卒業式は、高校生にとって社会に旅立つ大切なスタートの日である。卒業式を目前にして、多くの教職員が、進路が決まらないまま社会に旅立たざるをえない生徒を目の前にして苦悩している。卒業する生徒も友人の進路が決まらないことに心を痛めている。

　高校生の就職をめぐる状況は深刻である。何回も試験を受けさせられ、不採用の通知が届くたびに、生徒は自分の努力が足りなかったのではないかと自分を責めている。

　文部科学省が２月19日に発表した12月末の高校生の就職内定状況によれば、就職希望者約18万8000人のうち２万8000人の高校生の就職がいまだ決まっていない。

　2009年に約33万人あった求人が、2010年には約20万人に激減した。500人以上の規模の企業の求人が半分に激減した結果である。その後の求人の改善は今日に至るまで見られない。日高教は、単なる景気の悪化によるものではなく、大企業が内部留保を蓄積する一方で高校生に求人を出さないという｢構造的な問題｣であることを指摘して改善を求めてきた。しかし、過去５年間の文科省調査によれば、就職できずに一時的な仕事に就いた者は約１万5000人、進路未定者は約６万人、合計で７万人以上の高校生が、｢社会にでる一歩から失業者｣という深刻な状況が毎年続いている。

　日高教は、1994年から20年間、10月末と卒業時の｢高校生の就職内定実態調査｣を実施し、世論に訴えるなど高校生の就職問題の解決を訴えてきた。また、修学と進路保障を求めるキャラバン行動を提起し、北海道・東北ブロックでは各組織の高教組の委員長が連名で、１道６県の知事や教育委員会への要請、経済団体との懇談などを行ってきた。このキャラバン行動は全国各地で展開されている。多くの道府県で歓迎され、地方で高校生の働く場をつくるための一致点も広がっている。

　北海道の経済部雇用労政課は就職できなかった卒業生を追跡調査している。この調査では、就職できなかった多くの卒業生が正規雇用で働きたいと回答している。高校生の就職問題は、地域格差の拡大や定時制・通信制、障害児学校高等部の生徒をはじめ最も支援を必要としているさまざまな困難を抱えた生徒に行政の手が届いていない。

　日高教は、高校生の就職保障のために、大企業・政府の責任を明らかにし改善を求めると同時に、椅子取りゲームで競争するのでなく、さまざまな困難を抱えたすべての高校生がすわれる椅子(働く場)を確保すること、若者に矛盾が集中している働くルールの確立など「若者の成長を社会全体で支える社会を」と呼びかけている。

　卒業式がすべての高校生にとって「希望の春」として迎えられるよう教職員組合としての社会的役割もまた今日ますます大きくなっている。

（ふじた　しんいち・日高教書記長）

はじめに
――14年版｢報告｣と内部留保問題

　a)　経団連14年版「経営労働政策委員会報告」（以下「報告」と略記）は、３章構成である。安倍政権下で「今年は、長期にわたってわが国企業を苦しめてきたデフレからの脱却を実現する好機を迎えている」として、第１章では、「本格的な成長軌道に乗せるための諸課題」を提示している。第２章では、「企業の人材戦略がきわめて重要」だとして、「多様な人材の活用」が述べられている。第３章では、「14年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」という標題のもと、ずばり春闘に対する経団連・経営側の基本姿勢が提起されている。このような構成・内容をみると、「円高是正」など「６重苦」を強調した昨年（13年）版の「報告」と比べ、全体として楽観的・攻勢的になっている。米倉弘昌・経団連会長も序文で「安倍政権の経済政策によって企業を取り巻く環境が大きく改善されたことを受けて、今年は、長期にわたってわが国企業を苦しめてきたデフレからの脱却を実現する好機を迎えている」と述べ、「ようやく企業家精神をいかんなく発揮できる状況となってきた」とはしゃいでいる。小論ではまず、これらのうちポイントを中心に論評する。

　b) 賃金闘争との関連で「内部留保」問題を考えること、これも小論の重点である。今春闘では「賃上げ」が政労使で論じられ、労働組合などが「内部留保で賃上げを」と主張している。こうした動きに押されて「報告」も、７ページにわたって内部留保に論及している。それは大企業の莫大な内部留保を「正当化」するもので、厳しく批判しなければならないが、労働組合などの「内部留保で賃上げを」論にも別の意味で再検討の余地がある。

