労働総研ニュース No.259 2011年10月
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地震・津波・原発事故+TPP ―国家の危機管理能力と危機意識の欠如 青木俊昭 |
歴代政権党(主に自民党)による地震対策は、原発立地の問題にせよ高速道路建設にせよ、至る所で「安全神話」を振りまき、災害発生時の対応について危機管理を怠ってきた。その例が阪神・淡路大震災時の高速道路の倒壊であり、今回の東日本大震災後の福島原発への対応である。幸い、マグニチュード9という今回の大震災発生時に、かろうじて東北新幹線は大事故を回避できた。震災後、東北地方への生活物資、支援物資などの輸送は、高速道路やJRの鉄道貨物などを通じて行われ、災害に遭った道路や鉄道線路の一部も短期間に復旧させた。これら物流網や線路の復旧、原発事故への対応といった活動に従事した現場労働者の努力たるや並大抵のものではない。 原発事故後の多種の廃棄物処理に要する費用も多額に及ぶ。しかも、日本は、「トイレのない家」(使用済み核燃料を自前で処理できない)状態を放置してきたのである。 原発はこれまでも大小の事故を繰り返してきたが、今回の大震災と津波による事故は周辺地域だけでなく極めて広範に甚大な災害をもたらした。静岡県浜岡原発のように、東海地震という最も発生確率が高いエリア(地震の巣の真上)に立地しているものもある。これまでも原発事故発生のたびに良心的な科学者たちや一部のジャーナリストたちはこの点について警告を発し、危険性を訴え続けてきたが、残念なことにこの警告は無視され続けた。 国家による危機管理に対する鈍感さは、今に始まったことではない。政府は、増税と国債発行とで対策をとろうとしているが、財政上の制約という問題もある。震災復興を錦の御旗にして、新たな大衆増税を目論んでいるが、軍事費削減という「聖域」に手を付けず復興資金を捻出するのは問題である。アメリカでは、財政破綻と経済危機脱出のために保守派ですら軍事費削減を提唱し始めている。 日本にとって問題はこれだけではない。現在、オバマ政権主導で進められているTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋経済連携協定)にたいして、政府はすでに早期の検討を表明した。当初、TPP加盟が日本農業に大打撃となるとして農業団体などが反対を表明したが、対象となるのは農林水産物の貿易取引だけでなく、サービス貿易、知的財産権などを含む広範囲なものである。自国の食の安全確保、「食糧自給」の観点からも受け入れられない。原発事故の影響で日本の農水産物が海外市場で敬遠され、輸出は急減したにも拘わらず、政権政党や一部野党の中には休止中の原発再開を要求している。被災地農家はただでさえ大きな打撃を被ったというのに、である。 (あおき としあき・会員・東京情報大学)
はじめに 自公政権の崩壊が、主に小泉内閣以降の「構造改革」政治(雇用・社会保障の破壊、庶民増税など)に対する国民の蓄積された怒りの爆発であったことは明白であろう。国民生活の惨憺たる状況を前に、直前まで軍拡と「構造改革」のスピードを競い合った民主党は、政権奪取のために、一転して「生活重視」の旗を掲げ、国民の期待の受け皿になることに成功した。その意味で、民主党政権は、「古い政治の転換を」という民意に本当に応えられるのか、財界・アメリカの意向を最優先する自民党政治に回帰するのか、換言すれば、国民と財界・アメリカとの綱引きの中での船出であったといえよう。 政権交代から2年、ふらふらと出港した船は、結局、自民党の待つ古い港に帰還した。菅内閣は11年6月末、「社会保障・税一体改革成案」(以下「一体改革」)をまとめ、消費税率を10%まで引き上げるという方針を決定した。「4年間は上げない」という国民への約束を反故にしたものである。さらに8月には、民主、自民、公明による「3党合意」で、赤字国債発行のための公債特例法案成立と引き換えに、「子ども手当」廃止、高校授業料無償化見直しなど、同党の看板政策(マニフェスト)を投げ捨てる約束を交わした。国民への裏切り、自公への完全な屈服、自民党政治への回帰・一体化を決定づける「合意」であり、政権の正当性そのものが問われる重大な変節であるといわざるをえない。 