1997年12月1日(通巻93号)
目 次 巻頭言 介護保険の導入と福祉の市場化…太田 正 論文 〔経済動向〕90年代不況の深まりとリストラ・「構造改革」・グローバル化…大場秀雄 97年度第2回常任理事会報告ほか
介護保険の導入と福祉の市場化
介護保険法案の今国会での成立が確実視されている。しかし、介護認定や保険料および利用料に関する疑問 が一向に解消されておらず、介護サービスに必要な入所施設やマンパワーの整備と確保には目途すらついてい ない。このままでは、地域によって「保険あって介護なし」の状況が現出したり、場合によって利用者の負担 増やサービス水準の切り下げが見込まれるなど、地域社会に混乱が生ずることは不可避となるであろう。 太田 正
また新たな制度としての介護保険の導入は、介護サービスの仕組みを行政措置方式から自由契約方式へと大 きく転換させる。従来は公的介護に関する限り、措置決定にもとづいて直営か委託かの違いはあっても、自治 体が介護サービスを一元的かつ直接的に供給し、利用者の所得に応じた負担を求めてきた。これが介護保険の 導入後は、利用者が個々にサービス提供機関を自主的に選択し、無差別定率の利用料を支払うとともに、介護 認定のランクに応じた保険内または保険外のサービスを受けることになる。
介護サービスに関する本来の公的責任には、介護サービスの保障責任と供給責任とがあるが、介護保険制度 の下では供給責任が解除されることを意味する。行政措置方式に改善の余地があることは確かであるが、利用 者の「選択の自由」を錦の御旗に自治体の供給責任を解除し、民間事業者の「参入の自由」を認めることは、 新たな問題を発生させる。
介護サービスは特別な対人サービスである。それは、要介護者の私生活に直接触れるサービスであるととも に、自立支援として要介護者の発達権を保障するサービスである。そのためボランティアの果たす役割とは別 に、プロとしての民間事業者には、高度の職業倫理にもとづく責任ある専門性と継続性が求められる。しかし、 「選択の自由」と「参入の自由」という「福祉の市場化」の下で、介護サービスの質をどう確保していくべき であろうか。新たな社会的規制の確立および情報公開と住民参加が不可欠な条件である。
(会員・岐阜経済大学助教授)
経済動向
90年代不況の深まりとリストラ・「構造改革」・グローバル化
大場 秀雄
政府の二つの「日本経済論」と深まる消費不況
バブル経済崩壊とともに1991年5月にはじまった今日の90年代不況(「平成不況」ともいう)は、「複合不 況」ともいわれているように、単に循環的性格の不況ではなく、@過剰生産、A金融危機、B異常円高という 三つの要因が相互に複雑にからみあい、重なりあって生じたものである。すなわち、これら三つの要因はいづ れもひとにぎりの大企業の「もうけ」を最優先とする、戦後日本経済の異常な経済拡大方式が生みだしたもの であり、政・官・財癒着のeルールなき資本主義fともいうべき行動が戦後最大の不況をつくりだし、それを 長引かせている。その間、鉱工業生産は全体として伸び悩み、とりわけ消費財関連の生産指数は6年目の今日(97年4月−6 月期)でも1990年に比べて10ポイント近くも落ち込んでおり、また、中小企業の生産回復がおくれ、大企業と の回復の差が今日、最大に拡大している。こうした状況のもとで、一方で大企業が95年3月期以降4期連続増 益(98年3月期は推定)をあげ、他方で中小企業の倒産が金額、件数ともに激増し、大量失業が恒常化し、賃 金・所得も伸び悩み、93年以降個人消費が前年比マイナスに落ち込むなど、景気の二極分化がすすんできてい る。
