労働総研ニュース:No.247 2010年10月
目 次 |
深刻化する釜ヶ崎日雇労働者 海老一郎 |
2008年秋以降の釜ヶ崎には、世界同時不況(リーマンショック)の影響で「派遣切り」に遭った労働者の相談が目立ってきた。 西成労働福祉センター窓口において、製造業などの現場で「派遣切り」を受けた労働者の相談を受け始めたのは、2008年12月に入ってからである。ほとんどの労働者が、日雇い派遣で就労先を解雇され、中には名古屋から数日間かけて徒歩で大阪に来た者もあった。多くの労働者が、雇用保険などの雇用・失業保障の適用を受けていない。 大阪府では、1994年から実施されている高齢者特別清掃事業に従事する者(55歳以上)を対象に「あいりん地域高齢日雇労働者就労機会確保対策事業」が実施され、就労日数が月5〜6日に加え、1ヶ月に123名の者が年間8日程度就労することができている。 西成労働福祉センターでは2001年度から国の委託事業として「日雇労働者等技能講習事業」を実施している。主として建設業に必要な資格(車両系建設機械、フォーリフト、玉掛け、ガス・アーク溶接、小型移動式クレーン)や職種転換型講習(林業造園・介護ヘルパーなど)を中心に2009年度は47科目1,012名規模で行っている。この制度は、公共職業安定所で実施している「公共訓練」や2009年度7月から緊急雇用対策で実施している「緊急人材育成・就職支援基金事業」の「訓練・生活支援給付」のような生活保障はない。 急増する稼動年齢層の生活保護受給中の日雇労働者の就労支援策として、2009年11月から厚生労働省(大阪労働局)、大阪府、大阪市と協議を行ない、一定の要件を満たせば、生活保護受給者も技能講習を受けられるようになった。2010年5月現在126名の生活保護受給者の相談を受け、2009年度(11月〜3月末)は26名、2010年度は9月現在65名の受講者があった。最近の傾向としては、建設日雇として就労するために必要な資格からフォークリフトなどの運輸業や林業・介護等への職種転換に必要な資格取得の講習を受講する者が増えている。 各保健福祉センターの自立支援担当者や各ケースワーカーとの連絡調整をもとに、介護ヘルパー体験(入門)講習からヘルパー2級取得講習や林業体験(入門)講習から林業・造園職種転換講習への誘導を行っている。受講者の中から、緊急雇用対策の森林作業や「緑の雇用事業」、介護雇用プログラムなどへの紹介を試みている。しかしながら、各保健福祉センターではケースの急増できめ細かな対応が困難である中で、担当者との連携がますます重要になってきている。 (えび かずお・会員・財団法人西成労働福祉センター職員)
日本の未来、平和と民主主義、国民・労働者の暮らしにかかわる重大な問題として、比例定数削減が政治の一大焦点に浮上しています。そこで、「比例定数削減──支配勢力のための強権国家づくり」というテーマで、昨年秋、ブックレット『比例削減の危険な狙い』を緊急出版し、その後、各地の学習会で講演している弁護士の坂本修さんにインタビューしました。 急浮上した比例定数削減への動き ──7月の参院選後、比例定数削減の動きが急浮上しています。最初にこの動きをどう見るかについて触れていただければと思います。 坂本 参院選に敗北した民主党の菅直人首相は、国会議員定数のうち衆議院比例80議席、参議院40議席を削減する、という方針について、12月までに与野党の合意を図るよう指示しました。菅首相はさらに衆議院の予算委員会で、「できるだけ年内に実行できるようなテンポで議論をすすめていただきたい」と述べました。その後、民主党代表選挙がおこなわれ、菅直人首相が勝利しましたが、この代表選挙では、菅直人首相はもちろん、小沢前幹事長も、比例定数削減については、「成立させるようめざしていくべき」とのべています。比例定数削減は、昨年の総選挙、ことしの参議院選挙の公約であり、民主党内は一致しています。 今回の民主党の一連の動向は、菅首相のあれこれの政治的思惑の問題ではありません。