政権交代2年で3人目となった野田佳彦新首相は、さっそく「3党合意」を順守すると約束。「一体改革」についても、これを継承し、来年の通常国会に消費増税法案を提出すると明言している。しかも、その手法は、彼の「(自公に)101回でもプロポーズする」という発言が示すとおり、「大連立」=数の力で悪政を推進させようというものだ。危険な状況を迎えつつある。しかし、野田路線が民意への真っ向からの挑戦である以上、早晩行き詰まらざるをえないことも事実であろう。問題は、いかに国民の被害を最小限に抑えるかであり、端緒のたたかいが重要な局面を迎えている。 「社会保障・税一体改革」は、社会保障削減と消費増税を、期限を決めて一体的におこなおうという計画である。それは、社会保障費に対する国と大企業の負担を軽減するために、社会保障そのものを縮小することと、消費増税によって社会保障費の負担を国民側にシフトさせるという、国・財界にとっては一石二鳥のねらいを秘める。本稿では、まず「一体改革」は社会保障をどのように変えようとしているかを明らかにしたい。そのうえで、「一体改革」に代わる日本と社会保障再生の基本的な方向を、さらに社会保障の財源をめぐる政策的な対決軸を明らかにすることを目的とする。 1 「社会保障・税一体改革」の基本的な特徴について まず、「一体改革」の基本的な特徴についてである。主要な中身は、先に述べたとおり、消費税率を「2010年代半ばまでに段階的に10%に引き上げる」、そのために「11年度(12年3月末)までに法制上の必要な措置を講ずる」というものである。 第1の特徴は、この中身は自民党案を踏襲、丸呑みしたものであるということである。この点について、権丈善一慶応大学教授(自公政権下で社会保障国民会議委員などを歴任)は、「この目標は自民党が昨年、国会に提出した『財政健全化責任法案』の内容と全く同じだ。社会保障の機能強化も、自公政権下の『社会保障国民会議』などの結論とほぼ同じになっている」と証言する(「朝日」11・7・12)。「一体改革成案」も、「社会保障国民会議」(福田内閣)、「安心社会実現会議」(麻生内閣)など、旧政権の「議論の積み重ねを尊重」したことを認めている。「一体改革」を議論し、推進した学者が自公政権時とほぼ同じメンバーであったことはこの何よりの証左である。 消費税を社会保障目的税にするという点も、旧政権と同じである。今後は消費税収が社会保障の水準を決める仕組みになるため、仮に現在の貧弱な社会保障制度を将来にわたって維持するだけでも、消費税率は20%をはるかに超える。生存権も増税次第というわけである。 第2の特徴は、「一体改革」は、「新経済戦略」(10年6月・閣議決定)、東日本大震災の「復興構想会議提言」(11年6月)、「環太平洋連携協定」(TPP)参加への検討などの政策と渾然一体となり、財界・アメリカが求める「日本改造計画」の一翼を担うということである。 「新経済戦略」は、「強い社会保障」をうたい、医療、介護、保育などを「日本の成長けん引産業」と位置づけ、社会保障の規制緩和、市場化、ナショナルミニマムの放棄を推進する。すでに「地域主権改革」一括法などで保育所面積の基準緩和と詰め込み保育が始まっていることは周知の事実である。 「復興構想会議提言」は、農林水産業への法人企業参入や道州制導入などを志向、東日本被災地を「構造改革」政治の実験場にしようと画策する。また、復興財源として10兆円を優に超える臨時増税を検討しており、これが消費増税と一体で国民の暮らしに襲いかかる。 TPPは例外品目なしの関税ゼロという究極の自由貿易であり、農林水産業の壊滅的打撃は不可避である。さらに、非関税障壁(輸入制限)撤廃で食料の安全性も脅かされる。財界・アメリカの長年の要求である混合診療の全面解禁、病院の株式会社参入も可能となる。「第3の開国」(菅元首相)どころか、「壊国」以外のなにものでもない。自民党も顔負けの露骨な財界・アメリカ追随路線である。 2 「一体改革」は社会保障をどのように変えようとしているか (1)社会保障の基本理念も「構造改革」路線に完全に回帰したことは言うまでもない。「自助・共助・公助の最適バランスに留意」して「改革」を進めるというが、自助が基本であり、共助で補完するのが社会保障であると強調する。自助、共助で対応できない困窮者には公助を行うというが、後述するとおり、生活保護の受給要件を切り下げ、社会保障を救貧対策に貶めようという意図が露骨である。 (2)社会保障「改革」を読み解くキーワードは、「機能の充実」と「給付の重点化・制度運営の効率化」である。「重点化・効率化」は給付抑制の別称にすぎない。公的保障の範囲を縮小し、カバーできない部分は「新しい公共の創出」の名で市場に任せようというものである。それでは「充実」に多少でも期待が持てるのか。増税分5%のうち、4%分は実質的に財政再建に充てられ、社会保障の「充実」は1%だけである。それも後で見るように、これが「充実」といえるのか、むしろ逆に改悪につながりかねない施策が目白押しである。「社会保障のための財源確保」が、消費税増税の口実にすぎないことは明白である。 (3)以下、「一体改革」で議論された具体的な社会保障「改革」の中身をみておこう。 【子育て・若者支援】 (1)「子ども・子育て新システム」は、市町村の保育を提供する義務をなくし、保育所の面積や保育士などの国の「最低基準」も廃止することで、公的保育を解体、営利企業の参入を促す制度である。保育所探しも、申し込みも利用者の自己責任、保育料も所得に応じた負担から利用時間に応じた負担(応益負担)に変わる。これが「機能強化」、「子育て支援強化」の中身である。民主党政権は2013年度の実施をめざしている。 (2)非正規労働者の医療保険、厚生年金適用拡大を検討する(最大で400万人)というが、労働者派遣法の抜本改正など肝心のワーキングプア対策はまったくない。これでは不安定雇用の固定化と、事業主負担を免れるための人員削減に拍車をかけることになりかねない。 【介護・医療】 (1)医療・介護の提供体制の「重点化・効率化」は、病床、施設を縮小、「在宅」へ誘導、給付費の抑制をねらう。2025年までに平均在院日数を2〜3割削減。介護施設も「重度者中心」に絞る。この重点化・効率化で公費を7000億円程度削減すると試算(2015年時点)。 (2)医療・介護から排除された高齢者の受け皿としての「地域包括ケア」構想、特養ホームの代わりに「サービス付き高齢者向け住宅」を増やす計画。▽低所得者が入れない(「高齢者住宅」にかかる費用は特養の1.5倍以上。特養と違い、営利企業の参入が可能)▽医療・介護が必要になると負担がさらに増える▽「寝たきり専用アパート」の拡大など「貧困ビジネス」が広がる、などの懸念が関係者からでている。 (3)市町村国保の財政運営の都道府県単位化で国保料(税)の大幅負担増をねらう。昨年5月、政府は市区町村に保険料を抑えるための一般財源投入をやめるよう通達を出すなど、2013年度を目途の広域化への地ならしが始まっている。また、受診抑制のために、現在の1〜3割の窓口負担にくわえて、外来患者が受診するたびに、新たに100円以上の定額負担上乗せを検討。100円の場合、1300億円の患者負担増と試算。さらに、70〜74歳の患者負担を2割に引き上げる、市販の風邪薬などは保険外にするなどを検討。介護被保険者年齢(現在40歳以上)の引き下げも検討。 【年金】 (1)年金支給開始年齢の68〜70歳へのさらなる引き上げ、厚生年金の支給開始年齢引き上げスケジュールの前倒しを検討。基礎年金の支給開始を1歳引き上げる毎に5000億円程度の公費縮小と試算。 (2)「マクロ経済スライド」(少子化と高齢化による影響率、年0.9%)をデフレ化でも実施することを検討。この制度は小泉内閣下で物価が上がることを前提に導入され、前年の物価上昇率から調整率(0.9%)差し引いて年金額を改定する仕組みである。しかし、物価下落が続き一度も発動されないできた。そこで今度は物価下落率に上記の調整率を足して年金改定をおこなおうというものである。仮に物価が1%下がれば、年金は1.9%下がることになる。これで毎年1000億円の公費縮小と試算。また、「特例水準」(据え置きとなっている過去の物価下落分2.5%)を3年間で解消する、すなわち年金を引き下げることも検討。 (3)民主党の「最低保障年金」構想は完全に先送り。「最低保障機能の強化」で、低所得者、障害基礎年金対策として、年収65万円未満(単身の場合)に対して、月額1.6万円(7万円と老齢基礎年金平均額5.4万円の差)の加算を検討(6000億円)。財源は高所得者の年金給付見直しで充てるというが、仮に年収1000万円以上から減額開始し、1500万円以上は公費を全額減額しても財源は450億円程度にすぎない。