そのうえに、97年4月以降橋本内閣が強行した、国民への新たな負担増が加わわり、消費は大幅に落ち込み、 日本経済は23年ぶりの低成長に落ち込んだ。さらに、世界を一瞬にしてe同時株安fにまきこんだ東アジアを 中心とした通貨・金融危機と深く結びついているわが国の経済は、景気の唯一の支えである輸出にブレーキが かかる懸念が生じたり、金融システムの不安が深まるなど、景気のいちだんの落ち込みに拍車がかかっている。 ところで、政府の景気判断によれば、今回の不況の「谷」は93年10月であったこと、景気後退は91年5月か ら30ヵ月で終わり、それから景気は基調としてづっと「回復局面」が続いていることになっていた。政府がこ んな楽観的な「日本経済論」をふりまく一方で、「経済改革研究会」(会長・平岩外四経団連会長)の最終答 申(93年12月)は、日本経済が八方ふさがりの「閉塞状況」にあり、これまでの「追いつき追い越せ」型の日 本型経済システムを改革すべきこと、その改革の柱が「規制緩和」であることを提言した。それ以後、この「 日本経済危機」論にもとづいた「規制緩和万能論」の大合唱がつづいてきた。
このような政府の二面的な性格をもった二つの「日本経済論」の狙いは何か。97年版「経済白書」は、一方 でバブルの清算がすでに峠を越し、景気が「自律回復過程」に移行したとし、他方で、この足元の景気回復を 中長期的な安定成長につなげていくには、「規制緩和」を柱とした「経済構造改革」が欠かせないといってい る。つまり、政府の二つの「日本経済論」の狙いは、足元をおおっている不況の現実を美化し、その根本原因 をおおいかくして、この6年間の政府の経済政策にたいする真剣な反省もなしに、なし崩しに反国民的な政策 を国民におしつけようというわけである。
しかし、現実の不況の深まりはその本性をあばきだす。周知のように、97年4〜6月期の実質国民総生産 (GDP)は前期比2.9%も減少したのである。年率にして実にマイナス11.2%という、1974年1月〜3月期の 前期比マイナス3.4%(年率マイナス13.6%)を記録して以来23年ぶりの大幅低下であった。74年が、第1次石 油危機直後の戦後最大の不況の年であったことを考えれば、今回のマイナス成長がただ事ではないことは誰の目 にも明なことであった。
6年間の消費支出の低迷状態に加えての、この新たな国民負担は、国民購買力をいちだんと低下させ、個人消 費とともに景気回復の柱となる中小企業の経営困難を加速化させ、不況をさらに長引かせることになった。今日 、生産面では自動車や素材産業などの減産が拡がっている。
大企業のリストラ戦略と産業・雇用の「空洞化」
もちろん、90年代不況がこのように長期化しているのは、冒頭にあげたように、大企業中心の資本蓄積最優先 の拡大方式が長い間つづいてきたために、日本経済が「二つの顔」という構造的ゆがみをもつようになり、それ が「生活と消費のギャップ」を非常に深くしているからである。しかし、それだけではない。その一つは、労働者、国民への負担と犠牲を強化することによって、90年代不況 からの脱出をはかるとともに、経済のグローバル化に対応した高収益体制を構築するために、国際的リストラ戦 略が財界・大企業によって推進され、不況の中で多国籍企業化が急進展しているからである。
今日の財界・大企業の国際的リストラ戦略は、これまで円高のたびにくりかえされてきた、e悪魔のサイクル f(円高→リストラ「合理化」・競争力強化→輸出増加・黒字増加→円高)に加えて、世界のなかの最適地で生 産・販売を行ない、為替相場の変動に左右されない競争力を確立することを目標としている。経団連の「ビジョン 」(1996年)は、「世界大での最適の事業ネットワーク」の構築をめざしているが、そのまとはアジアの市場と低 賃金利用にむけられている。そのアジア戦略として、「日本企業は<世界の成長センター>4であるアジア地域の 高度成長に日本経済を結びつけて、何とか長期不況の脱出口を見つけたい」(丸山惠也著「東アジア経済圏と日本 企業」)と考えている。