財界のための安定した政治を実現するためには完全小選挙区制こそが必要だと考える財界と支配勢力の意向を踏まえて、比例定数を削減することによって、完全小選挙区制に一気に近づけるという財界方針を、政権与党・民主党として“実行段階”にエスカレートさせたものです。国民主権、基本的人権を原理とする憲法に反する“壊憲”的暴挙といわなければなりません。時機を失せずに「法案の提出を許さない」世論と運動を広げるために立ち上がらなければならない緊迫した情勢だと強く思っています。 構造改革路線の深刻な矛盾と支配勢力の危機感 ──それにしても、なぜ、いま比例定数削減が急浮上してきたのでしょうか。その背景には、なにがあるのでしょう 坂本 比例定数削減、いっそうの小選挙区制化というのは支配勢力の長い間の念願で根の深いものがあります。少数民意をも不十分ではあっても反映することができた中選挙区制(準比例制、1つの選挙区から3〜5人を選出することを基本とする選挙制度)を廃止し、民意を切り捨て、死票の山をつくり、財界本位、アメリカ追随の政治を遂行する2大政党による政治をおこなう、そのために小選挙区制を実現するというのが一貫した支配勢力の戦略的方針でした。 小選挙区制導入をめぐって厳しい攻防が続いていた1993、94年当時、財界の求める政治「改革」、選挙制度「改革」の“旗振り役”となっていた小沢前幹事長は、小選挙区制を導入して、「思想と基本構想を同じくする2大政党」政治を「ダイナミズム」を持っておこなうべきだと主張しました。日米軍事同盟を強化し、大企業本位の政治を続け、そこから生じる矛盾を抑え込んで、強権的な政治をダイナミックにおこなうというのです。それが、小選挙区制導入を強行させた財界・支配層のねらいです。 その結果、現在の小選挙区・比例代表制が導入されることになりましたが、この制度が民意をゆがめる選挙制度であることは明白です。たとえば、昨年の総選挙では、共産党の比例での得票率は7%余ですから、民意を完全に反映する完全比例代表制なら34議席獲得できたはずです。しかし、実際の議席は9でした。一方、民主党は、本当は204議席のはずが308議席にふくれ上がっているのです。現行選挙制度がいかに民意をゆがめるものであるかは、この一事をもっても明らかです。 そうした選挙制度のもとで“虚構の多数”を握った自民党政権は、国民の支持が低下するなかで、公明党と連立を組み、小選挙区は手堅い公明票を継ぎ足すという“掟破り”の手法をとって、相対的多数であれば小選挙区で圧勝できるという小選挙区制のからくりを活用して悪政をすすめました。 《「虚構の多数」のもとで推進された新自由主義的構造改革と日米軍事同盟強化》 ──そうして、自公政権はどのような悪政をすすめたのでしょうか。 坂本 現行の小選挙区・比例代表並立制による選挙がおこなわれたのは1996年10月の総選挙からです。その後、どのような政治がおこなわれたのか。 ひとつには、財界・大企業だけが大もうけできる「弱肉強食の国」づくりの新自由主義、構造改革路線が強行されました。その被害は、消費税アップ、社会保障の切り捨てなど全国民に及びました。 ここではとくに、5000万人を超える労働者の生活に何をもたらしたかについて、詳しく話すことにします。労働の分野では、労働者派遣法の相次ぐ改悪をはじめ、労働基準法改悪など労働のルールが破壊されました。 97年当時は1152万人だった非正規労働者は、現在では1721万人(2009年)へと1.5倍になり、労働者全体に占める非正規労働者の割合は22.3%から33.6%へと急上昇しました。それと同時に、年収200万円以下のワーキングプアは97年の814万人から08年の1067万人へと250万人以上も増加しました。そのなかで、正規労働者の賃金は、97年の507.2万円から2009年の477.7万円へと30万円近くも減少しています。財界・大企業は低賃金・無権利の派遣労働者・非正規労働者を大量に活用し、その劣悪な労働条件を重しにして、正規労働者の賃金の切り下げも進めたのです。 その矛盾が、リーマンショックを契機とした経済危機の中で、一気に爆発します。一昨年の「派遣村」を契機に、労働者を使い捨ての消耗品扱いする派遣労働のあり方と自動車や電機をはじめとした大企業の横暴が大きな社会問題となりました。