　この間、大企業の経営実績はきわめて好調で、内部留保を取り崩すまでもなく、労働組合の賃上げ（ベア）要求に十分応えうる状態にある。労働総研の試算が示すように（14年２月発表、赤旗19日付）、資本金10億円以上の大企業では５万9648円（率で20％）の賃上げが可能である。資本金１億〜10億円の中堅企業でも２万9051円（11.9%）の賃上げが可能である。このように大企業や中堅企業では、賃上げのために内部留保を使う必要はまったくない。さらに、資本金１億円未満の中小企業でも9088円（4.4%）の賃上げが可能であり、連合系労働組合の要求（ベア１％以上）程度なら十分応えることができる。こうした状況下で、労働組合が当初から「内部留保の一部を取り崩して賃上げを」と主張・要求すれば、すべての企業が内部留保を取り崩さなければ賃上げもできないほど厳しい経営状態に追い込まれているという誤った認識を労働者・国民に与えかねないだろう。

　いま労働組合が主張・要求すべきは、「人間らしく生活することが可能な大幅賃上げ」であり、内部留保については「社会保障の拡充でそれを労働者・国民へ還元せよ」（間接賃金の拡充）ということであろう。こうして「異常搾取の蓄積」である内部留保を労働者に還元・返却させることは、労働者が有する権利の当然の行使なのだ。

１．｢社会保障改革の推進｣と｢雇用・労働市場の改革｣とは何か

　｢報告」の第１章に関しては、労働者状態に直接関係する２つのテーマを俎上にのせる。

　a)「社会保障改革の推進」について

　この標題だけをみれば、社会保障の“拡充”の追求であるかのようにみえよう。しかし、その「改革の必要」は、つぎのような理由・事情に発している。

　「勤労者や企業が負担する社会保険料は賃金に対して課されるため、なし崩し的な負担の拡大は、賃金の引上げや雇用の拡大を抑制し、企業や個人の活力の発揮や経済成長を阻害する。こうした状況に歯止めをかけるためには、社会保障給付の重点化・効率化などの社会保障制度改革の断行が不可避である」。

　この一文は、きわめて狡猾な言い回し・理屈で、社会保障の削減・空洞化を迫っている。社会保険料が増えると、賃上げや雇用の拡大も抑制され、経済成長が阻害されるので、社会保障給付を減らすべし、という理屈である。ここにいう社会保障給付の「重点化・効率化」とは、給付対象を“極限”し、企業の社会保険料負担を“極小化”することにほかならない。また、生活保護など社会保険制度によらない「税を財源とする社会保障」は埒外におき、あたかも社会保障制度が社会保険制度だけであるかのような前提に立ち社会保障「改革」（改悪）を論じている点も意図的である。

　税といえば、「短期的な政策税制にとどまらない法人実効税率の引き下げは、中長期的にわたって、わが国の立地競争力を強化し、国内の生産拠点などを維持するとともに、国内外の企業による投資促進や新規産業の創出を進めるうえで不可欠である。わが国の法人税率をアジア近隣諸国並みの約25％まで引き下げるために、早期に道筋を付けるべきである」と主張してはばからない。昨年の「報告」から目立つ「立地競争力」論がここでも強調されている。つぎの一節に財界・「報告」の願望がよく示されている。「経営環境のさらなる改善に向けて、法人実効税率の引き下げや、社会保障制度の重点化・効率化、大胆な規制改革など、成長戦略の着実な実行に全力を傾注していただきたい。企業が世界で一番活躍しやすい国づくりを進めることにより、内外からの投資は加速し、持続的な経済成長の基盤は揺ぎないものとなっていこう」と。「企業が世界で一番活躍しやすい国」論は、安倍首相とのおなじみの合唱である。