このような目標を実現するため、バブル崩壊、長引く不況で減少していた対外直接投資が93年を底に94年から前 年比プラスに転じたが、その増加の柱は製造業で、とりわけ輸送機械、電気機械の増加が著しい。この最近の特徴 は、日系現地企業による再投資額が日本からの直接投資額を上回っていることである。こうした再投資をふくむ総 投資額の急増によって、95年度に製造業の海外生産比率は9.1%に上昇し、輸送機械は23.9%、電気機械は15.5%に もなっている。日本の大企業はさらに、アメリカ並みの海外生産比率(93年、25.2%)をめざしている。
こうした日本の大企業の急速な多国籍企業化の推進は、日本の貿易や産業、雇用に重要な変化をもたらしている。 その一つは、製造業の東アジアを中心とした急速な生産移転、海外生産の拡大によって95年度の海外現地法人の売 上高がこの10年間に4倍の41兆2000億円に増え、「輸出大国・日本」の95年度輸出総額40兆2500億円を上回ったこと。 その二つは、世界一の記録を更新してきた日本の貿易黒字が、いぜん「世界一」であることには変わりがないが、 92年をピークに93年から減少に転じたこと。しかし、4年目の97年にふたたび黒字が増大することが確定視されてい ること。黒字急減の要因は、輸出増を上回る輸入の増加、とりわけ製品輸入の急増であって、黒字の減少はけっして 輸出の減少によるものではない。
ところで、黒字急減の要因となった製品輸入の急増は、海外への生産移転をすすめ、日本への逆輸入や海外調達を 積極的に拡大するという大企業のグローバルな経営戦略にもとづくものであるが、95年4月をピーク(1ドル=84円) とする異常円高(ドル建て輸入製品は円換算で割安になる)が輸入を加速させたことも間違いない。それとは反対に、 本年4〜9月には相対的円安基調(この間の対ドルレートの平均は1ドル=118.8円)によって輸出に拍車がかかる一 方、4月からの景気の落ち込みで輸入にブレーキがかかり、貿易黒字は連続6カ月前年を上回った結果、上半期の貿易 黒字は9期(4年半)ぶりに増加に転じ、輸出の増大がかろうじて景気を支えることになった。
ここで見落としてならないことは、日本の多国籍企業が輸出企業であること、その日本の大企業は多国籍企業とし て膨張することを基本としながら、輸出特化型構造(低賃金、長時間・過密労働と下請いじめの低コスト構造を基盤 に、輸出大企業30社が日本の輸出総額の約半分を占めるというゆがんだ蓄積構造)をテコに、円安を利用して輸出攻 勢をかけ、利潤を増大させていることである。つまり、日本の大企業はグローバル戦略を追求しながら、同時に、10 0円を超える異常円高になっても輸出採算があうように国内生産のリストラ・人べらし「合理化」を徹底させながら、 為替相場の変動や海外景気の動向などによっては、逆輸入を抑え、国内生産を増やしてもうけることができるように している。たとえば、トヨタなど自動車メーカーは、海外からの逆輸入を減らし、国内生産に切り換えて輸出を大幅 に増やしている。しかし、国内で生産を増やすさいのやり方は、常用雇用を増やさずにもっぱら期間工を増やして、 いつでも生産縮小に対応できるようにしている。
このような大企業の国際的リストラ戦略がもたらしている最大の問題は、国内の産業と雇用の「空洞化」が深刻化し ていることである。そして、これがこのまますすむなら、「空洞化」は日本の大企業の抜群の国際競争力を支えてきた 下請け中小企業を崩壊させるとともに大量失業をつくりだすことになる。そのため、政府(通産省)も一面では、「海 外事業活動は国内生産増加、雇用増加に貢献してきたが、その効果は急速に縮小しつつあり、転換期を迎えつつある」 (通産省、96年度「海外事業活動動向調査」)と、産業「空洞化」が現実に大きな困難をもたらしていることを認めざ るをえない。また、通産省が実施した「海外展開戦略に係る企業調査報告」(96年11月)によれば、今後5年間にわが 国の製造業全体の雇用は、現在の1360万人から124万人程度減少するとの予測が示されている。