それは自公政権が強引に進めた新自由主義的「構造改革」路線批判の世論をひろげる力になったのです。 もう一つには、日米軍事同盟を侵略的に強化し、「戦争をする国」への動きを強め、憲法改悪への策動が激しくなりました。1999年にはアメリカの侵略戦争に協力するための日米安保ガイドライン・戦争法が強行され、アメリカが始めたイラク戦争に加担してイラクに出兵するための戦争立法などが次々とつくられ、日米安保体制の侵略的強化が強引にすすめられました。この動きと軌を一にして憲法9条の改憲策動も重大化し、06年に登場した安倍自公政権のもとで、憲法の改正手続きに関する法律・国民投票法が強行されました。 支配勢力が望んだ政治は、自公政権によって、新自由主義的構造改革路線、「戦争をする国」づくりとして具体化されましたが、その矛盾が深まる中で、国民・労働者の強い反発を招くようになりました。それは、労働法制改悪反対のたたかいの前進、海外派兵法など戦争立法反対のたたかいの広がりとなってあらわれました。とりわけ、2010年までに改憲国民投票をおこなうという安倍内閣の公約は、国民の厳しい批判を巻き起こし、自民党は07年参議院選挙で、「歴史的な敗北」をし、安倍内閣は崩壊し、その後、福田内閣、麻生内閣と政権をたらい回しにして、国民の支持を回復しようとしましたが、支持率はとめどなく低下しつづけました。 支配勢力は、そうした状況に危機感を強めるようになったと思います。彼らは、自民党がダメになったら、それにかわる政党が政権につく仕組みをつくる、2大政党制こそが財界本位、アメリカ追随という支配勢力のための政治を安定的におこなうカギになっていると考えていたのです。マスコミもこぞって2大政党による政権交代がはかられてこそ日本の政治が改革できると大キャンペーンを繰り広げました。02年には経済同友会がアメリカ型の「2大政党」づくりを提言し、翌03年には日本経団連も「2大政党」づくりの大号令をかけ、2大政党つくりの動きが本格化します。そのなかで、政党再編がすすみ、いまの自民、民主という2大政党という構図がつくられることになりました。 支配勢力にとっては、これで一安心ということになるはずでしたが、いま述べた国民の批判はさらに強まり、支配勢力の思惑を超える新たな事態がうまれたのです。 《自公政権への歴史的審判と矛盾の深さ支配勢力の強まる危機感》 ──“支配勢力の思惑を超えた”とは、どのような事態なのでしょうか。 坂本 昨年の総選挙で、国民・労働者は、財界のための新自由主義的構造改革、日米軍事同盟強化の路線をとってきた自公政権にたいして歴史的審判を下しました。自民党は、公示前の185議席から119議席へと3分の1以上も議席を減らし、連立与党を組んでいた公明党も31議席から21議席へと大きく後退し、自公政権が退場することになったのです。それは財界・支配勢力のための政治に対する国民・労働者の怒りの声の反映でした。 財界のための新自由主義的構造改革路線がすすめられるなかで深刻な矛盾が生まれ、支配勢力の予想を超えた国民的反撃が開始されました。一連の派遣切りにたいする「派遣村」を契機とした労働者派遣法の抜本改正を求める草の根からの社会的反撃、高齢者だけを別の医療制度に囲い込む差別医療制度である後期高齢者医療制度に反対する運動の広がり、日米軍事同盟強化路線にもとづく米軍基地再編に伴う基地反対闘争の前進、沖縄の普天間基地撤去のたたかいなど、多様な国民的反撃が展開されました。 財界にとってショックなのは、こうした国民的な反撃のなかで、2大政党の一つである民主党が、財界の許容範囲を超えた政策を掲げて、自公政権との政権交代を実現したことです。民主党は政権交代実現のために、労働者派遣法改正、後期高齢者医療制度廃止、普天間基地の県外移転・撤去などを公約に掲げたのです。すべて支配勢力の意向と異なる政策です。政権交代を実現するためには、民主党にはそうした公約を掲げざるを得なかったのです。支配勢力は本来、自分の思い通りになるはずだった2大政党の一方の当事者が国民の要求に耳を傾ける、そうした“変身”をしないと、自公政権の受け皿になり得なかったという矛盾に直面したわけです。 