　b)「報告」の「雇用・労働市場の改革」とは何か

　雇用・労働市場の現状について「報告」は、つぎのような楽観的かつ手前勝手な見方を示している。「リーマン・ショックは世界的な景気後退を招き、主要先進国の失業率は大幅に悪化した。わが国も例外ではなく、過去最悪の失業率を記録した。その後も、東日本大震災などが生じたが、国際的にみて、わが国の失業率が比較的低位で維持し続けたのは企業の雇用維持努力の結果である」と。電機情報産業ほか大企業は大量リストラを繰り返し、雇用の非正規化を強行しながら、このように事実を逆立ちさせ、ぬけぬけと「企業の雇用維持努力」だと自画自賛しているのである。また、社会問題化している非正規労働者の急増に対する「報告」の現状認識も、特異である。非正規労働者が36.6％になったが、その約45％が女性パートであり、そのうちの70％が「世帯主の配偶者」である。また、改正高齢法の影響で60歳以上の非正規労働者が増えている。これらの非正規労働者に関してはとくに問題はなく、非正規雇用問題をめぐる本質的な課題は、本人の意思に反して長期にわたって非正規労働者として働いている「不本意非正規労働者」に対する「政策的支援の強化」である、というものである。非正規雇用が急増して正規雇用の門戸が狭められ、これが「ブラック企業」の温床になっている現実などへの言及は「報告」に望むべくもない。

　こうした現状認識のもとに「報告」は、安倍政権が「日本再興戦略」で「失業なき労働移動の実現のため」として打ち出した「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への転換」を前提に、「労働市場のマッチング機能の強化」と「勤務地等限定正社員の活用」を提起している。前者に関して、「助成金の拡充や社会人のキャリアアップなどに資する施策の充実に加え、出向職員のさらなる増員などにより、公益財団法人産業雇用安定センターの斡旋機能をさらに強化していくことが望まれる」としている。

　後者の「限定正社員」に関しては、「従来型の正社員とは異なる就業形態を望む者も少なくない。企業としては、労働者の多様なニーズに対応しつつ、生産性を維持・向上させるため、勤務地や職種、労働時間を限定した正社員を積極的に活用するなど、社員の多様化を図っていく必要が高まっている」と述べている。

　とくに注意すべきは、つぎの記述である。「限定正社員に対する使用者の雇用保障責任は、従来型の正社員と同様、労働契約法第16条に規定される解雇権濫用法理が適用されるが、その判断において当然には同列に扱われないと解釈されており、この点を明確にする法的整備が必要である」。限定正社員は、賃金など労働条件が従来型の正社員よりも劣悪であるだけでなく、みてのとおりここで「解雇を容易」にするための法的整備がなされるよう政権に迫っている。

　このほか、雇用破壊に関連して、事実上のホワイトカラーエグゼンプション制の導入や、地域別最低賃金の決定にかかわって「目安制度」へ注文をつけ、特定最賃（旧産業別最賃）の廃止・再検討も迫っているが、ここでは指摘するだけにとどめる。

　なお、｢報告｣の第２章は「多様な人材の活用」であり、女性・若者・高齢者などをいかに低コストで効率的に資本・企業が動員するかが追求され、その徹底ぶりに戦時下の｢国家総動員法｣を想起させるほどであるが、この章のコメントはスペースの関係上、割愛せざるをえない。

２．財界の春闘対策 ―― その狙いは何か

　14春闘は、政労使会議などで首相が賃上げを促すなど、これまでにない環境のもとで始まっている。しかし、「報告」のベースアップに対する態度は厳しい。「報告」いわく、「賃上げ＝ベースアップ」との誤解が多いが、賃上げとは文字どおり、賃金を上げることではあるものの、ベースアップはその選択肢の一つであることを正しく認識すべきである、と。