しかし、政府は財界・大企業の要求にもとづいて、世界的な「大競争」時代への対応のために、大企業の海外進出・ グローバル戦略が時代の必然であるとみなし、それを積極的に促進する方針をとっている。政府はその方針にもとづい て「経済構造改革」の名で、企業の海外進出後の産業・雇用の「穴埋め」をする「新規産業」として、高度情報通信産 業を中心にさまざまな分野で「高付加価値製品」(生産性が高く利益の多い製品)の開発とその輸出促進に全力をあげ ている。また、「規制緩和」による「高コスト構造是正」という名のもとに、製造業ばかりでなく、流通、運輸、商業、 サービスの諸部門をふくめ大企業の支配による中小企業の整理・淘汰とそのもとでの雇用破壊、賃金破壊、労働時間破 壊が全面的に進行している。
このように大企業の国際的リストラ戦略とそれを支える政府の国家的リストラ計画は、労働者・国民に新たな負担と 犠牲をおしつけるとともに、景気回復にブレーキをかけ、日本経済のゆがみを拡大している。
国家的リストラ計画−橋本内閣の「構造改革」
長期不況化のもう一つの要因は、政府の経済政策、「不況対策」である。橋本首相は1997年1月、施政方針演説で、第二次橋本内閣がかかげる「六大改革」(行政、財政構造、社会保障、経 済構造、金融システム、教育)を「一体的に断行する」といっている。それは、財界の要求にこたえて、いまの日本経 済がおちいっているゆきづまりをアメリカをモデルに財界の利益第一でのりきろうというe国家的リストラ計画fであ る。ここでは、スペースの関係で、経済構造「改革」、財政構造「改革」と、金融システム「改革」について考えてみ ることにする。
経済構造「改革」については前にもふれているが、それは「規制緩和万能」論にたって、大企業に都合の悪いルール をすべてとり払い、その横暴をいっそう野放しにすることに中心がおかれている。すでに、女子保護規定撤廃をはじめ とする労働法制の改悪、大規模小売店舗法(大店法)の骨抜き(さらに廃止を予定)、独占禁止法の改悪による持株会 社の解禁、米価の下支えを放棄する食管法廃止などが強行された。
財政構造「改革」については、国会の論戦などでいくつかの問題点が鮮明になった。
第一は、社会保障、教育、中小企業、農業など国民生活のあらゆる分野で、予算の切り捨てを将来にわたり法律とし て定めてしまうものである。そのなかでも医療、年金などの社会保障予算の分野が際立っている。それは、現在の施策 を維持するのに必要な来年度予算の当然増の8500億円を3000億円増に切り縮め、国民の負担増で5500億円も削減しよう というものである。
第二は、財政危機の元凶、公共投資の浪費や軍事費が事実上「聖域」にされ、その温存・増額をはかるものである。 その典型例は港湾、空港、道路など政府の七つの公共事業5カ年計画(1996〜2000年度、投資総額51兆5000億円)。 その前の計画(91〜95年度)が総額36兆5350億円で、今回の計画はそれに比べて40.9%も増えており、5カ年計画を7 カ年に延長するというのだが、単年度でいうと前の計画より501億円もふくらんでいる。これでは、欧米諸国に例をみな い「公共投資50兆円、社会保障20兆円」という日本の財政の逆立ちした仕組みは是正されない。
軍事費については、「前年度の額を上回らないようにする」というだけで具体的な削減目標も示しておらず、しかも 沖縄の基地たらい回しのためのSACO(日米特別行動委員会)関連の予算は別枠である。
そのうえ、同法案は来年度から3年間の支出削減だけを先に決め、これを問答無用で国会と国民に押しつけてしまう ものであり、憲法で定められた政府の予算編成権、国会の予算案審議権などを制限するものである。 このように、この財政構造「改革」は、改革どころか、国民の負担を21世紀まで連続して増大させる大改悪であり、 景気回復の主役である個人消費をさらに冷やし、わが国経済・財政が消費の落ち込み → 税収不足 → 財政悪化 → 負 担増という悪循環に落ち込む危険性をつくりだした。
グローバル化と金融破たん、「金融ビッグバン(大改革)」
