという。参院選直後の昨年８月調査では民主、自民の差は７ポイントだった。９〜10月には差が４〜５ポイントに縮まったが、今回は13ポイントに開いた。

　昨年12月の『朝日』の世論調査も同様の傾向を示している。「今、総選挙の投票をするとしたらどの政党に投票するか」という問いに対し、38％が民主、23％が自民と回答している（但し比例代表）。同紙は自民党が惨敗した７月の参院選前にも同様の調査を実施しているが、調査期間中に民主と自民の差が最も拡大した時でも、その差は12ポイントだった（図４参照）。それが12月調査では15ポイントまで拡大しているのである。比例代表に限定した調査ではあるが、この結果は自民党にとっては極めて深刻な数字だ。これらの数字は、もし今、総選挙が実施されたなら、自民の単独過半数割れに留まらず、連立与党の過半数割れの可能性をも示唆しているからである。

　有権者は連立与党が勝っても衆参のネジレ現象が解消されないことを理解している。有権者は野党が勝利すればネジレ現象を簡単に解消できることも知っている。さらに有権者の多くは、少なくとも現時点では「大連立」よりも「二大政党制による政権交代」の方を支持している。そうであれば、有権者が「野党に勝たせよう」と考えるのは、極めて合理的且つ自然な判断であるといえる。

6　破綻した「偽」改革路線

　今年の東京株式市場は、米国市場の急落を受けて、初日の日経平均株価の下げ幅が一時700円を超す全面安の展開となり、波乱の幕開けとなった。ニューヨーク市場の下げ幅は４日までの１週間で565ドルに達していた。直接的な要因は原油高と米国景気後退懸念の台頭だった。同日朝に発表された昨年12月の米雇用統計で、非農業部門雇用者数が前月比１万8,000人増と４年４ヵ月ぶりの低水準になったのに加え、4.7％前後で推移していた失業率が一気に5.0％に跳ね上がった（図５、６参照）。低所得者向け高金利住宅ローン（サブプライムローン）の焦げ付き問題の影響が遂に実態経済に波及し始めたことが裏付けられた。

　雇用統計の悪化を受けて、ブッシュ大統領は「米経済の基盤は堅調だが、景気拡大を当然視できなくなった」と、景気失速への強い危機感を表明し、直ちに景気対策の検討に着手した。景気対策は減税・雇用や福祉対策などを中心に500億ドル〜750億ドルの規模が必要との指摘（サマーズ元財務長官）もある。

　米国の景気失速懸念が強まるなかで、日本経済への影響を心配する声も高まり始めた。米国市場の収縮と円高の同時進行は、海外市場依存の景気回復という小泉「改革」の前提を根底から覆す。加えて、原油高などの資材コストの増加が人件費にしわ寄せされる懸念がある。賃金の抑制は個人消費を低迷させ、景気後退リスクを高める。

　しかし、日本政府の対応はまるで「対岸の火事」だ。“改革派”の渡辺金融担当相は大発会後、株式相場の大幅に下落についてこう語った。「こういう不安定な時代に波乱はつきもの。波乱の原因を考えてきちんと対策を打ち出せばいいだけの話だ」「改革の方向性をきちんと打ち出すことができれば、貯蓄から投資への流れができる――」。しかし「波乱の原因」が何か、「きちんとした対策」が何かについてはまったく言及はなかった。

　一般に“改革派”と称される政治家やエコノミストのコメントはいつもこうである。まるで壊れたレコードのように、ただ「改革、改革…」と繰り返すだけだ。「改革」が何を意味するのか、その具体的内容についてはほとんど言わない。たとえば、日本の株価低迷について、竹中元総務相はこう述べている。「日本の改革の勢いに陰りが出たと世界はみており、株価低迷などに反映している」（日経セミナーでの講演）。

　竹中氏ら“改革派”は、「改革」が不十分だから株価が低迷している、と主張する。これは「ご利益が無いのは信仰が足りないからだ」という新興宗教のキメ台詞と同じだ。株価が低迷しているのは「改革の勢いに陰りが出た」からなどではなく、そもそも「改革」が「偽」だったからである。

　「改革」で日本の株価が上昇したというのは幻想に過ぎない。実際、海外投資家の多くは、小泉「改革」は株式市場にネガティブと見ていたし、日本の株価が上昇に転じたのは、小泉首相の退陣が確定的になって（た）からである。急激な不良債権処理を行えば、デフレ圧力が強まり、景気は失速、株価も急落する。しかしイラク攻撃を控えたブッシュ政権は、日本に不良債権問題の早期解決を求めた。そこで小泉政権は、民間企業に急激なバランスシート調整を迫りつつ、同時に歳出を削減し、さらにその負担をすべて日銀に負わせるという異常な政策を強行した。