もし、この状況で民主党が本当に国民と力を合わせて、国民的要求の実現に全力をあげたら、財界・支配勢力の思惑をのりこえて政治は大きく前進する可能性があったと思います。しかし、財界・支配勢力、アメリカはそれを許しませんでした。民主党は掲げた公約を破り捨て、財界、アメリカなど支配層に全面屈服しました。後期高齢者医療制度も存続、労働者派遣法の抜本改正は事実上見送り、普天間基地問題では国民のだれもが分かる形ではっきりとした裏切りをおこないました。裏切りが明白になる中で、鳩山民主党政権は急速な支持率の低下を招いて、あえなく退陣。代わって登場した菅内閣は、財界がかねてから主張してきた消費税増税と法人税減税を打ち出し、日米同意を忠実に実行するという政治姿勢を明確にしました。財界とアメリカに忠誠を誓う内閣の姿勢をあらわに示したのです。 今年7月の参院選挙では、国民は、そうした民主党にたいして厳しい審判を下しました。といって、自民党を勝利させたわけでもありません。03年の参議院選挙で自民、民主の「2大政党」の得票率はあわせて72.35%でしたが、今年の参院選では、あわせて55.63%に17ポイントも低下しています。「今回の参院選の比例代表の得票率をみると、大敗した民主党だけでなく、改選第1党となった自民党も低下し『2大政党離れ』が鮮明になった」(「日経」7月12日夕刊)といわれるように、「2大政党」に国民的不信が突きつけられたのが最大の特徴だったと思います。小選挙区制導入を土台に、財界の大号令のもとに進められてきた「2大政党」づくりの矛盾が表面化しはじめたのです。 財界・支配勢力のために競い合う「2大政党」による安定した政治をもくろんだ基本戦略は、足元から崩れ始めるという重大な危機に直面することとなったのです。 彼らは、「2大政党による安定支配」という点で失敗しただけではありません。平和に人間らしく生き、働きたいという国民の要求が高まり、政治を変えようという動きと、支配勢力が国会から抹消しようとしたが失敗した革新政党の活動が結びあい、響き合って、政治を大きく動かし、前進させる客観的な条件が生まれてきている。支配勢力は、そのことをよく知っており、2重に危機感を強めているのです。 《“虚構の多数”による強権国家づくり》 ──財界にとっては、今年の参議院選挙は、去年の総選挙に続いての“一難去ってまた一難”というわけですね。 坂本 この2重の危機を乗りこえるために用意した“劇薬”が、比例定数の削減攻撃だと思います。支配勢力は、この“劇薬”を使用することによって、財界・支配層のための強権国家をつくり上げようとしています。 「論より証拠」といいますが、衆議院の比例定数が、民主党のいうように、180から100に削減された場合、どうなるか、〈表〉をみると、そのことがよくわかります。 次の総選挙で、各党が、昨年の総選挙の得票通りになると仮定すると、支配勢力の狙う9条改憲・消費税アップ・強権政治を推進しようとする2大政党、民主と自民が全議席の92%を占めてしまいます。とりわけ、民主党は、4割台の得票しか得ていないのに、7割近くの議席を占めることになる。そうなると、仮に参議院で法案が否決されても、衆議院で3分の2以上の賛成による再議決で、どんな悪法でも成立させることができる。いわば、“虚構の多数”による“独裁”政治が可能になるわけです。 それにたいして、9条改憲反対・消費税増税阻止の共産党は、昨年の総選挙では比例の得票率は7%余を占め、9議席を獲得していましたが、比例定数を削減されると、同じ得票を得ても比例議席は4議席に減少します。社民党は比例得票率4%余で比例が4議席ありましたが、それがゼロ。両党合わせて800万票に近い得票の大半が死票になってしまうのです。 少数政党が切り捨てられること自体、民意切り捨てであり重大な問題です。しかし、それだけでなく、実は、国民の“多数意思”の切り捨てという問題がうまれます。たとえば、9条改憲反対は世論調査では6割を超えています。消費税増税反対も5割を超えています。9条改憲反対、消費税増税反対は国民の“多数派”です。そうした意見を持っている人が、選挙にあたって、9条改憲反対、消費税増税反対をかかげる政党に投票しても死票になってしまうからです。 「2大政党」にたいする国民的不信がひろがるなかで、財界・アメリカが求めている政治を実現するために、支配勢力に反対する政党を国政の舞台から排除する、そうして民意をゆがめて、国民の支持が少々低下しても“虚構の多数”を維持し、「2大政党政治」をおこなう、そうすれば、国会を悪法の自動製造機関にし、思い通りの強権的政治が実現できる、ここに支配勢力の比例定数削減の最大のねらいがあります。