国家リストラ計画のもう一つの柱は、日本版「金融ビッグバン(大改革)」と呼ばれる金融システム「改革」である。 日本の金融機関は、バブル崩壊による住専処理をはじめとして、野村証券や第一勧銀の総会屋への利益供与事件などに よって国際信用を失っている。そこで、@チFree(自由)、AチFair(透明)、BチGlobal(世界化)を合言葉に金融シ ステムのJ「改革J」を行ない、アメリカ並みの効率的な金融システムをつくりあげようというのである。まず、97年5月に外国為替・外国貿易法の改定が成立した。これによって98年4月から国内外の壁が取り払われ、外国 為替交換が自由化され、80年代半ばからすすめられてきた金融自由化の総仕上げが行なわれる。金融自由化の進展は、バ ブル経済の背景となったが、アメリカ主導のグローバル化に対応する「フリー」という名の「規制緩和」による、その総 仕上げは弱肉強食の競争をもたらし、金融市場のいっそうのカジノ(ばくち場)化を促す。こうした「金融ビッグバン」路 線は、大銀行が直接あるいは子会社を通じて証券業務や保険業務に参入し、一大金融コングロマリット(複合企業)に脱皮 する道を開くとともに、その支配を強化する。同時に、中小金融機関・証券会社などを淘汰し、アメリカなど外国の金融 機関をふくむ大銀行を軸とした大規模な金融再編成の道を突き進もうとしている。日本の銀行のなかで生き残り得るのは 5本の指に数えられるくらいでしかないといわれる。
ところで、このような新たな「金融ビッグバン」路線がすすむなかで、10月末には香港株式市場の暴落を震源地「Cそ の直接の背景はタイの通貨バーツの大暴落に端を発した東アジアの通貨・金融危機「Cとするe世界同時株安fが一瞬の うちに地球をかけめぐった。その後、ニューヨークをはじめ各国の株式市場で株安への反発が生じたのに反して、東京市 場では株価の値下がりがつづき、とくに銀行・証券株の暴落が目立った。そのなかで、金融破たんが11月には三洋証券か らそのメーンバンク北海道拓殖銀行へ、さらに四大証券の一角である山一証券へといままでにないスピードと規模で広が った。そして、金融システムへの不安がたかまるなかで、その不安を解消するためと称して、「預金者保護」を名目に公 的資金を投入せよとの大合唱がおこった。しかし、それは今日の金融破たんの原因をみない誤った見解である。政府は預 金保険機構を預金者保護から銀行救済に変質させようとしているが、乱脈経営のツケを国民にまわすことは許されない。
その破たんの大もとは、80年代後半のバブル経済時代に、大銀行が中心になって、地上げ、土地ころがしなど不動産向け 投機資金の貸出し競争に走った乱脈経営にあり、バブル崩壊によってその後遺症として巨額の不良債権が残されたのである。 したがって、その責任は金融機関自身にあり、不良債権の処理、破たん金融機関の処理は、破たん金融機関の経営者、破た んに関与した関係金融機関の責任の明確化とそれに応じた負担、さらには金融業界全体の責任で行なうべきである。そして、 そのこと を破たん処理のルールとして確立しなければならない。では、この6年間に政府と大銀行・大証券会社自身はどんなことを してきたか。
第一は、政府の手厚い大銀行救済策である。世界史上例のない異常低金利0.5%という公定歩合ゼロ水準が2年以上も継続 されている。これによって、大銀行の業務純益は96年3月期で史上最高の3.4兆円(前期70%増)となった。これは異常低金 利による資金調達コストの低下、つまり預金者への利息がゼロとなったことの結果である。全労連編「ビクトリーマップ98 年版」によれば、大手9銀行はこの1年間に内部留保を1兆2000億円積み増し、総額は10兆円をこす巨額にのぼっている。 なお、このような異常低金利の実施と長期化の原因として、世界で最大の外貨準備保有国である日本の外貨を利用するため 日本の金利をつねにアメリカより低く抑えておこうとするアメリカの強力な圧力があることを見のがすことはできない。
第二は、大銀行が自らの乱脈経営によってつくりだした不良債券のツケを国民にまわしたことである。周知のように、住 専処理にあたって6850億円もの税金が投入され、国民の怒りをまねいた。