　こうして財政引締めと超低金利政策とによって行き場を失った大量の円資金が海外市場に流出し、過剰流動性を生み出した。この流動性が、結果的にブッシュ政権のイラク戦争をファイナンスし（＝ドル暴落を回避し）、日本の輸出企業のための需要を海外に創出した。そして日本経済はもっぱら海外市場に依存することにより、深刻なデフレから脱却したのである。事実、小泉「改革」と併行して日本の輸出依存度が急速に上昇している。つまり、小泉「改革」は日本の貯蓄を海外に流出させ、本来、国内で創出すべき需要を海外に移転し、一部の輸出企業と投資家を儲けさせたというだけの話である。国内が疲弊するのは当たり前である。このどこが「改革」なのか。

　一方で、過剰流動性は米国の住宅バブルを引き起こし、一時的に株式市場を押し上げる要因にもなった。しかし、結局、住宅バブルは崩壊し、サブプライムローンの焦げ付き問題が株式市場を崩落させている。要するに、米国の住宅バブルもサブプライムローンも小泉「改革」が発端であり、そのツケが今、回ってきたのである。したがって、必要なことは、「偽」改革を直ちに止めることであり、継続することではない。

7　新自由主義の黄昏

　さて、日本を疲弊させた新自由主義は、本家の米国でも深刻な事態を招いている。その代表が所得格差で、これが大統領選の重要な争点になっている。ヒラリー・クリントン上院議員は選挙キャンペーンを通じて、2005年の米国民所得の22％をわずか１％の富裕層が占めており、「ブッシュ政権下で所得格差は1929年の大恐慌以来最大になった」と繰り返し訴えている。

　米国における所得格差は、80年代のレーガン政権時代から急速に拡大し始めた。格差はクリントン政権時代にも拡大した。しかし、クリントン前大統領は1993年、富裕層に対する所得税増税を実施し、貧困家庭の児童に対する公的医療保険制度も実現させた。反対にブッシュ大統領は富裕層への減税を実施した。その結果、クリントン政権下では中位所得が1992年の43,135ドルから2000年には49,163ドルに増加したが、ブッシュ政権下では2000年以降、中位所得が1,000ドルも減少している（国勢調査局）。

　一般的な所得格差の原因としては、海外市場における低賃金労働との競争、労組の影響力の低下、アウトソーシングの拡大、ウォール街のインベストメント・バンカーや最高経営責任者（CEO）への天文学的な報酬――などが指摘されているが、民主党の大統領候補たちはそろって、格差拡大の原因はブッシュ大統領と共和党の金持ち優遇政策にあると主張している。

　民主党候補のなかで最も進歩的なポピュリストとみられているのがジョン・エドワーズ元上院議員である。彼は富裕層に対する増税、医療の皆保険制度の導入、学生への支援拡大、貿易規制強化などを訴えて、他の民主党候補の政策にも大きな影響を与えている。ほとんどの民主党候補は、ブッシュ大統領が実施した年収25万ドル以上の家族に対する減税を撤廃することを公約に掲げている（共和党候補は恒久化を公約している）が、そのなかでエドワーズ候補は年収「20万ドル以上」への減税を就任後、直ちに廃止し、「国民皆保険制度」や中間所得層の支援プログラムの財源に回すと公約している。彼は、大企業の貪欲さと権力がアメリカ民主主義を牛耳っていると公言して憚らない。もちろん大企業からの選挙資金は受け取っていない。そんなエドワーズ候補がアイオワ州党員集会でクリントン候補を押さえて２位になったことは、経済格差と貧困の拡大で、米国の有権者が政府と行政の重要性を再認識し始めたからだとみられている。

　日本でも最近、重要な変化が見え始めた。経団連の御手洗会長は、今後10年以内に主要国中で「最高水準の所得」を達成することを目標に掲げた。しかし、その目標を達成するには競争力一辺倒、成果主義偏重の姿勢を改める必要がある。『日経ビジネス』オンラインが実施した世論調査では、「成果主義が仕事への意欲を低めている」との回答が41.4％と、「高めている」（18.0％）の２倍以上に達した（「このままでは成果主義で会社がつぶれる」NBonline、2007年12月10日）。

　新自由主義は経済を疲弊させ、多くの人間を不幸にした。政権交代によって、政策の方向を大きく転換できるチャンスが、間もなくやってくる。