財界・大企業の横暴な労働者支配を押し付ける強権国家づくり ──そうなると、労働者にはどのような影響がもたらされるのでしょうか。 坂本 大きな禍が広がります。財界・大企業は、自ら音頭を取って新自由主義的構造改革路線をすすめ、そのなかで、暴利をむさぼってきました。そのことを端的に示しているのが、大企業がためこんでいる巨額の内部留保です。 1998年には、労働者派遣法改悪を強行し、低賃金で使い捨て可能の派遣労働者を大量に活用できるように労働のルールを破壊するなかで、大企業の内部留保は、98年度143兆円だったのが、07年度は228兆円に達し、リーマンショック後もの経済危機のなかでも積み増しを続け、09年度には257兆円にのぼっています。実に10年余りの間に、114兆円以上も積み増しています。貯めこんだ内部留保は、海外進出のための資本として活用したり、有価証券などの投資に回し、さらなる利潤を追求しています。 労働者が苦しもうと、賃金水準が下がって内需が不振になって需給ギャップが著しく拡大し、内需不振で日本経済が深刻な危機におちいっても“われ関せず”というのが財界・大企業です。利潤至上、労働者と国民がどうなろうと知ったことではない、“わが亡きあとに洪水は来たれ”というわけです。 日本の財界、支配勢力は、リーマンショック後の経済危機をむかえても、そうした方針を改めようとしません。たとえば、13兆円以上の内部留保をため込んでいる、わが国のトップ企業であるトヨタ自動車です。新興国向けの輸出やエコポイントなどの需要拡大策で生産を増やさなければならなくなると、非正規労働者を活用し、それが一段落すると、非正規労働者の首切りをおこなっています。トヨタ自動車は、3月末に約2,300人だった期間従業員を7月末には約1,800人まで削減しているのです。“非正規切り”があれほど重大な社会問題になったのに、こっそりとあいもかわらぬ「使い捨て労働」として非正規労働者を利用しているのです。 こんなやり方が続けば、日本の未来はどうなるのでしょうか。 9月に発表された厚生労働省「若年者雇用実態調査」によれば、若年労働者を生計状況は、「自身の収入のみ」で生活しているのは44.0%にすぎず、「自身の収入+他の収入」で生活しているのが46.8%となっています。非正規労働者の場合、その比率はもっと高くなり、「自身の収入+他の収入」が50.9%、「自身の収入のみ」が30.3%となっています。非正規労働者で「自身の収入+他の収入」で生計を維持している人の月収は15万円未満が7割近くを占めています。これでは、自分の収入だけでは生活できず、親から支援を受けなければ生活ができないというのも当然です。 おそらく若年者の生計の一端を担っているのは、“団塊の世代”前後の世代だと思います。その世代は、退職期を迎え、現役時代のように息子や娘の生計の面倒を見るのはいよいよ困難になるでしょう。「貧困」はさらにすさまじい勢いで広がり、そうなれば、日本経済はますます落ち込み、社会崩壊につながることは必至です。 こんな悲惨な状況が広がっても、支配勢力、財界・大企業は、自分たちが大もうけができればどうでもいいことなのです。 でも、そんなことになったら、労働者・国民が黙っているはずはありません。当然、こうした状況の打開を求める運動が前進し、政治の変革を求める声が強まるでしょう。 これをどうやって抑えつけるのか。もう戦前の治安維持法や戦後のレッドパージのようなやり方で弾圧できる時代ではありません。