もちろん、業務純益や含み益を原資として不良債権の償却はすすんできている。大蔵省の発表によれば、97年3月末の国 内金融機関の不良債権総額は約28兆円で前年の34兆円に比べると17.6%ほど減少した。この銀行の不良債権処理について、 全国銀行協会連合会の佐伯尚孝会長(三和銀行頭取)は、「全体としては償却は終わりに近づいている」と、責任を果たす 資力が十分あることを示している。もっとも最近、大蔵省・日銀が検査などで回収は問題含みと認定した債権は、全国の銀 行で総額79兆円(貸出総額の14%)に達するといわれる(日経新聞12月6日)。
第三は、バブル経済のもとでもうけのため脱税、違法も辞さないというバブル商法が銀行、証券会社の間に横行したが、 それに対する反省がまったくないことである。山一の「飛ばし」はその典型。その大もとには政官財癒着着がある。総会屋 への利益供与事件で四大証券、第一勧銀首脳32人が起訴されたが、その背景にそれら銀行・証券会社と「政官との癒着」が あると検察当局はみている。
第四は、異常低金利が国民から利子所得を奪いとり、消費不況の一要因となっていることである。日本総合研究所の調査( 97年9月4日)によれば、この2年間の男常低金利によって国民が損失した利子所得は実に7.9兆円に達している。それが国 民の購買力を低下させ、不況を長期化させてきた要因であることは明白である。
ところで、拓銀も山一も短期市場(コール市場)での資金繰りが行きづまって経営破たんに追いこまれたが、「なし崩し 金融恐慌」と呼ばれるような事態の背後でどんなことがおこっていたのか。その資金繰り破たんは、コール市場にまで銀行 によるe貸し渋りfがおよんでいたということであり、不良債権 → 良期不況 → 金融株の大暴落のもとで広がったe貸し 渋りfには二つの要因があるといわれる。その一つは、株式の含み益が大幅に減少するなかで貸し倒れを増やせないという事 情である。もう一つは、「金融ビックバン」路線にもとづいて大蔵省が98年4月から導入する「早期是正措置」というハード ルをこえるため、各行が融資の審査基準を厳しくする自己査定制度を導入したことである。関本忠弘NEC会長は、山一の破た んを「金融ビックバンの先駆け」といっているが、十分な資力をもっている大銀行はいま、不良債権の償却を一刻も早く完了 し、「金融ビックバン」本番にそなえようとしている。
このような銀行のe貸し渋りfの最大の被害者は中小企業だが、12月発表の97年7−9月期の実質GDP成長率は前期比0.8% 増(年率3.1%)で、消費の伸びが1.6%増にとどまり、回復のおくれが鮮明になった。生産面でも大企業のリストラなどで10 月の完全失業率はふたたび最悪とならぶ3.5%と悪化し、あいつぐ金融機関の破たんが雇用不安に拍車をかけている。
このような不況の深まりのもとで、政府はついに12月の「月例経済報告」の景気判断から「回復」という表現を削除せざる をえなくなったが、橋本内閣の経済政策上の行きづまりは明白である。日経新聞(12月9日)の世論調査によれば、橋本内閣の 支持率は最低の35%に落ち、橋本内閣に望む経済政策のトップは「所得税減税」で、51.5%を占めている。「所得税減税」と いう高まる国民の声をバックに、国民春闘共闘委に結集する労働者、労働組合は98年春闘をせいいっぱいがんばってほしい。
(会員・労働者教育協会理事)
11月の研究活動
11月5日 中小企業問題研究部会=報告・討論/(1)各単産の「集団的労使関係交渉(自交総連)について」、全労連・労働総研共催「第2回地域政策研究全国交流集会」 8日 国際労働研究部会=報告・討論/国際情勢について 10日 賃金・最賃問題研究部会=報告・討論/JCの雇用・賃金政策