　要するに、財界の関心は、もっぱら“総額人件費の極小化”にあり、そのルートは賃金抑制だけでなく、雇用の非正規化・「限定社員」化など「雇用破壊ルート」もあり、また残業を公然とさせ残業代を支払わずにすむホワイトカラーエグゼンプション制の導入などという「労働時間の“概念破壊”ルート」ほか多様なのである。かりに今春闘で若干の賃上げを許しても、その分を「成長戦略」の強行で規制緩和による「雇用ルート」や「労働時間ルート」での雇用破壊で取り返し、全体として人件費を小さくすること、これが財界・資本サイドの戦略なのだ。

　a) ３大欺瞞を隠す

　かつて財界は、春闘を忌避していた。いまは違う。大歓迎なのだ。というより、なくては困る、というのが財界・経団連のホンネである。｢手のひら春闘｣で“３大欺瞞”を隠蔽するため、である。事実、2014年版｢報告｣でも、｢春闘不要｣論を排撃し、財界の手のひらで演じられる「手のひら春闘」の温存にご執着である（後述）。

　「報告」が隠蔽する“３大欺瞞”とはなにか。第１は、付加価値を生産するのが労働者の労働であるという“大真理”を覆い隠すことだ。「報告」はいう。「企業が生み出す付加価値と人件費の整合性を確保していく観点から、中長期的視点に立った適切な総額人件費管理を徹底していくことが必要である」と。ここで「報告」は、「企業が生み出す付加価値」という言い回しで価値の源泉を曖昧にしている。正しくは「企業で“労働者”が生み出す付加価値」と記すべきところを、主語を「企業」とし資本家も労働者とともに価値を生み出しているかのごとき記述となっている。これは搾取の否認である。労働者の労働のみが価値を生産していることを曖昧にすれば、資本家が剰余価値を奪う搾取は存在しないことになってしまう。

　欺瞞の第２は、第１点と関連し、「パイの理論」を持ち出し、賃金を付加価値の労働者への「分配分」だと描き出し、資本の強蓄積に労働者を思想的にも動員しようとねらっている。「報告」のつぎのくだりに、それが顕著である。「労使双方にとっての課題は、総額人件費のパイとなる新たな付加価値をいかに生み出すかであり、めまぐるしく変化する経営環境に対応できる競争力の強化と生産性の向上に邁進していくことである」。ここにはっきり破綻して久しい「パイの理論」が蒸し返されている。なによりもこれは、後述のように賃金の本質を否認するものでもある。

　欺瞞の第３は、この「パイの理論」にもとづく賃金「分配」の具体化におけるいくつもの欺瞞である。「生産性基準原理」プラス「総額人件費管理」論・「支払能力」論が、その中心である。「仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度」と「報告」がいう「賃金体系改定」論も、看過できない。これも賃金決定における「生計費原則」を無視した「理論」であり、その賃金体系論は労働者の「個別管理の徹底」をねらうものである。いかに人件費を減らすか、いかに労働者を競争に駆り立てるか、いかに労働力の流動化を賃金体系面から促進するか、がもくろまれている。

　b) 春闘温存論

　ここで「報告」の「春闘温存」論をみよう。「近年、『春闘は不要ではないか』との指摘がある。労働組合がベースアップをせず、定昇実施や賃金カーブ維持の回答が大勢を占めていることや、それによって賃金水準の波及効果が失われてきていることなどが、その理由としてあげられている。確かに、労働組合が実力行使を背景として賃金水準の社会的横断化を意図して闘うという意味での『春闘』は、もはや終焉している」と。そのうえで、つぎのように財界の「春闘温存」のホンネが吐露されている。

　「しかし、近年の労使交渉・協議は、月例賃金や賞与・一時金だけでなく、労働条件全般に関する事項はもとより、従業員のモチベーションや人材力の向上、中長期的な経営課題、自社の将来ビジョンなどさまざまなことを協議している。自社の経営環境や課題を共有しながら、競争力をいかに強化するかを労使で虚心坦懐に話し合い、方向性を模索し確認し合う建設的な討議の場として、春季労使交渉・協議の意義や重要性はむしろ高まっている」。