形の上では「民主的な選挙」で、「合法的」に支配する仕組みが必要だと支配勢力は考えているのです。そのために、比例定数削減を強行し、財界言いなりの2大政党が国会の圧倒的多数を占め、財界やアメリカにきっちりものをいい、たたかう政党を排除できる制度をつくる。そうすれば、運動の前進を抑え込み、無力にすることができると、支配勢力は計算しているのです。 もちろん、どんな仕組みになっても、労働者・国民はたたかうに違いはありません。しかし、比例定数が削減されれば、切実な国民諸階層の要求を国会に反映させることは困難になります。国民諸階層の要求に耳を傾け、その要求を実現しようという政党は排除され、そうした政党の議員は存在してもごく少数になり、切実な要求にもとづくまともな国会論戦も十分におこなうことができなくなります。請願の紹介議員にも事欠く事態が生まれます。労働者・国民のたたかいに、いまをはるかに超える困難が生まれるのは目に見えています。 比例定数が削減されれば、2大政党の民主、自民両党の支持率が低下しても、かれらは国民・労働者の切実な要求にいっそう背を向けるでしょう。ここでは詳しく話すゆとりがありませんが、比例定数削減に先行して、国会法「改正」と一連の国会「改革」法案の制定がたくらまれています。いずれも「国権の最高機関」(憲法41条)である議会の地位を引き下げ、内閣を優位させ、強権政治を実行するための仕組みです。両者が一体となって、財界とアメリカの言いなりの悪政がダイナミックに強行される、こんな暴挙は絶対に許すわけにはいきません。 憲法改悪にも匹敵する議会制民主主義の危機──“壊憲”の暴挙 ──国民の意思、切実な要求が国会反映されない、それは、日本の議会制民主主義の根幹にかかわる非常に重大な問題だと思います。どうお考えですか。 坂本 比例定数削減は、憲法が保障する議会制民主主義を根本からくつがえすものです。その点について、国民主権、基本的人権という憲法原理にもとづいて深くとらえる必要があると、私は考えています。 憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求にたいする国民の権利については……立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」と明記しています。人の人生は一人ひとりかけがいのないものだ、人間は尊重されなければならない、国民は自分や家族の幸福を追求する権利がある、そういう国民の権利について、国の政治は最大の尊重をする必要がある。つまり、国の政治は、国民のためにこそおこなわれなければならないということです。 国民のこうした権利は、憲法前文で「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」とうたわれているように、参政権(投票権)を行使して、国民の代表を国権の最高機関である国会に送りだすことによって保障されます。ですから、選挙制度は本来、そうした国民の権利を保障するものとして機能するものでなければなりません。 国民の代表として国会議員を選ぶ選挙制度は、そうした憲法の基本的な原理に合致するものでなければならず、支配勢力や多数党が法律で制度を好き勝手にしていいものでは決してないのです。 比例定数削減は、くりかえし述べてきたように、現行の制度以上に、いっそうの死票の山をつくり、2大政党が絶対有利で少数政党を排除し、民意を大きくゆがめる選挙制度です。その意味で、比例定数削減の策動は、「議会制民主主義」のいっそうの形骸化をはかるものであり、憲法9条改憲に匹敵する暴挙です。しかも、この企みは、憲法9条改悪に反対する政党を国会から締め出すことによって、解釈改憲(集団自衛権の容認など)、立法改憲(恒久海外派兵法制定など)を実行し、さらに進んで、憲法審査会での改憲原案審議、改憲国民投票にすすむ道を開くこととも連動します。その意味では、2重3重の“壊憲”策動に他ならないのです。 比例定数削減のたたかいの展望──たたかってこそ勝利できる ──重大な事態だと改めて痛感しましたが、たたかいの展望についてはどう考えていますか。 坂本 すでに話したように、事態は重大で緊迫していると思います。