これでは明らかに財源不足であり、減額対象基準となる年収の大幅な引き下げは必至となる。 【貧困・格差・低所得者対策】 (1)低所得者対策の「目玉」として、医療・介護・保育・障害者福祉の利用料負担の合計額に上限を設ける「総合合算制度」の創設をうたうが、具体的中身はすべて「検討中」。しかも、「総合合算制度」の創設は「社会保障と税の共通番号制度」導入が前提である。負担と給付を一括して把握するねらいを持ち、「負担なければ給付なし」という思想の具体化である。経済同友会は「給付が負担を上回る場合には、死亡時に相続税の基礎控除額を削減」せよなどと要求している(2010年6月)。 (2)生活保護制度の見直し。「最低賃金や基礎年金水準等との整合性」を口実に、保護基準の引き下げを検討。保護期間に3〜5年の有期制、医療扶助に自己負担を求める改悪を非公開で議論している。生活保護は最後のセイフティネットであり、保護基準引き下げは国民生活全体の「底」を壊すものである。保護基準の引き下げは、消費増税の押し付けとともに、「一体改革」の反国民的本質を象徴する改悪である。 3 新自由主義的「構造改革」路線との決別こそ経済・財政・社会保障再生の道 「一体改革」でも明らかなように、民主党政権がめざす方向は自公政権がすすめた新自由主義的「構造改革」路線への回帰、強化路線であり、社会保障の変質に拍車をかけるものである。15年余の「構造改革」政治から何を学ぶのかは、国民的な反撃を開始するうえで重要な課題になっているように思う。あらためて「構造改革」政治とは何であったかを、簡単に振り返っておきたい。 (1)第1は、労働法制の規制緩和による膨大なワーキングプアの出現である。非正規社員はいまや38.7%(2010年)と過去最高である。それは「94年2月、『舞浜会議』で始まった」という朝日新聞の記事(07・5・19付)を紹介しよう。同紙によると、94年2月25日、千葉県浦安市舞浜の高級ホテルに大企業のトップ14人が集結、経済のグローバル化のもとでの「新しい日本型経営」をめぐり激論が交わされたという。宮内義彦氏(オリックス会長)は「企業は、株主にどれだけ報いるかだ。雇用や国のあり方まで経営者が考える必要はない」と。これに対して、今井敬氏(元経団連会長)は「それはあなた国賊だ。一番重要なのが従業員の処遇だ」などの激しいやり取りがあったと伝えている。そして、この議論を経て、翌年95年5月、日経連(現日本経団連)は「新時代の『日本的経営』」を発表、グローバル化を生き抜くためには、徹底した労働力流動化、総人件費抑制、低コスト化が必要であるという方針を打ち出す。これが99年、04年の労働者派遣法「改正」へと続き、今日の雇用崩壊を現出させたことはいうまでもない。舞浜会議に参加していた品川正治氏(当時・日本火災海上保険相談役)は、「結局、舞浜が、企業も国も漂流を始めた起点ということになった」(同上「朝日新聞」の記事)と振り返る。 (2)第2は、憲法25条に背を向け、国・大企業の社会保障に対する責任を免罪する方向が強められたことである。社会保障の理念を変え、社会保障「構造改革」へと突き進むうえで、決定的な役割を担ったのが、社会保障制度審議会(総理の諮問機関)の勧告、「社会保障の再構築―安心して暮らせる21世紀の社会を目指して」(95年7月発表)であった。この「95年勧告」は、日本の社会保障は「制度的には先進諸国と比べそん色ないものなっている」という独断のもとに、国の責務としてうたわれている「健康で文化的な最低限度の生活保障」(憲法25条)を、「生活の保障」一般にすりかえた。この真意について、隅谷三喜男氏(同審議会会長)は、憲法25条の役割は終わった。これからは自立と社会連帯で国民に「健やかな安心できる生活」を保障するのが社会保障の役割となると説明(「週刊社会保障」95年8月号)。だから25条を超える分、すなわち国民生活の「豊かさ」、「多様性」に応える社会保障が重要であり、それは「益」であるから、「応益負担」は当然という論理を導く。かくて、社会保障を市場で買う「商品」と同列に置き、介護保険がその突破口にされ、障害者自立支援法、後期高齢者医療制度へ続き、いま保育所にまでその触手が伸ばされようとしている。もちろん、一路反動化の道ではなく、とりわけ障害者自立支援法撤回を政府に約束(10年1月)させた障害者・家族のたたかいから学ぶ意義は大きい。