　要するに、いまや春闘が変質しきってかつての春闘とは違って、財界の思いどおりになる「手のひら春闘」になっているので、「少なくとも年に1回、労使で話し合いの機会をもつことは、大変有益である」というわけなのだ。財界は、春闘という舞台装置を利用して、労使協調主義（というより「労使一体」の）「労働組合」をつうじて労働者に低賃金・長時間過密労働など劣悪な労働条件を強いるばかりでなく、いま以上の「解雇の自由」（リストラ許容）まで手に入れようとしている。

　春闘の変質の歴史は長く、「報告」の歴史と符合する。今年の「報告」が40冊目であるから40年目ということになる。その第１号は1975年春闘に向けて74年の11月に日経連から出されたが、その契機となったのが74春闘における32.9%という大幅賃上げである。第１号の名称「大幅賃上げの行方研究委員会報告」が示すように、大幅賃上げを戦略的に抑制することが直接の目的だったのである。そこには「労使の経営協力体制」を築き上げ「労使の話合いによって、75年度は経過措置として15％以下、76年度以降は１ケタ台の賃上げガイドポストを設ける」と記されている。結果、まさしく「労使の話合い」によって75春闘は13.1％で決着し、76年以降は「１ケタ春闘」になり、いまでは定昇だけの「賃上げ」が支配しているのだ。

　マスコミが「管理春闘」と命名したのは80春闘からであったが、このように実質的には75春闘から「管理春闘」になっていた。80春闘向けの「報告」からタイトルが「労働問題研究委員会報告」と変り、「単に賃金のみならず、労働時間、定年制等の労働条件、さらには中高年層の雇用の問題にも言及せざるをえなくなった」と同報告は述べている。また2003年春闘からは、前年の日経連と旧経団連の合体で報告のタイトルも「経営労働政策委員会報告」となり、今日に至っている。筆者が「手のひら春闘」と呼ぶようになったのは５年前で、連合がベースアップを「自粛」するようになってからである。「管理春闘」では言い尽くせないほどの変質をそこにみたからである。賃金が低落しているのに「賃上げ要求を自粛」する組織を果たして「労働組合」と呼べるのか、という含意もそこには込められている。

３　｢報告｣の｢内部留保｣論と賃金闘争

　「報告」は、「内部留保の確保は企業の持続的成長に不可欠」という標題で７ページにわたって「内部留保」論を展開している。「企業の内部留保が増大していることを捉えて、それらを原資とした賃上げを求める議論がある」として、つぎのように述べている。

　「そもそも内部留保とは、企業活動の成果として得られた当期純利益から、配当などの社外流失を差し引いた剰余金の残高の累計であり、貸借対照表のうえでは、利益剰余金を指している」と定義し、「近年の推移をみると、いずれの企業規模においても、利益剰余金が増加している」として2012年についてその総額が304.5兆円（資本金10億円未満１億円以上の中堅企業と１億円未満の中小企業も含む）に上るとグラフをも示して増大を認めている。

　そのうえで、「報告」は「企業全体が保有しているマクロの現金・預金が増加していることをもって、それを賃上げの原資とすべきとの議論は、企業規模や産業、および個別企業の置かれた状況を無視した、非現実的な議論と言わざるを得ない」と反駁している。たしかに、大企業は莫大な内部留保を有するが、「報告」が示すように中小企業の１社あたりの保有額は約3000万円から4000万円であり、この程度の内部留保は中小企業の経営の安定のために必要であるというより、不足しているとみるべきだろう。

　そこで、確実にいえることは、前述のとおり大企業や中堅企業では、内部留保を切り崩すまでもなく、当期生み出された付加価値の一部をもって14年に労働組合が要求している程度の賃上げには応じられる、ということだ。

　問題は、中小企業である。一口に中小企業といっても多様であるが、概して厳しい経営状態を強いられている。このような中小企業には、取り崩すべき内部留保も少ない。くわえて、価格に転化が困難な消費税増税を控えている。円安による原材料等の値上げも痛い。そこで考えられるのが、下請単価の引上げ、中小企業に対する財政・金融政策等の改善など総じて中小企業政策の抜本的な改正であるが、これは今春闘中にできることではない。