しかし、たたかえば必ず勝利できると、私は確信しています。 第1に、不十分であれ、民意を反映する比例部分を削減するということには、何の大義名分もありません。ですから、比例定数削減に反対している共産党や社民党はもちろん、国会議員の定数削減を唱えている政党の間でも矛盾があり、そのことは簡単に解決のできない構造的弱点になっています。国会議員の定数削減を主張しているみんなの党も、公明党も、さらには、自民党の幹事長になった石原伸晃氏も民主党案に反対しています。この状況下で、参議院で過半数を得ていない民主党が比例定数削減を強行することは簡単なことではありません。 第2に、93〜94年の小選挙区制導入の時に熱狂的にキャンペーンに使われた、比例定数削減を合理化する理由がすべて成り立たなくなっていることです。現行の小選挙区制は、「金のかからない政治」「政権交代で国民の意思が反映する政治」「政治改革で構造改革を推進して、活力ある経済の実現」などをスローガンにマスコミも大キャンペーンを張るなかで、国民をごまかし、強引に導入されました。しかし、いまは、そんなキャンペーンは通用しません。小選挙区制が導入されても、「金のかからない政治」が実現できないどころか、民主党も自民党も、政治とカネの疑惑にまみれています。とにもかくにも、政権交代も実現したわけで、これ以上に比例定数削減をする理由にはなりません。 なによりも、実生活の証明があります。小選挙区制を大幅に導入して以降、今日までの16年間は「改革」の名の下で耐えがたい生活の破壊の連続でした。民意歪曲、切り捨ての2大政党制は、政治を「劣化」させ、国民に大きな禍をもたらすことは、いまや、圧倒的多数の国民の知るところになっています。 このように、かつての宣伝は使えなくなっていますが、とはいえ、支配勢力はしたたかです。彼らは新たな宣伝として、「国会議員の数が多すぎる」「我が身を削って、無駄を省くために、定数削減をすべき」と、強調しています。この宣伝は、現状ではかなりの国民にそう思わす力を持っています。「読売」の調査では、7割が「国会議員の数は多すぎる」と答えています。 しかし、事実と道理に照らせば、この宣伝は打ち破ることができるものです。先進資本主義国の中では、わが国の国民一人当たりの国会議員数は、〈図〉が示すように、実に少ないこと、国会議員削減は、国権の最高機関である国会に民意を反映することができなくなること、つまり「削られるのは民意である」こと、ムダというなら320億円もの政党助成金(この16年間の総額4842億円)こそ廃止すべきであることを明らかにすれば、私の学習会の経験では、みんな納得してくれます。 ですから、小選挙区制導入当時は、全面的にこの策動を支持し、キャンペーンを繰りひろげたマスコミは、そうしたキャンペーンを堂々とはおこなえずにいます。それどころか、信濃毎日新聞など多くの地方紙では「多様な民意を反映しない」と比例定数削減を批判し、議員定数を削減するより、共産党以外の政党が320億円を「山分け」している政党助成金を「仕分け」した方がより実質的な意味があるという正しい指摘が広がっているのです。 第3に、何よりも大きな勝利の条件は、私たち国民の力の強まりです。比例定数削減の攻撃は、相手の側の弱点で自動的にストップするわけではありません。たたかってこそ、勝利をつかみ取ることができます。問題は、私たち国民にその力があるかです。 たたかう力はたしかに存在していると、私は確信しています。安倍首相を先頭にしての明文改憲強行の策動を阻止したことは、その証拠の1つです。さらに、昨年の総選挙、今年の参議院選挙結果は、大局的には平和に人間らしく生きること、そのための政治を求める国民の大きな力を証明しています。国民は、総選挙では悪政を続ける自民党政治に厳しい審判を下し、参議院選挙では、国民の切実な要求に背を向けた民主党を断罪しました。2つの選挙は、国民が、国民本位の政治を求めて模索しつつも、前進を開始している姿を浮き彫りにしました。そうした力を強めつつある国民は、比例定数削減という策動の正体をつかみ取る力を持っており、つかみ取ったなら、そうした暴挙を阻止することのできる存在です。