青年問題研究部会=報告・討論/全教の「教育改革」についての見方と取組みについて18日 労働時間問題研究部会=報告書「人間らしく働き生きるために−長時間労働・長時間夜勤の規制めざして(仮題)」の執筆分担・要領について検討 24日 生計費研究プロジェクト=報告・討論/オランダの最賃制と社会給付 27日 女性労働研究部会=報告・討論/女性をめぐる労働政策−経験からみた戦後半世紀の女子労働政策 寄贈・入手図書資料コーナー
・現代労働負担研究会第6回研究集会・交流会発表資料「現代の労働者と労働負担−労働実態から過密労働規制へ−」 (97年11月15日〜16日・浜松市)
・公務労組連絡会「97年家計調査結果報告(第2回)」(97年8月)
・日高教・私教連「97年度高校生就職内定実態調査(10月末調査)」(97年11月28日)
・「研究資料41/第1回兵庫労働総研セミナー受講生修了論文(その1)<社会保障と女性の自立−配偶者控除等を めぐって>及び<搾取率について>」(兵庫県労働運動総合研究所・97年11月)
・全労連「<橋本改革>に対する全労連の見解と提言」(97年10月30日)及び「中央省庁<再編>に対する要請」(97年10月30日)
97年度第2回常任理事会報告
97年度第2回常任理事会は、11月15日午後1時半〜6時、東京で開催。構成員20人中13人出席、他に事務局から出席した。 内容は次のとおり。1.研究報告・討論
「規制緩和と民主的労働政策確立のたたかい」をテーマに内山常任理事、「深刻化する雇用・失業問題と規制緩和」をテーマに 加藤常任理事から報告があり、討論を行った(労働運動総合研究所編・加藤佑治/内山昂監修「規制緩和と雇用・失業問 題」・新日本出版社・97年1月刊行参照)。2.加入・退会の承認について
退会1人(死去)、個人会員13人が加入申込。これにより個人会員308人、団体会員67となった。3.97年度事業計画の推進状況について
1 個人会員の拡大の状況、2 「労働総研クォータリー」の拡大の状況、3 調査研究事業の状況・研究成果の出版、4 研究例会の開催(次回は金融ビッグバンをテーマに行う)などについて確認するとともに引続き推進していくことを申し合わせた。次いで「98〜99年度役員進出」の準備のために、内山常任理事を責任者にする5人の委員を確認した。
また、「労働総研クォータリー」の内容の充実、宣伝・広告などについての加藤常任理事(編集責任者)メモについて検討を行った。
4.労働総研・全労連共催「第2回地域政策全国交流集会(10月25日)」報告について
この集会については、代表理事をふくめ12人が参加したが、この内容について辻岡常任理事の報告文書にもとづいて討論した(この内容については、12月15日発行の「労働総研クォータリー」98年冬季号「国際・国内動向」の項参照)5.全労連「アジア調査」への協力の状況について
この協力の状況について、大木常任理事から報告が行われた。この協力のなかで、労働総研が主要な役割を担っているアジア諸国の研究機関・研究者と協力して行う「アジア労働者共同調査」の調査票について、さまざまな角度から意見が交わされた。6.「働くもののいのちと健康を守る全国センター」設立準備会の「よびかけ団体」となることについて
労働総研は、すでに「全国センター」設立を展望してすすめられている「働くもののいのちと健康を守る」学習交流会には協賛団体となっており、これをさらに発展させていくセンター設立準備会の「よびかけ団体」となることを確認した。7.その他(略)
11月の事務局日誌
11月6日 石川県医労連「能力主義賃金」学習会(宇和川) 13日 国民医療研究所「財政構造改革と社会保障」研究会(草島) 15日 全労連アジア調査・調査用紙検討会(大木常任理事ほか)
97年度第2回常任理事会(別紙参照)18日 「1998国民春闘白書」及び「98国民春闘ビクトリーマップ/検証・大企業の内部留保(98年版)」記者発表(草島) 21日 結核予防会労組新山手病院支部「能力主義賃金」学習会(宇和川) 27日 結核予防会労組本部支部「能力主義賃金」学習会(宇和川) 28日 結核予防会労組複十字病院支部「能力主義賃金)学習会(宇和川)