保育分野でも保育の「商品」化に反対するたたかいが燃え広がるものと確信する。 (3)第3は、以上のような雇用・社会保障破壊を内容とする「構造改革」政治が、小泉内閣(01年〜06年)下で加速され、国民に耐えがたい「痛み」を押し付けるとともに、すべてに「自己責任」を強要する社会を現出させたことである。国民生活の悪化を背景に、社会の荒廃化は一段と深刻化し、自殺者は13年連続で3万人台を推移している。NHKスペシャル「“無縁死”3万2000人の衝撃」(10年1月放映)は社会の闇の部分を顕在化させた。“無縁死”とは身元不明の死亡人のことで、明治32年に制定された「行旅病人及行旅死亡人取扱法」にもとづいて自治体の責任で火葬される人々である。21世紀の、しかも世界有数の経済力を誇る日本で、明治時代の法律が大手を振っているのも驚きであるが、こうした現象がこの間の新自由主義的「構造改革」政治と決して無関係ではあるまいと思う。 (4)第4は、結論として、この15年余の「構造改革」路線から何を教訓として導きだすかである。「構造改革」政治のもとで、大企業は主に正社員の非正社員への置き換えで、いまや257兆円もの莫大な内部留保をため込んでいる。一方、国民1世帯当たりの平均所得は、ピーク時の664.2万円(94年)から549.6万円(09年)に、この15年間で114.6万円も減少している。年収200万以下の労働者も5年連続で1000万人超えである。社会保障の連続改悪がこの二極分化に拍車をかけた。このため、日本のGDP(国内総生産)はまったく伸びず、主要国で唯一経済成長が止まった国になっている。理由は明白である。労働者は「労働力」の売り手である同時に、最大の「消費者」でもある。その「消費者」の所得が下がれば、購買力(内需)が衰えるのは必然である。GDPの55%が個人消費であることからも分かる。結果、商品が売れなくなれば、供給側(生産者)は過剰投資、過剰生産状態となり、商品の値下げに踏み切り、人員削減、人件費抑制でその分を取り返そうとする。不況とデフレの連鎖である。これが今日の経済危機の真相である。 ここから学ぶことは、新自由主義的「構造改革」との決別であり、外需一辺倒から内需拡大を柱とした経済政策への転換である。課題は多岐にわたるが、日本の貧困層の8割以上がワーキングプアであることからも、労働者の貧困打開策が経済政策の主要な課題として据えられなければならない。労働者派遣法の抜本改正、最低賃金の全国一律1000円以上への引き上げ、「均等待遇」ルールの確立などは、国民生活の底上げを内容とする社会保障改善とともに、日本再生に向けて大きな一歩を踏み出す道である。労働者が生み出す「富」を財界・大企業が一人占めにする、これが「構造改革」政治の目的であり、帰結であった。それが国民生活を追い詰め、今日の餓死者まで生み出す社会をつくった原因である。「構造改革」路線との決別以外に日本再生の道はない。国民は2年前、戦後初めて「選挙で政治は変えられる」という貴重な体験をした。同じ轍を踏もうとする民主党政権が、自公政権の退場と同様に、再び国民のきびしい審判を受ける日は遠くないものと確信する。 4 社会保障再生の財源をどこに求めるか 民主党政権は、荷物(公約)を満載して出港したが、肝心の燃料(財源)を積まずに、いや積むことができずに出港した船の例えに似ている。財源のないマニフェストは絵に画いた餅であり、座礁することは避けられない。以下、最後に社会保障の財源をどこに求めるかの基本的な視点を概観しておきたい。 (1)第1は、民主党の財源政策の特徴である。経済政策の重要な目的は、応能負担の原則にもとづいて集めた税を社会保障や教育などを通じて再分配し、格差・貧困を是正することにある。ところが、民主党の財源対策は、例えば「子ども手当」や高校授業料無償化にみられるように、税控除の廃止、縮小と一体であり、応能負担の要である大企業、大資産家には指一本触れていない。このような「水平型再分配」、いわば貧乏人同士の助け合いでは、「貧困大国」からの脱却は不可能である。生計費非課税、所得税中心、総合累進課税を内容とする経済民主主義の原則をふまえ、応能負担にもとづく「垂直型再分配」に切り替えてこそ、真に国民生活の底上げにつながるということである。 (2)第2は、消費税は低所得者ほど負担が重く、金持ちほど負担が軽い、最悪の逆再分配税制であるということである。応能負担の原則に反するばかりでなく、ますます格差・貧困化を推し進める税制である。「一体改革」の議論のさなかに、内閣府は世論を気にして、「消費税は生涯所得に対する比例税」であるから「逆進性はない」などという報告書を提出した(11・5・30)。この主張は、金持ちも年をとると若いころに貯め込んだ貯蓄をすべて消費し尽くすという架空の前提に立つ、国民を欺く空論である。 また、消費増税が景気後退と不況を招き、税収も社会保険料も減り、社会保障改悪の悪循環に陥ったことは、税率を3%から5%に引き上げた97年以降の経済の大失速で証明ずみである。消費税が財政再建にも役立たなかったことは、国・地方の借金(長期債務残高)が89年の254兆円から11年度末には892兆円になる見通しからも明らかである。 (3)第3は、経済大国の日本で社会保障財源がないということはあり得ないことである。要は、歳入と歳出を抜本的に見直すかどうかである。その際、「欧州では付加価値税(消費税)が高いから社会保障の水準が高い」という政府やマスコミの宣伝に騙されないことである。たしかに欧州諸国は20%前後と税率は高いが、これらの国の主要な社会保障財源は事業主負担である。さらに、消費税を福祉目的税にしている国はどこにもない。また、事業主負担を欧州諸国と比較する際は、法人税率だけでなく、社会保障費負担を合計した比較が重要である。大企業、大資産家、証券優遇税制の見直しがわが国の喫緊の課題であり、来年度にも予定される法人税の引き下げなどはもっての外である。歳出見直しでは、年間5兆円規模の軍事費削減が最大の目標となることはいうまでもない。(欧州の消費税については、労働総研ブックレット「フランス、イギリス 働くルールと生活保障の最新事情」を参照されたい) いま欧州各国では金融危機を背景に、大幅な歳出削減、国民負担増が吹き荒れ、労働者・国民の激しい抵抗運動が高まっている。そのさなかに、ドイツの資産家50人のグループが「財政赤字の打開策は、貧困層に不釣り合いに痛手となる歳出削減ではなく富裕層への増税だ」とメルケル首相に提案したという記事(「しんぶん赤旗」11・9・1)に剋目した。「増税なら、われわれに」という声はアメリカに始まり、欧州各国の富豪らにも広がっているとのことである。日本にはこれに呼応する財界人は一人もいないということか。もう一度「舞浜」会議をやり直したらどうかと思うのは、筆者一人ではあるまい。 「大連立」でルビコンを渡ろうとする総攻撃に対しては、憲法を拠り所に国民的な総反撃のたたかいが必要な情勢を迎えつつある。かつて日本でも、消費税導入(89年)に反対するたたかいで、2年間に7000万筆を超える史上空前の署名を集めた経験を持つ。全国に広がった網の目の学習会が大きな力を発揮したように思う。大増税、社会保障改悪を押し返すために、再び労働者・国民の底力を発揮するときである。(2011.9.20記) (みなり かずお・会員・社会保障問題研究者)
・労働時間・健康問題研究部会(9月8日) 研究所プロジェクト作業部会で「時間的ゆとり」と「心身の健康」を担当する担当者からこれまでの作業について文書報告をいただき、その内容及び8月25日大阪高裁泉南アスベスト訴訟控訴審判決(原告全面勝利の大阪地裁判決逆転の行政擁護判決)、これを受けて緊急に開催された9月3日のシンポジウム「大震災とアスベスト対策」(いの健全国センター主催)の報告を受けて討議。ただちに被災地のアスベスト対策をとるよう、各県対策センターに要請し、防塵マスクの責任ある配備その他必要な対県交渉などをおこなうことほかを決定。 ・賃金・最賃問題検討部会(9月13日) 村上英吾氏から「大企業の多国籍企業化と賃金」と題し、報告が行われた。報告では、賃金の引き下げは企業の国際競争力の低下、生産拠点の海外移転、その結果としての国内の雇用喪失を招くなどとする、賃上げ否定論を克服する必要性が強調された。その上で、雇用吸収力が弱く、家計所得の増加も限定的である輸出主導型の成長一辺倒ではなく、雇用の増加、賃上げに伴う内需増加による成長が展望されるべきであり、そのためにも非正規雇用の再規制、均等待遇が必要との主張が行われた。
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