この「存在する力」 なお多くが潜在している力 を掘り起こして、比例定数削減反対の一致点での共同の大河の流れをつくることが求められています。 さまざまな動揺はあっても、マスコミの主流は、なお、2大政党制支持です。小選挙区制についても、唯一残っていた下院での2大政党制が、その母国イギリスで崩れ、ついに大幅変更をおこなう国民投票が決まったことも、EU諸国など多数の国で比例代表制を基本にして政治がおこなわれていることについてもまともに報道していません。ですから、「法案の提出を許さない世論の形成」は、私たち一人ひとりの真実を語り、当然あるさまざまな意見の違いや疑問について、語りあう粘り強い活動なしには実現できません。「先手必勝」という言葉がありますが、いま、急いで法案の提出を許さない反対世論を草の根からまきおこすために、知恵を集めて動き出すことが勝利のカギです。
《労働組合のはたす大きな役割》 ──最後に、労働組合への期待を一言。 坂本 ええ。労働組合のはたす役割は決定的に重要です。日本の労働組合は、平和と民主主義の課題について独自のとりくみを強め、国民と一緒にねばりづよくたたかいをすすめてきた戦闘的伝統を持っています。60年安保闘争、93〜94年の小選挙区制導入反対闘争、そして、最近では戦争立法反対、9条改憲反対など、重大局面を迎えるたびに、労働組合は、そのたたかいの先頭に立ってきました。その伝統を今こそ生かしていただきたいと思います。そのためにも、比例定数削減の独自のとりくみを強め、まず、比例定数削減の学習会、多様な対話集会を皮切りに、「いまできることをなんでもやろう」と呼びかけ、話し合いを強めることが大事です。さらに、職場・地域での宣伝、憲法会議や憲法改悪反対共同センターをはじめ、すでに立ちあがっている多くの民主団体との共同の強化、国会議員にたいする働きかけなどこの間の経験を生かせば、さまざまな創意工夫で取り組みがすすむと思います。私たちには、やれることがたくさんある、そのすべてをやりきって、何としても比例定数削減の策動を阻止しようではありませんか。 そして、さらに、現在も“虚構の多数”を生み、政治をゆがめ、「劣化」させている小選挙区制を廃止し、民意を正しく反映する比例代表を軸とする、憲法に適合した新たな選挙制度にするために国民的な討論を起こし、打って出ようではありませんか。 私たちはこの国の未来を長く左右する重大な岐路に立っています。私たちの力で、比例代表削減を阻止し、民意の反映する選挙制度の実現をめざして力を合わせて、必ず勝利をかちとる そのために、みなさんとともに、自由法曹団の一人として、できることをやりつくす決意であることを述べて、私の話を終ることにします。
労働総研2010年度第1回常任理事会は、全労連会館で、2010年9月25日午後2時〜5時まで、熊谷金道代表理事の司会で行われた。 1.報告事項 藤田宏事務局次長より、ディスカッションペーパーやアニュアルリポートの発行など、定例総会以降の研究活動や企画委員会・事務局活動などについて報告され、承認された。 2.協議事項(1)藤田宏事務局次長より、入退会の申請が報告され、承認された。 (2)事務局次長より、企画委員会、『労働総研クォータリー』編集委員会、「労働総研ブックレット」刊行委員会などの構成について提案され、承認された。 (3)研究部会の設立申請状況が事務局次長より報告され、以下の研究部会が承認された。 ・賃金最賃問題検討部会 (4)「人間的な労働と生活の新たな構築をめざして」プロジェクトについて、今後の研究体制やスケジュールなどが事務局次長より報告され、討議の上、承認された。 (5)大企業問題研究会について事務局次長より報告され、討議の上、承認された。 (6)ブックレット・『労働総研クォータリー』普及、契約について事務局次長より報告され、討議の上、承認された。 (7)その他、欧州調査についてなどが事務局次長より報告され、討議の上、承認された。
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