　結局、「大企業の内部留保を労働者に還元せよ」の内容は、社会保障など公的支援の改善・改正をつうじて「間接賃金」で還元せよ、ということになろう。むろん、これも決して容易ではないが、貯め込んだ大企業の内部留保に対して累進課税し、これを財源に社会保障などの公的支援を拡充することで内部留保を労働者だけでなく勤労国民にも還元することで、この面からも「国民春闘」の実を明確にしていくことができる。

　労働者がこうした還元を受けうる根拠は、大企業の莫大な内部留保が労働者に対する年来の「超過搾取」の結果である、ということだ。ここにいう「超過搾取」の含意は、本来の搾取にくわえて賃金を労働力の価値以下に値切ってきたことによる「労働者への企業の借金」を間接賃金で返済させる、ということである。また、勤労国民が「間接賃金」を受取る根拠として、生存権という一般的な権利だけでなく、大企業向けの公共投資のための増税、ゼロ金利政策による大銀行による収奪などいろいろと大企業の犠牲にされてきたことへの“償い”がある。安倍政権の社会保障破壊攻撃が強まるなか、賃金闘争と結合した社会保障拡充闘争の意義がいまますます高まっている。

　むろん、こうした内部留保の間接賃金による還元論も今春闘で決着をつけることはできない。これは労働組合にとって勤労国民との統一戦線的なたたかいとなろう。そもそも大企業における内部留保の270兆円超に上る莫大な積み上げは、賃金闘争での労働組合の劣勢がもたらした側面も小さくない。いったん大企業が手にした内部留保を返却・還元させるたたかいは通常の賃金闘争以上に厳しく、より大きな力で大企業と政府を攻め上げねばならない。それには勤労国民との統一戦線が不可欠であろう。本年の「報告」が多くのページを内部留保論の弁明に割いた事実は、労働者・労働組合・共産党（国会での追及など）ほかの運動の結果であり、強固にみえた対象物が動き始めている。これからいっそうの運動・たたかいの強化で、大企業の内部留保を社会的に還元させなければならない。それは内需を拡大させ、日本経済に好循環をもたらす道でもある。

さいごに
― 原理・原則に立ち返った賃金闘争を

　春闘の中心は歴史的にも“賃金闘争”である。労働組合の賃金闘争の直接の目的は、販売した労働力の価値に見合う賃金（人間らしい生活が可能な賃金）をよこせ、という点にある。労働者には、そのような賃金を要求し、受取る権利がある。また、資本家にはそのような賃金を支払う義務がある。これは価値法則という資本主義経済のルールである。内部留保があろうと、なかろうと、関係はない。支払えなければ、借金してでも支払わなくてはならない。

　賃金は、企業活動で労働者が生み出した付加価値の「分配分」ではない。販売した労働力の代金＝価格である。買い入れた機械や原料など生産手段の価格は、企業業績が悪いからという理由で値切れないのと同様、買い取った労働力商品の価格も値切れないのだ。賃金だけを値切れば、労働者＝人間を「モノ以下」に扱っていることになる。事実これまで、「モノ以下の扱い」を続けたからこそ270兆円超もの内部留保が積み上がったのではないのか。内部留保とは「異常搾取の山」なのだ。

　賃金は、労働者にとっては生活費であるが、資本・企業にとっては人件費＝コストである。賃金闘争は、「正当な生活防衛」と「無限の利潤追求＝コストの極小化」との衝突である。労資の論理がまったく違う。これに決着をつけるのは運動・たたかいしかない。もともと「政労使協議」などで決着がつく問題ではない。ストライキで被る損失よりも賃上げによるコストアップのほうがまだ小さいと資本家どもに思い知らせる運動・たたかいをやろうではないか。

(まきの　とみお・労働総研顧問・日本大学名誉教授)